月 / 仁王



(死ネタです。ヒロインが死んでる設定です)

『もし私が大きな病気にかかったら、その時は私と別れてね』

彼女がそう言ったのは、まだ付き合っていた頃の事だった。
加えて『私は雅治が大好きだから、もし別れたいなんて事を言い始めたら、そういう事なんだと思って何も聞かないで別れてあげてね?』なんて言うものだから、てっきり俺と別れたいのだと思っていた。
しかし、それからも別れ話や大きな喧嘩も無く、ただ時は過ぎていった。
いつまで経っても変わらぬ笑顔でいる彼女が大好きだった。
ずっと傍にいてくれるのなら何でもしたいと、柄にも無く本気で思った。

ドアを開けると、電気のついていない暗い部屋。
カバンを置いて一人ソファに腰掛けた。
一人には、とてもじゃないがこのソファは大きすぎる。空っぽの左側を見て、そんな今更な事を思った。



『私が結婚する前に言ってた事覚えてる?』
『そんな曖昧な表現をされてもわからんぜよ』

俺がそう言うと、確かにと呟いて笑った顔を、今でも覚えている。
空に浮かぶ月が綺麗で、月明かりに照らされて笑う彼女が堪らなく美しかった。

『もし私が大きな病気にかかったら、別れてねって言った事だよ』

その月を見上げる彼女がまるで、そのまま月に連れていかれそうで。俺は返事をするよりも先にその手を掴んだ。

『ああ、覚えとるよ。なおこが浮気してて、俺と別れようとしとるんかってめちゃくちゃ疑ったきに』
『ええ!そんな事思ってたの?』
『そりゃ、何も聞かないで別れてあげて、なんて言われたらそうも思うじゃろ』
『……そっか、そうなるのかぁ』

そうポツリと呟いたなおこが、俺の手を握り返した。

『じゃあ、その続きね』



カラカラ…。ベランダに続くドアを開け、外へ出る。丸い満月が夜の街を照らしていた。

……どうしてこうも、月は綺麗なのか。
あいつが居らんと世界は回らんと思ってた。
でも決してそんな事は無く、なおこが居なくなっても時は過ぎるし季節も変わる。
あいつが居たから、全てが綺麗に見えるんじゃと思ってた。
でも月だけは、いつ見ても綺麗だった。



『続き?』
『うん。だって私と雅治はこうして先に進んだ訳だから、続きはあるよ』


俺を照らしていたなおこを、勝手に俺にとっての太陽なんだと思っていた。
どこに居てもすぐに見つけてしまう人。
嫌な事があっても吹き飛ばすような笑顔。
俺の目を離さないのは、いつだってなおこだけだった。
……だから、違った。



『私はねぇ、雅治の事が大好きだから幸せになって欲しい。誰よりも。絶対に』
『……うん』
『でももし、私が雅治を幸せにしてあげられなくなった日が来たらね』



雲が月を覆う。辺りは暗くなり、アパートの下にある街灯の灯りだけが灯っている。

太陽じゃダメだった。
眩しすぎる太陽を俺がずっと見ている事は出来なかったから。
太陽を見て、俺自身が綺麗だと思った事は無かったのだ。



『その時は、私の事なんか忘れてもいいよ。絶対怒らないからさ』
『……それはなおこが俺と別れたらって事?』
『うーん、どうだろう。でも私は雅治から離れないし雅治も私から離れないでしょ?』
『……それをわかってて変な事を言うんじゃなか』
『あはは、ごめん』



離れない。
俺もあいつも、一瞬だって離れたいなんて思った事はなかったのに。



『でも、約束してね。もし私が雅治を幸せに出来なくなっても、雅治は絶対に幸せになってね』
『やだ』
『なんでよ』
『おまん以外の幸せなんて、俺はいらん』


そう言うとそれは嬉しそうに笑って、ありがとうと呟いた。
それから何度もこの話をしては『雅治はそうやって言ってくれたよね』と幸せそうに笑っていた顔が、今ではもう朧気だ。

少しずつ消えていく。
増えていく事のない思い出と記憶が、まるで暗闇に溶けていくように。

それでも、忘れる訳がない。
雲から出てきた月の光が、再び俺を照らしていく。

俺を優しく照らしてたのは、眩しすぎる太陽なんかではなく、暗闇に浮かぶ月だった。
だから月だけが、いつも綺麗だった。
おまんだから、こんなにも月は綺麗だったんじゃ。

熱なんか無いはずの月の光なのに、どうしてこんなにも温かいんやろう。
幾度と無く流したものが、再び頬を流れる。

月以外を綺麗に思える日が、いつか俺にも来るやろうか。


「風邪を引くと、おまんが怒る」


俺が呟いたこの言葉を聞く者は、誰もいない。


ずっと書きたかったお話しで、スポットを当ててごめんね仁王、という気持ちです。ポエマーみたいになって恥ずかしくて発狂ものですが、読んで頂きありがとうございました(;_;)(1202)

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