焼き芋を食べよう


「あーあ、はよ来んかなぁ」

この時期になると、年に1回四天宝寺に来るとっても意外なもの。それは、ぽーっと音を立ててやってくるのだ。

「謙也に私達の全てを託すんだからね」
「任せとき!このスピードスターになぁ!」
「こういう時の謙也さん頼もしいっすわ」
「せっ、せやろ!へへーん!」

そう言って嬉しそうに鼻をかく謙也は、可愛いんだけどあほなんだよね。ん?あほだけど可愛いのかな?…まぁいっか。謙也だし。

「でもさぁ、なんでわざわざ来るんだろうね」
「なんやったかな…ようわからんけど、確か前の校長の知り合いで芋農家の人が来てくれるらしいで」
「ふうーん。でも、美味しいし安いし嬉しいよね!」
「せやな」

今か今かと待っている私達は、丁度学校が終わったところだ。去年は部活前にみんなで食べたんだけど、今年はもう部活が無いから、その辺にいた謙也と白石、そして部活に向かおうとする光に声を掛けて4人で待つことにした。

「光どう?最近のテニス部は」
「どーもこーも、相変わらず自由っすよ。まぁ先週の練習試合は負け無しでしたけど」
「おお、ちゃんとやっとるんやな」
「そら一応部長やし」
「でもちゃんとやってることには変わりないよ。白石の後って大変そうかなと思ったけど、光なら問題無いね」
「…まあ」

光は白石の後の部長になった。可愛い後輩だと思っていたけど、やっぱり時間は進んでるんだね。

「でもなんかあったらすぐ白石に相談しなよ?」
「……財前から相談?想像つかへんな」
「俺もっすわ」
「えーそうなの?」
「俺も全然つかへんわ。財前ってどーいうテンションで相談してくんねやろ」
「んー」

確かに、光って何でも出来ちゃう子だからなぁ。あんまりそういうのって想像つかないかも。

「でも、なんかあるかもしれないじゃん。だからね、部活のことは白石とかイッシーとか、もし女の子の悩みだったら私にでも相談してきていいんだからね?」

ぽーーー。

私が言い終わったのとほぼ同時に、私達の待ちに待ったあの音が、聞こえてきた。

「き、来たー!待ったれ焼き芋ぉ!」

音を聞いて、弾けたように飛び出していった謙也。何を言うことも出来ず、見送る私達。

「はっや」
「謙也って、ぴゅうっていなくなっちゃうよね」
「そうそう。あいつの髪、風で擦れて色褪せたんやないかっていつも思うわ」
「ええーそれやば!でも謙也っぽい!」
「有り得そうやろ?」
「ありそうありそう!」
「……え、これ」

盛り上がる私と白石の横で光がいきなり声を上げ、私達は振り返る。光の手には、なんと、恐らく謙也のであろう財布が握られていた。

「…ちょ、謙也のやんそれ」
「そっすよね」
「ばーかー!謙也のばかー!何しに行ったのー!」
「……しゃーない、俺持ってくわ」
「はっ!さすが白石!お願いします!」
「おう」

白石が謙也の財布を受け取り、颯爽と駆け出した。うん、やっぱりこういうところは白石って部長だし優しい。そんな白石を見送った私は、謙也が1番に焼き芋屋さんに着いて、財布が無い!と騒いでいるところを想像していた。

「ぶふっ」
「ええっ」
「ご。ごめんごめん」
「…どしたんすか」
「なんかね、謙也が1番に焼き芋買いに着いて、でも財布無いって気づいて大騒ぎしてるとこ想像したら面白くて」
「ああ、謙也さん部長ついたらめちゃめちゃ喜びそうすね」
「そうそう!困り果ててるから『白石ぃ!』って感動の再開果たしそうじゃない?」
「…ふっ」
「えっ!…えー!光が笑ったー!」

光が笑った!光は普段から、あんまり笑ったりしてくれないのに!なんかすごく嬉しい!珍しいからこそ、私のことじゃなくても嬉しくなる。

「なんすか、人が笑ったのツチノコ見つけたみたいに」
「だって光滅多に笑ってくれないじゃん」
「…そんなことないすけど」
「ほんとー?」
「うん」
「それじゃあ笑ってみてよう!ほら、にこーって」

そう言いながら私もにこーってしてみる。

「……」
「にこーっ」

私の声に、どうしたらいいのかわからない表情の光。これもこれで珍しい。これはこれで得なのかも。

そう思った、次の瞬間。

「ふはっ」
「…あ、笑った」

私が思い描いていた、にこーっじゃなかったけれど。むしろ光が吹くなんて尚更珍しい!

「みいこ先輩、なんすかそれ。可愛すぎますわ」
「えっ」
「絶対笑わへんつもりやったのに」



「買うてきたでぇー!」

光が笑いながらそんなことを言うから、驚いて何も言えないでいると、謙也のめちゃくちゃ嬉しそうな声が辺りに響き渡った。


「お、相変わらずはや」
「……」


光は謙也の方に顔を向けて、けろっとした顔で言った。え、今の空耳だった?空耳…だったのか!


「おー!謙也おかえりー!白石はー?」
「後ろにお…らへん!?…おーい白石ぃ!」


走って持ってきた謙也の結構後ろの方に、歩いている白石が見えた。「最初に食うとってくれー」と白石はそう謙也に返す。謙也はそれを聞いて、勢いよく袋を開けた。焼き芋のいい匂いが広がった。

「いつ気づいたの、財布忘れたって」
「1番に焼き芋屋の前に着いて、4本頼んでからやで」
「やっぱり!それで困ってたら白石来たんでしょ?」
「ええっ、みいこ見てたん?」
「見てないよ、でも想像つくもん」

ここまで予想通りなのも面白いけど。またもや笑顔を見せている光と一緒に謙也を笑っていると、すぐに白石も到着した。

「あ、白石おかえり。お疲れ様」
「おお」
「謙也と感動の再開果たした?」
「おん、『白石ぃ!俺財っ…俺の財布やんかぁ!』って」
「ほんま想像通りすね」
「あはは!ね、おかしいー」

白石から新しい情報を経て、それまた想像通りな謙也が面白くて。つい滲み出てきた涙を私は拭う。


「もうええやろ!はよ食わんと焼き芋冷たなってまうで」
「あ、そうだね。食べよう食べよう!」


謙也の持ってる紙袋に手を入れて、白石、私、光が順に芋を取っていく。ほかほかとまだ温かい芋は、秋を感じさせる。

「わー美味しそう!」
「ほんまやなぁ、めっちゃええ匂い」
「見て!この湯気!たまらんわぁ」

そう話しながら、各々皮を剥いていく。早く食べたい、でもなかなか剥けない。焼き芋って、焦らすよねぇ。

「うま!あんま!」
「うわぁやっぱり謙也が最初かぁ」
「謙也さん食べるとこだけ剥く派なんすね」
「あ、確かに。私はねー、一気に半分剥く派」
「俺も」
「俺もっす」
「え、やって早く食べたいやん」
「まぁ気持ちは分かるけどね」



「そうや、俺等待ってるときに2人何してたん?」

謙也が既に芋を半分ほどを食べたところで、思い出したように声を上げた。

「何って、謙也の想像してたよ」
「俺の?」
「うん、忘れてびっくりしてるかなぁって」
「そうそう」
「それで光が『ふっ』て笑ったから、光が笑うの珍しいねって話してたよ、ね?」
「うん」
「ふうーん」
「なんや楽しそうやな」
「……謙也さんのが1人でも1番楽しそうやったと思いますよ」
「なんやと!」
「まぁまぁ、それは言えてるやろ」
「白石お前もかい!」



それからまた4人で話しながら焼き芋を食べ、私以外の3人はみんな食べ終わってしまった。私は後半になりなかなか喉を通らなくて、飲み物を飲みながらゆっくりと食べている。謙也と白石は2人でこそこそとなにか話していた。

「あれ光、そろそろ部活の時間じゃない?」
「あー…まぁ今日は他のやつらもみんな芋食っとるやろうから、まだええんとちゃいますかね」
「ふふ、ほんと自由だなぁ」

「あ、あー!そうや!俺、焼き芋もう1本食いたいなぁ」
「えっ、まじ?」
「謙也もか?俺もそう思っとったとこやってん」
「ええ!白石も?」
「おん。せやからちょっと俺等2人、もっかい買うてくるわ」
「……あ、そう。行ってらっしゃい」

結構大きい芋だったのに。やっぱり元運動部というのは、そういうものなのだろうか。だとしてもすごいと思うけど。

「すごいね、2人とも。私なんて既にお腹いっぱいなのに」
「……」
「光は?いらない?」
「俺はいいっすわ」
「だよね、動けなくなっちゃうもんね」





「みいこ先輩」


焼き芋もあと残り少し。そんなときに、光から声をかけられる。

「どしたの?」
「…あー、その」
「うん?」
「今度、休みの日、あいてますか?」





「…いやいや普通に無理やろ、焼きいももう1本なんて」
「せやけど財前とみいこ2人になる機会なんてそうそう無さそうやし」
「いやまあ、そらそうやけど…」
「ほんなら謙也と俺と半分こしよーや」
「……女子か!」


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