誰かのお姫様 / 丸井
(BE WITH HONEYの少し先のお話です)
女の子は皆、誰かのお姫様だと言う言葉がある。
「ブン太って、昔から手温かいよね」
俺の小さい頃からの幼馴染みであり、俺から告白をして彼女となったなおこは、鼻の頭を赤く染めながらポツリと呟いた。
「そうか?」
「うん、凄く温かい」
初めて手を握ったのはいつだったか。初めて手を握られたのは、いつだったのか。そんなものはもはや遥か遠くの記憶で、俺が握ったのかも、握られたのかも分からないというのが本音だ。
ショッピングモールで迷子なって、泣きべそをかく彼女の手を握って歩いた事もある。
水族館でイルカショーを見たい彼女が、俺の手を握って走り出した事もあった。
でも、どちらかの一方の意思だけで握り握られてきた俺達の手は、漸くお互いの意思をもって手を繋げる様になったのだ。
「他にそんな事言われた事ねーから、よくわかんね」
彼女から目線を外し、空を見上げる。口から漏れた白い息は、夜空に浮かぶ月へと伸びて消えていった。
「え、無いの?」
「……いや、普通に考えてねーだろ」
男同士で手を繋ぐ事も無いし、なおこ以外の女の手を握りたいと思った事も無い。だから今の俺の手の温度を知っているのは、なおこだけだ。
キョトンと目を丸めた彼女は「そっか、無いのか」と言って何故か顔を綻ばせた。
「何笑ってんの」
「ううん、何でもない」
えへへと笑った彼女の息も、俺のと同じ様に空へと上っていく。でも俺はその行く末を見る事無く、口元に笑みを浮かべたままの彼女を見ていた。
「何でもなくねえだろ」
「えー、だってわざわざ言う程の事でもないし」
「そんなのわかんないじゃん。俺には言われる意味ある事かもしんねーし」
絡めている指に力を入れた。
握り握られていた手を繋ぐ様になり、それから初めて恋人繋ぎをした時は、手を離したくないと心底思ったんだから我ながら笑える。
笑えるけど、でも本当にそんな事を思う俺が俺の中にはいて、そしてそれを思うのは目の前で笑っているなおこだけだというのも事実だった。
「うーん、そうだなぁ」
「ん」
「……ただ、ブン太のこの温かい手を私が独り占めしてるって言うのは、正直嬉しいなあと思って」
俺から目を逸らしたなおこが、俯きながら紡いだ言葉。それでも少しだけ力が入った彼女の指先から、じんわりと気持ちが伝わってくる様な気がした。
俺は立ち止まり、一歩先を行ったなおこの手を引っ張った。
「……ばーか、手だけじゃねーよ」
不意をつかれて体勢を崩した彼女の身体を抱きとめ、そのままギュッと抱き締める。
「俺の全部はなおこのもんだ」
頬に触れるなおこの髪は、指先と同じくひんやりと冷たかった。
「だからその代わり、なおこの全部、俺のものだから」
突然抱き締められた事になのか、言われた事になのか。驚いた顔で俺を見上げる彼女が愛しくて、瞼に口付ける。それにより反射的に目を瞑った彼女の無防備な唇にも、続けてキスをして。
冷たい手も、無防備な唇も、これから先のコイツの未来も。全部俺のものだ。他の誰にも、ほんの少しだって渡さねえ。
「……ブン太の唇、冷たい」
口が離れて、ゆっくりと目を開けたなおこの第一声。
「なんだよ、冷たかったら俺のはヤなワケ?」
「……ううん、冷たくても、ブン太のだから好き」
そう言うなおこが堪らなく幸せそうで、俺は思わず緩む頬を隠す事もなく、彼女を抱く手に力を込める。
「ああ、当然だろぃ」
なおこの事を、この世界中の誰よりも好きだという自信がある。
何度も思ってきて、何時でも思っていて、そしてこれから先もずっと思い続ける自信もある。
だから紛れもなくなおこが、世界でただ一人の、俺だけのお姫様だ。
素敵なお題があったので、テニプリプラスにて書いたものです。番外編ですが、短かったのでこちらに載せました。(1106)