ヘアゴム / 仁王



放課後の教室に忘れ物を取りに行くと、部活前の仁王くんが髪を結び直していた。
誰もいない教室で一人口にヘアゴムを咥えて髪を束ねる姿は、友達や自分でもよく見るはずなのに、彼のは何故だか胸がザワつく。

結び終えた彼は、ふうと息をついて結び目に軽く触れる。
その仕草だけでもどこか妖艶に思えて、同い年なのに何処か浮世離れを感じてしまうのだから不思議だった。


「…あれ」


私に気付いた仁王くんが、小さく声を漏らした。
……ば、バレた!


「あ、ご、ごめん!私、忘れ物取りに来ただけで!」


別に私は何も悪い事はしていない。
それなのに先程の彼を思うと、見てはいけないものを見てしまった様な感覚に陥ってしまい、咄嗟に謝罪と言い訳が口から滑り落ちた。


「見た?」


自分の隣の席の机に手を掛けた私へ、彼はそう声を掛けた。


「え?」
「……だから、さっきの、見た?」


日が落ちるのが早くなる季節。
薄暗くオレンジ色に染まった教室にいるのは、私と仁王くんの二人だけだ。


「う、うん」


初めてだった。
ただ真っ直ぐに、仁王くんが私の事を見ている。
それだけで心臓は激しく高鳴り、何もわからぬまま私は頷く事しか出来なくて。


「ふうん」


私の決死の返答に、仁王くんたった一言、そう呟いた。


「……」
「……」


外からは下校する生徒達の声が聞こえる。


「俺、髪解いた所誰にも見られたくなかったんじゃけど」
しかしそんな生徒達の声は、私まで届かない。
「えっ」

……そう言う事、だったんだ。
見られたくなかった姿を私に見られて、だから彼は私をあんなに見ていたのか。そしてそれを何処か感じ取り、私は咄嗟に謝ったのか。
全てに納得がいき、私はハッとしてもう一度謝ろうと姿勢を正す。


「ご、ごめんね!本当に、そんなつもりなくて!でもすぐ忘れるから大丈夫!ほら、もうほとんど覚えてないくらいだから!」


……嘘だった。
私がすぐ物を忘れるというのは本当だ。

でも、さっきのあの仁王くんの姿を忘れるのかと言えば、それは完全に嘘になる。忘れられそうにない。
それはきっと、何時間経っても、何日経っても。


「別に、忘れなくてもええよ」


しかし彼は、謝る私を見てきっぱりとそう言い放った。


「え、でもっ」
「その代わり、お前さんの眼鏡外して見てくれん?」
「……は」


思いがけぬ提案に、自然と声が漏れた。


「だめか?」
「……えっ、や、それくらいなら全然!」


偶然とはいえ、嫌がる事をしてしまったのだ。それを、たかが眼鏡を外すだけで許してくれるというのだったら!
私はカバンを机の上に置いて、眼鏡を外して顔を上げた。


「……」


近眼の私は、眼鏡を外してしまうとかなり物が見えなくなる。
恐らく仁王くんは私を見ているのだろう。けれどそんな彼の顔は、私からはほとんど分からなかった。


「……やっぱり可愛ええのう」


突然そう呟いた彼が手が伸ばしてきたかと思うと、私の髪を一束掬う。
な、な、なんだこれは。一体どうなって…。


「お前さん、もう人前で眼鏡は外しなさんな」


驚く程に優しい声が聞こえてきて、思わず息が詰まりそうになる。


「恋人を前提に、友達にならんか?」


私の髪を優しく下ろし、そのまま私の前に手を差し出した仁王くん。
気付いた時には私の手が彼のそれを握っていて、顔はぼんやりとしか見えないはずなのに、笑っているのがわかる。


私の恋は、既に始まっている。



仁王の誕生日前に書いたお話です!こーんな仁王がいてもいいかな、なんて思いながら書きました。個人的に「恋人を前提に、友達にならんか?」って台詞が好きです…!(1210)

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