パフェを食べに行こう(前編)
(財前のみの登場です)
日は土曜、時刻は13時。
私はついこの間立っていた同じ時間、同じ場所に再び立っている。
しかし私の心の中は、あの日とは全くもって違っていた。
携帯と、恐らく光が歩いてくるであろう方向とを何度も繰り返し見る。
あの時は謙也と白石が来れなかったから、光しかいなくて……光は何時頃に来たんだっけ?
場所は、合ってる。この柱、このポスター、あそこにコンビニ。光どころか二人が来なかったせいで何度も同じポスターを繰り返し見たから間違いない。
何度目かの確認をしてからもう一度時計を見ても、その表示はまだ13:03だった。たった3分だ。乗った電車や練習の終わり時間の関係もあるんだから待ち合わせ時間ぴったりに着くのが無理なのはわかってるのにも関わらず、私がこんなにも気にしてしまう理由。
何故なら私は、とてつもなく緊張しているのだ。
「…今日、だよね」
昨日本に挟まっていて今日も念の為と持ってきていた紙を取り出し、中身をもう一度確認。そして一人呟く私の心臓は、ドキドキと煩かった。
わからない。光が何を考えているのか、私には全くわからなかった。
光の事を思い浮かべると、すごく胸がドキドキする。
部活の時にドリンクを一緒に運んでくれたこととか、この間一緒に筆箱取りに行ってくれたこととか、ただ思い出すだけなのに。それなのに私の心臓は、まるで何かに驚いたかの様に音を立て始める。
でもそれと共に、少しだけ苦しくもなる。
ぼんやりと浮かぶのは、女テニのみんなの顔だった。一体誰なんだろう…と考えて、自分の為に早く知りたいと思う私と、何故だかもう一つの選択肢を見つけようとしてしまう私が実はいて。
けれど、もう一つの選択肢なんてある訳が無い。光が私に「協力して欲しい」とお願いしたんだから、そんな物は絶対に無いのだ。
「みいこ先輩」
「光!お疲れ様!」
昨日何度も見た手紙を再び見ていた私の耳に、漸く声が届いた。顔を上げると、私と同じく制服姿の光が立っていた。
「ありがとうございます。みいこ先輩も」
「うん、ありがとう」
ああもう、やめやめ!変なことは考えない!そう思って、心の中の私が頭をブンブンと横に振る。
……でも、なんだか光が何時もよりキラキラと見えるのは、少し先の外から射し込む太陽の光のせいだろうか?
「さっき歩きながら電話したら、パフェの所今日はちゃんとやっとるみたいでした」
「え、あ、本当?わざわざありがとう!」
「いやいや、今日まで休みやったらホンマに笑えませんし」
そう言って頭を横に振る光。
……なんて気の利く子なんだろう。こんなにかっこいいのに、たかが部活の先輩なだけの私に対してもいつも優しくて、気も利いて。私の事をお人好しだなんて言うけれど、光だって私にしてくれた事を考えれば大概だと思った。
「それで、このまま行きます?それとも飯食いに行きます?」
「……あー…」
ああ、そっか。この間は普通にご飯を食べたけれど、今回はパフェを食べるのと、光が好きな人とデートをする時の予行練習をするのが目的だった。
光に言われ、途端に自分の中で恥ずかしさが込み上げてきた。当然の様にお昼ご飯を食べるつもりだった自分は、もしかしたら本来の目的を忘れていたのかもしれない、と。
「えと、私はどっちでも…」
光の発言に答えようとした瞬間だった。
ぐうう。驚く程に間抜けな音が私のお腹から聞こえてきてしまったのだ。
「……」
「……」
慌ててお腹を抑えるも、もはやそれは後の祭りだった。光を見れば真顔で私を見つめていて、慌てて私は目を逸らす。
「……やっぱり、ご飯、食べたいです…」
そう言う私は、恥ずかしさのあまりとてもじゃないけれど光の方は見れなかった。それにただでさえ恥ずかしい音なのに、どっちでもいいと言いかけた瞬間だったから尚更恥ずかしくて。
ああもう、こんなの絶対笑われる。本当、光はあんなにちゃんとしてるのに、私という人はどうしてこんなに先輩らしさや威厳が無いのだろう。
「…ほんなら、先に飯行きましょうか」
えっ。意外にも笑われず驚いて顔を上げれば、気まずそうに逸らされた彼の顔が。気を遣わせてしまった、と瞬時に悟った。
「う、うん…」
私の返事を聞いて、光は歩き始める。
そしてそれを追う様にして、私も歩き始める。
……ああもう、本当に恥ずかしい。どうしてあのタイミングでなったよう。確かにお腹は空いてるけど、鳴るのは歩き始めてからでもいいじゃないか。私達、そして周りの雑踏になら掻き消されたかもしれないのに。
「……あ、せや」
「ん?」
「何食べます?」
私と光、お互い何も話さずに少しの間歩いていたら光が声を掛けてきた。私はハッとして顔を上げる。
「うんと、私は何でもいいよ。光が食べたいの食べよう?」
光の質問は最もなことだった。気づいたら歩き出していたけれど、私達は一体何処へ向かっていたと言うのだろうか。
「俺はみいこ先輩の好きなもんでええですよ」
「あ、ううん!今日は私の好きなパフェ食べに行くんだもん、お昼は光の好きなのにしようよ」
「……なら」
「うん」
「お好み焼き、なんかどうすか」
そう言って私の反応を伺う様に、チラリと見てきた光と目が合った。
「あ、お好み焼き!食べたい!」
しかし、そんな光と目が合う前。そう叫んだ私は、反射的に勢い良く手を挙げて『お好み焼きが食べたい!』と猛烈アピールをしてしまったのだ。
「……」
「え、あ……ごめん」
私の言動に驚いて目を丸くした光と目が合い、慌てて手を下げて謝罪の言葉を口にする。するとそれを見た光は、口元に手を当てたかと思うと思いっきり私から顔を逸らした。
そんな彼を見て、不意に寂しさと焦燥感が押し寄せてきた。お腹も鳴って、お好み焼きって聞いて手を挙げて自己主張するなんて。
いくら光が優しい後輩でも、いい加減きっと呆れてしまったかもしれない。がめつい女の子だとか、なんて人に恋愛相談なんてしてしまったのかと後悔されたかも…。
「……あ、その、変な音っ」
だけど、そんな事を言ったってたかがお腹の音だ。もしそれを白石や謙也に聞かれたとして、私はこんな気持ちになるだろうか?
冷静になればそういう風に考えることが出来たかもしれないけれど、今の私には深く考えることが出来なかった。
慌てて反対をを向いた光の制服の裾を引くと、それに気づいた光はもう一度こちらへ振り返った。
「えっと、なんか、その……変な音聞かせてごめんね」
この感情は何なのだろう。後輩に呆れられたくないから、なんていう理由だけで片付けられるのだろうか。
だって、こんな何でもないことなのに緊張をしている。光、と名前を呼べば彼は振り返ってくれるだろうにわざわざ学ランの裾を引っ張って、謝る自分の声は周りの雑踏に掻き消えてしまいそうなくらいに小さくて。
「……」
口元に手を当てたままだった光は、私の言葉を聞くなり再び私と真逆の方を向いてしまった。その反動で私の指は摘んでいた裾から離れ、そしてそれと一緒に、私の胸の中でずきんと何かが疼く。
やだ、恥ずかしい。光、本当に嫌がってるじゃん。
「あー、ちょっと待って下さい」
反対側を向いたままの光がそう言ったけど、私にはよく意味がわからなかった。……待つ、ってなんだろう。わからなくて、何も言わずに黙って彼の左耳で光るピアスを見ていた。
それからすぐにふう、と大きく息を着いた光は、漸く私を視界に入れてくれた。
「違います、別に俺、先輩のさっきの音とか変やとかは思ってませんよ」
「…嘘だ」
「嘘やないっす」
「笑ってもくれないなんて、絶対ドン引きしたんでしょ」
また気を使わせてしまったとも思うけれど、でも私はそう思うんだもん。だって光、謙也達にはあんな反応したことないもん。笑わなくても一言何か言ってあげるはずだもん。
「いや、それはほんま無いっすわ。……可愛ええなってなら思いましたけど」
「……えっ?」
まさかの発言に驚いて、私は思わず声を上げる。光が自分のズボンのポケットに手を突っ込んで、でも私から目を逸らさない。
これこそが嘘であるはずなのに。嘘だと、思わなければいけないのに。
私の中にあったさっきまでの悲しい気持ちなんて、何処かに吹っ飛んでしまった。
「でも、お陰で緊張吹き飛びましたわ」
そう言って眉を八の字にして笑う光に、やっぱり私の心臓は反応してしまう。
「……あ、お好み焼き食べんのそこでええですか?」
「う、うん」
光の視線につられて前を向くと、前に一瞬行こうかと話したお好み焼き屋さんが。
ふわりと香るソースの香りが、私の鼻を擽った。
「あ、もしもし、今日の3時くらいに行こうかと思ってるすけど予約とかって出来ます?」
「あ、ほんますか。ほんなら二人で…名前は財前でお願いします」
「はい、はい、じゃあお願いします」
「……先輩、居らんこと無いよな」