筆箱を取りに行こう


(財前のみの登場です)

「はあぁぁぁ」

二時間目が終わって教室へ友達と途中まで帰っていたはずの道を、1人戻りながら溜息をつく。
いやほんと、なんで私筆箱忘れたかね?筆箱って無いと困るものナンバーワンなのにさあ。しかもよりによって理科室って。めちゃめちゃ遠いし、なんか1人だと、ちょっと不気味っていうかなんていうか。……あああもう!私のあほ!

先程まで授業があった理科室は、教室から結構離れている。それでいてホルマリン漬けのカエルやらよくわかんない動物の頭蓋骨やら、あとは人体模型もあったりして、出来ることなら視界に入れたくないものが結構あるんだよなぁ。
しかし友達は次の数学で当てられるらしく、その予習があると言われれば着いてきてとも言えなかった私。…いや、忘れた私が悪かったってのはわかってます。はい。


そしてそんなブルーな気持ちに追い討ちをかけるように、窓の外は雨雲でどんよりと暗くなっていた。遠くで聞こえてくる雷に、思わず身震い。雨の日の学校って、暗いし寒いし、まだこうして生徒にすれ違っているのにも関わらず怖い気がするくらいで。

昨日から続く雨で、紅葉していた葉たちもすっかり枯れ落ちていたのを思い出す。雨のおかげで、ただでさえ寒くなってきたのが今日は更に肌寒く感じる。ああ、もうすぐ、冬が来るんだなぁ。


「……んん?」


階段から降りると、土曜日ぶりに見る光が視聴覚室へと入っていくのが見えた。次の授業かな…?そう思って周りを見渡しても、他に入っていくような人は誰もいなくて。

えー、何なんだろう?視聴覚室なんて先生がいない時に映画を見たり、部活で試合のビデオを見るくらいしか入ったことが無いんだけど。てか、そもそもそれくらいしかすることなんてないよね?


…そう、不思議に思ったが最後だった。私は、光が入っていった視聴覚室のドアの前に立っていた。ドアノブに手を掛けると、ガチャリと思いの外大きな音が鳴って。


「……え?」


薄暗い視聴覚室の中を覗き込むと、うつ伏せの状態から顔を上げたらしい光と目が合った。


「お、おはよう」


まさか誰かが入ってくるなんて思わなかったのだろう。目を見開いて私を見ている光に、とりあえず声を掛ける。

すると光は勢いよく立ち上がって、急ぐようにしてドアの所まで駆け寄ってきた。


「えっ、みいこ先輩?なんで?え?」


…こんなにも目に見えて焦ってる光を見るのって、初めてかもしれない。でもまさか私だなんて、それこそ絶対思って無かっただろうしなあ。


「あ、や、全然なんてことないの。たださっき光がここに入るの見たから、何だろうなって思って、それで」
「あー…」
「でも、授業って感じでも無さそうだし」
「……」
「…もしかして、サボり?」

暗い部屋の中と、うつ伏せになっていた光を思って私がそう聞くと、ゆっくりと目を逸らす光。…うむ。これは、肯定と見て間違いないなさそうだ。

「なーるほどねえ。確かに視聴覚室ってあんまり人も来ないし、サボりにはもってこいかもね」
「…まあ」
「良く来るの?」
「そうっすね…時々」
「あー?ってことは、結構サボってるってことだ?」
「……」


しまったとでも言うように、光はほっぺを掻きながらまた目を逸らす。


「あはは、大丈夫だよ。先生には言わないからさ」
「……」
「えー、でもいいなあ。私も光と一緒にサボっちゃおうかな」
「えっ」
「……なーんて、受験生が言うことじゃないか」


本音を言えば、サボれるものならサボりたい…けど。


「…ええやないすか」
「え?」
「偶には息抜きも必要っすよ」
「……うーん」


光がそう言ってくれて、次の授業はなんだっけなあなんて思っちゃう。いやでも待ってよ、そもそも私がここに来たのは……。


「それにここなら、さすがに邪魔も入らへ」
「ああ!」


そうだ!そうだった!


「光っ、サボりってんなら今は暇だよね?」
「え、…まあ」
「ちょっと私に付き合って!お願い!」











「わっ」


ゴロゴロ!外が急に明るくなったと思うと廊下中に大きな音が鳴り響いた。ついに側で雷が鳴り始めてしまったらしい。続くようにして、屋根に雨が激しく打ち付ける音も聞こえてきて。


「うーわ、雷まで来たわ」
「あーもうやだあぁ」


心無しか、さっきよりも外が暗くなってきた気がする。廊下の電気も夜の学校みたいに変に明るく感じるし…あーやだやだ!怖い怖い!

「もうこれ夜の学校と変わんなくない?」
「あー、言われてみれば」
「……はぁ。ほんと、光がいてくれて良かった」

1人でこの廊下を歩いてたかと思うと、結構絶望的に思える。なんでこんなに天気悪いの?どうして理科室こんな遠いの?ってかなんで私、筆箱忘れたの?……そうは思ってみても、天気は悪いし理科室は遠いし、筆箱は忘れてるし。

「でも光ごめんね、せっかく寝ようとしてたのに。この恩は必ず返しますので!」
「…ほんますか?」
「うん、もちろん!あーでも、光の恋に協力するのはもう決定だからそれ以外でね」


外が、再び明るくなった。


「まあとりあえず、私に出来そうな…わああぁっ!」


ドォン!ゴロゴロ…。先程よりも早く、そしてかなり大きかった雷の音に、私は思わず大きな声を出して光の腕に掴まった。
いやいや今絶対落ちたよ!だって光って超すぐ鳴ったもん!音もめちゃくちゃ大きかったしその辺に絶対……。

ふと視線を感じて顔を向けると、いつもよりも近くで、光と目が合った。


「……ご、ごめん!」


ハッとして私は慌てて手を離す。


「びっくりしたよね!あ、その…ほんとごめん!」


な、な、なんてことを!いや確かに怖かったしびっくりはしたけど!……いやだとしても私、なんてことを!恥ずかしくて顔が熱い!


「別に…俺はええっすけど」
「いやいや良くないよ!だ、だって光、好きな人いるし…」


自分でそう口にすると、尚更悪いことをしてしまったと反省。
…でもやっぱり、怖いものは怖いのだ。光の腕から離れた手は、胸の前でぎゅっと握ったままにすることにした。こうでもしないと、また光に飛びついてしまいそうで。


「……みいこ先輩」
「え?」
「右手、出して下さい」


……うん?右手?胸の前で握り締める両手を見ている光に言われて、疑問に思いながらも私は右手を胸の前から光の方へ。

そしてそのまま、光の左手が私の手を掴んだ。


「……」


突然の光の予想外の行動に、私は声も出ない。


「ほんまは全然、腕に掴まってもろて構わへんすけど」

「……先輩、気にしそうやし」


どきん。……んんん?


「あ…ありがとう」


私がお礼を言うと、光は少しだけ手を強く握って。それでまた、どきんと胸が跳ねる。


「……」
「……」


さっきまであんなに凄かった雨の音なんて、何処へやら。私の耳には、どきどきと煩いくらいに自分の胸の音しか聞こえていなかった。

私よりも少し低い体温の光の手のお陰で、尚更光なんだって意識しちゃって。夜のような校内も、怖いと思っていた理科室も、少しだけ平気に思える気がした。














あとはあそこの角を曲がれば……視聴覚室!

無事に筆箱を取ってきた私達の休み時間は、残り3分を切っていた。


「光!今日は付き合ってくれて、本当に本当にありがとうございました!」
「どういたしまして」
「えへへ、それじゃあ光はゆっくり寝てね」

ようやく視聴覚室の前まで来た私達。なんかもの凄く時間が掛かった感じがするなあ。

私は光にお礼を言い、光から手を引く……けど。

「……あの」
「ん?」
「やっぱ、一緒にサボりません?」

そう言う光は、私の手を離してくれなくて。それどころか、むしろ、手をぎゅうっと強く握られて。


「あ、え…」


光、休みに来たんじゃないの?部屋の中真っ暗にして寝てたし、眠かったんじゃ…。


「……」
「…すんません。ワガママ言いました」


いきなりの提案に頭が回らなくて、何にも答えられなかった私を見た光は、そう言って小さく頭を下げて、手を離した。


「あっ、う、ううん!…それじゃ、またね」



もう一度最後にありがとうと伝えて、私は歩き出した。

…なんだろう、これ。心の中がむずむずして、なんだか恥ずかしい。こんなの初めてだ。……一体、なんなんだろう。






「……あほか」

「こんなん、寝れる訳無いやろ…」


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