(2年の秋のお話です)

「あーあ…」


生徒会室の黒光りしたいかにも高そうなソファに座る私は、思わず窓の外を見てため息をついた。新人戦が終わった直後だと言うこと、そしてお昼から突然降り始めた雨のせいで、今日の練習は休みになったのだ。

「ったく、何回ため息つきゃ気がすむんだ」
「…だって」

雨が降って部活ができないことに対するため息ももちろんある。でもそれ以上に、朝には降っていなかった雨が降り始めてしまったことによって、傘の無い私を見つけた景吾に送ってもらうことになってしまって。景吾に対する申し訳なさと、天気予報を確認しなかった自分に対してついついため息が出てしまうのだ。

「わざわざ申し訳ないんだもん」
「……」
「嬉しいしすっごいありがたいんだけど、景吾の家と私の家、全然近いわけじゃないのに…」
「気にするなって言ってんだろうが。第一、小春が頼んだわけじゃねえだろ?」
「……」

景吾はそう言ってくれるけど、でもこれは完全に私のミスだもん。先程までいた玄関は、私と同じように傘のない人達で溢れていた。そんな中で親に連絡してみようかと悩んでいた私のことを、景吾は見つけてくれたのだ。

そして来たのは、今日は活動が無いという生徒会室。景吾は部活がある日にはあまり活動出来ないからと、急遽部活が休みになった今日、普段の会議の資料や校内アンケートなどに目を通すことにしていたみたい。
今まで入ったことの無い生徒会室で、景吾の仕事が終わるのをソファに座りながら借りてきた猫のように待っている私。生徒会長の席について資料を見つめる景吾を見て再びため息が出そうになって、でも今度はぐっと堪える。

そんな時、ふいに景吾が席を立った。どこに行くんだろう?目の端に映る景吾の行動を不思議に思った私は、そこに目を向ける。すると書記と書かれた席からいくつか紙とファイルを1つ取ると、私が座るソファの向かいに座った。

「…そんなに言うなら、俺の仕事手伝うか?」
「……いいの?」
「明日に残していくより、今日やれるものはやった方がいいからな」
「…うん、私でも出来ることがあるならやりたい!」

手伝おうにもどこに触れていいのか、何を見てもいいのか、何もかもさっぱりわからない私にはとっても嬉しい提案だった。

「こっちの紙を番号順に並べて穴開けてからファイルに閉じて、それが終わったら書記の机にあるものも同様に閉じてくれるか」
「わかった」
「わかんなかったらすぐ聞けよ」
「はい!」

私の答えに「いい返事だ」と小さく笑った景吾は、ソファから立ち上がって元の会長の席へと向かう。

「あっ、景吾!」
「ん?」
「ありがとうね」
「…礼言うのは、手伝ってもらう俺の方だ」

私の横まで戻ってきた景吾は、ぽすんと私の頭に手を乗せてそう言ってくれた。

「ふふ、でも、ありがとう」






それからしばらく、景吾は会長の席でひたすらプリントとにらめっこ、私は書記の机とソファとを行き来して穴を開けたプリントをファイルに閉じる仕事をしていた。でもそれは思ったよりも量があり、生徒会の活動がいかに校内中のことに関わっているのかがわかって。

あと残り数冊になり、書記の机から全てのプリントとファイルを重ねて持ち上げる。私はソファのテーブルに置いて、日付を確認。そしてパンチを手にして…がちゃん!本日何度目かの音が室内に鳴り響き、零れた丸い紙を近くのごみ箱へ捨てようと私は顔を上げる。
すると、景吾が席から立ち上がったのがわかった。

「あれ、景吾終わったの?」
「ああ。意外と時間かかってんな、そんなに多かったか?」
「ううん、そんなことないよ!…あーもう、早く帰るために景吾の手伝いしてるのに私が遅くしちゃってるし」

でも、これを閉じればもう終わりなんだから!隣りに景吾が座ったのが分かったけれど、私は急いでプリントを4つに分けてファイルに閉じる。

「……はい、終了!」
「ご苦労だったな」
「ううん、私もいつもはやらないことだったからなんだか楽しかった」

そう言って景吾の方へ振り向くと、隣りの席というのは思いの外近くて。でも嬉しそうに笑う景吾と目が合って、私も役に立てたんだなって嬉しくなった。

「あ、このファイルはどうしたらいい?」
「そのまま置いておけば、黙ってても明日誰か片付けんだろ」
「ええ、それでいいの?」
「…俺を誰だと思ってる」
「……生徒会長さん!」

私の返答に、満足そうにふんと鼻を鳴らした景吾は立ち上がってカバンを取りに行く。私もソファの上に置いておいたカバンに手を掛け、立ち上がる。

廊下に出ると、景吾は最後に鍵を掛けた。

「後は鍵を返すだけ?」
「ああ」
「そっか。…会長、今日もお疲れ様でした」
「……」





「景吾っていつもあんな仕事してるの?」

作業をしながら思っていたことを口にする。初めての生徒会室、そして景吾の仕事ぶりを見て、テニス部の部長というだけでも大変そうなのに、景吾って本当に頑張り屋さんだし凄いなあ。心からそう思って。


「そうだな、部活が休みの時は大体あんなもんだ」
「…すごいねえ」


休みの日にまで遅くまで学校にいて、作業をして。

「別に、嫌々やってるわけじゃねえからな」
「それはそうかもしれないけど」
「アーン?」
「ふふ、ううん…うちの部長は、やっぱりかっこいいなーって」

生徒会活動も部活も、もちろん勉強も。全部を完璧にこなす景吾だからこそ、学校中の憧れになるのもわかってしまう。


「でもさ、身体には気をつけないとダメだよ!…って、心配するくらいしか私には出来ないけど」


今日のようにお手伝い出来たら、マネージャーになった時のように力になれたらいいのだけれど。そうは思うけど、行動に起こす勇気が無い自分がもどかしい。

「……それなら、副会長なんてのはどうだ?」
「え?」
「来月には選挙もあるしな」
「待っ、私人前なんて恥ずかしいしさすがに無理だよ!」

「アーン?別に人前なんか出なくていいじゃねえか」

「へ?」

景吾の発言に、我ながら素っ頓狂な声。だって、そもそも副会長に選ばれるには選挙があるし、それに校内行事の時は必ずと言っていいほどステージに上がっている景吾と他の生徒会の人達を、私は見ているのだ。


「…いや、さすがにそれは無理だな」
「そ、だよね」
「……」


欲しいのは君なんだけど



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