ネクタイ / 仁王



「……スマン、遅くなった」


今日も今日とて昼休み。お昼ご飯を食べようといつものように空き教室の机に座って雅治を待っていたんだけど、今日は中々来なかった。周りにも教室を利用しているカップルは幾つかいて、その人達はみんな、お弁当を食べ始めているのに。携帯を確認したけど特に連絡は来ていなくて。もしかして何かあったのかな。……あと3分だけ待とうかな。そんなことを考えながらも待っていたら、ちゃんと雅治は来てくれた。


「さっきの体育の授業で、係が今日休みやからってなんか知らんけど片付け頼まれて」
「……」


私の前まで来たものの席には座らず、雅治は立ったままで遅くなった理由を説明してくれている。それは、わかる。


「あ、いや、それは全然大丈夫なんだけど」
「ん?」


私を見ながら首を傾げる雅治。しかし私の目は、雅治の胸にある、ネクタイに向けられていた。


「雅治、なんかネクタイ…」


そう。なんだかネクタイが曲がっているように見えたのだ。それともこれは、座っている私に合わせて少し屈んでいるせいだろうか。そう思って私が立ち上がると、少し屈んでいた雅治も背を伸ばす。

「……うん。やっぱり曲がってるよ、ネクタイ」
「えっ」
「珍しいね、こんなこと全然無いのに」

…それだけ急いで来てくれたということなのだろうか。お弁当を手に持っている雅治の代わりに、私は雅治のネクタイへと手を伸ばす。曲がったネクタイを一度解いて、長さを合わせ、再び結ぶ。そして第一ボタンを開けている雅治に合わせて少し緩めに締めれば、完成!


「……よし、曲がってない!」


手から離れたネクタイを見て、そう言って私は雅治を見上げる。自分のネクタイなんて見えないからか雅治は驚いた顔をしていたけれど、少し笑うと「ありがとう」と言って私の頭を撫でた。




「あれ雅治、なんかネクタイ緩んでない?」
「ん?そうか?」
「うん」
「……自分じゃよくわからんのう。なおこやってくれん?」


「あ、雅治またネクタイ緩んでる」
「…ん」
「……もう、真田くんに怒られちゃうから気をつけなきゃだよ?」
「あー、うん」




「……なおこに問題」


今日は天気がいいし食べるのもお互い購買のパンだということで、珍しくお昼ご飯を外で食べることに。いつもは向かえに座っているからか、隣りに座るのは新鮮だ。私が話す時にわざわざ雅治がこちらを向いてくれるのがとても嬉しかった。しかしお互い食べ終わってからおしゃべりに花を咲かせていたら、あっという間にお昼休みも残り10分。そろそろ戻ろうかなと私が立ち上がると、雅治は座ったままで私の手を引いた。


「うん?」


問題?


「……」
「……」


手を離さない雅治は、私を見上げるだけで何故か何にも言わない。仕方がないので、一度は立ち上がった私だったけどもう一度ベンチへと腰を戻す。……しかし私を見る雅治の顔は、もはや答えを待っているように見えた。


「ほら、なんかあるやろ」


やっと話したかと思ったら身体ごと私の方へ向けた雅治。私から手を離すと、そのまま両手を広げる。なにか、なにか…。


「……」
「……」
「ヒント、俺が真田に怒られる」
「……あ」


真田くんに怒られる。それは確かに、絶妙なヒントだった。


「もしかして、ネクタイ?」
「ん、正解」


そう言った雅治は手を広げるのを止め、代わりに顎を軽く上に向けて、締め直して、とアピールする。言われるがまま、私も手を伸ばして緩んだネクタイを解く。


「……ってか、自分で気づいてたんなら雅治がやればいいでしょうよ」


つい、私がやろうとしてしまったけれど。私はネクタイの長さを調整していた手を止めて雅治を見る。


「そこまでやったら最後までやってくれてもええじゃろ」
「うぎゅ」


雅治の大きな手で、両頬を挟まれた。「やるやる、やるってばぁ」。そう話したつもりだけど、ほっぺを挟まれているからちゃんと伝わったのかはわからない。ただ、そんな私を見る雅治は楽しそうに笑っていた。

いつものようにネクタイを直しながら、でもいつもは思わなかったことを考える。雅治はネクタイが緩んでるの知ってた、んだよね?……一体どうして自分で直さないんだろうか。不思議すぎる。自分で直した方が早いし、ちゃんと加減も出来るし。そう思ってチラリと雅治のことを見ると、ばっちり目が合った。えっ、待ってそんな見る?今更じゃない?私、今までもう何回も直してるよね?驚きでドキドキしながらも私は目線をネクタイに戻す。見られているのかと思うと、どういう顔してやったらいいのかわからなくなってきた。…でもよくよく考えたら、これって結構距離が近いかもしれない。手なんて雅治の胸に当たりそうだ。いや、今意識したからそう思うのであって、もしかしたら当たっていたことがあったかも。えー!何それ恥ずかしいっ。「ああっ」。そんなことを考えていたからか、盛大に曲がってしまった。慌ててもう一度解き、長さを合わせる。



キュッ。最後に軽く締めて、手を離した。……ああ、いつもより、時間掛かっちゃった。見られていると思うと無駄に緊張してしまった。これは雅治に不器用だと笑われても可笑しくない。
私は恐る恐る、もう一度雅治を見た。しかしそこには、それはそれは嬉しそうに私を見る雅治がいた。私と目が合ったかと思うと、「ありがとう」といつものように頭を撫でられた。……まあいっか。なんでなのかなんて、もうどうでもいいや。雅治が真田くんに怒られないように、これからも雅治のネクタイは私が締めてあげるからね!



『そろそろ愛にしようか』のブン太くんの回想でちらっと出てきた仁王と彼女のお話です。彼女に直して貰いたくてわざとネクタイ緩める仁王、彼女が大好きであほになっちゃう仁王、いいと思います。(笑)(0227)

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