今日も、東京は暑い。
「集合!」
幸村くんの声が聞こえた。ここは氷帝からだいたい車で30分くらいのところにある高校。今日は立海が練習試合にそこまで来ると聞いて応援と言う名の偵察に来ていた。ちなみに他の部員も誘ったけど来れないみたいだったから、1人寂しく見ているところ。
私は日陰にあるベンチに座って、ペットボトルに口をつけた。木陰とはいえ風が無ければ、ただ日光を遮っているだけですごく暑い。タオルを出して、飲んだペットボトルは横に置いた。よし、これで応援…偵察準備はオッケー!
「それではこれから…」
話し終えた審判の声で礼をした選手達はそれぞれのベンチに戻っていく。見ているとコートの上は更に暑そうだ。水分補給ちゃんと取るといいけど…。他校の偵察に来ているのに、やっぱり何度も合宿をしている立海だからかいろいろと心配になる。
そんなことを考えていると、誰かが近くまで歩いてくる音がした。
「あ、まさ」
「おはようさん」
「うん、おはよう」
さっきまでコートに立っていたまさは、私が挨拶を返すのと同じくらいに隣に座った。
「いいの?こっちまできて」
「別に、俺はまだじゃき」
「あ、そっか。確かに」
今日はシングルスとダブルスを交互にやるみたいで、まさは大概ダブルス1だからあと3試合分時間があるということになる。アップの時間も込みでだけどね。
「今日は氷帝部活休みだったん?」
「ううん、午後から!だからまさの試合見たら帰るよ」
「大変やのう」
「んー、強いところの試合は見てて楽しいからそこまで大変でもないよ」
「…氷帝って、ここと練習試合とかするんか?」
「同じ地区だから、新体制なってすぐとかくらいかな」
「でも結構強いとこやろ、ここ」
「まあそうだけど…」
私はそう言って、昨日部室から持ってきた記録ノートを取り出した。去年新体制になってからの試合が全部書かれているノートだ。ここだけの話、偵察なんて何をするのかわかんないんだけど、とりあえずノートはあったほうがいいかなと思って持ってきていた。
「…ノート?」
「そう!なんたって私、今日は偵察に来たんだからね」
「え」
「そ、そんな驚かなくても!」
「やって心結偵察とかできないじゃろ」
「わかんないじゃん、そんなのー!」
私がそう反論すると、くくっと笑うまさ。何なに、今の面白いところあった?
「それ、前にも言っとったぜよ」
「え」
「そんときは結局何も出来んかったけどのう」
「……」
い、いつだろう。記憶に無さすぎて、我ながら怖い。
「いやでも!きっとそのときよりはちゃんと書けるようになったし!…たぶん」
「んー…」
「まさ?」
「じゃ、俺の試合偵察してみんしゃい」
「シングルス2、加藤−仁王!」
「…珍しい」
シングルス2で名前が呼ばれたのはまさだった。道理で、ダブルス2が始まってからすぐにいなくなったわけだ。それでもてっきりダブルスでくるものだと私は思っていたから、審判が名前を呼んでから思わず声に出てしまった。立海レギュラーでいる時点でシングルスももちろん申し分ない…ってか普通にシングルスでも試合に出ているんだけど、普通最初の試合はダブルスで来るんだけどなあ。
コートの端に立ったまさ。どうやらまさはサーブを取ったみたい。ボールを2、3回ついて顔を上げる。どきん。…あれ、今まさと目合った?
サーブをする前に相手を見るのは当然のこと。でも、目が合ったと思えるくらいにまさの目は真っ直ぐで、真剣な目に思わずドキッとしてしまった。
って違う違う!少しだけ早い心臓に蓋をして、私はノートを片手にまさの試合を見る。まさのイイトコロ、そして弱点を見つけるんだから!
…と威勢は確かによかった。でも実際には、まさの怒涛の攻めに目が離せない。力強いスマッシュ、細かいフェイント、その後のコート前の綺麗なボレー。まさって、こんなにすごかった?相手だって大会のときにうちと試合しても全く引けは取らないくらいなのに、防戦一方で全然前に出させて貰えない。
「ゲームセット!ウォンバイ、仁王 6−3」
試合はものの15分くらいで片付いてしまった。コートを出てベンチに戻るまさ。タオルとドリンクを渡されると、タオルを首に巻いてすぐに外に出た。そして真っ直ぐ私のところまで歩いてくる。
「心結」
「あ、お疲れ!」
「ん」
そう短く返事をしてまさは隣に座った。肩で息をしてる。そりゃあんなに動けばそうもなるのかもしれない。そう思うくらいにまさの運動量はすごかった。
「……」
「…偵察ノート書いたん?」
「え…あああ!」
まさに言われてストップした思考。偵察ノート?…忘れてたよー!
「何も書いとらんの?」
「…ハイ」
「……」
白紙のノートを見て、まさはため息をついた。
「だってまさが!」
「俺?」
「……」
「なん?」
「まさの試合見てたらすごくて、なんか、見入ってた…っていうか」
ああもう!なんて曖昧な返事!でもまさか、かっこよくてなんて言えないし。
「……」
「……」
なんか気まずい。あんな中途半端な返事のせいだよね?しかもものすごくモヤモヤする。これは言いたいことが言えてない証拠。…言っちゃえ!
「あああの!」
「?」
「まさがあんな風に動けるところが本当にすごいなって思って…だ、だから、なんかもうまさから目が離せないくらいかっこよかったです!はい、以上心結の感想でした!」
ふう。言った、言ったよ私…!恥ずかしいしどきどきしてるけど、でもなんだかスッキリした。
「…いつもと違って見えた?」
「うん!すごかった!」
「ん、ならよかった」
「何が?」
「いつもの3倍くらい頑張ったき」
「え」
「ちょっとは偵察できるようなったのう」
まさがそう言って笑って私の頭を撫でた。えへへ。あたしも自然と笑っていた。私、まさの違いにちゃんと気づけてた?そう思ったらなんだかすごく嬉しくて、勝手に笑っちゃってる。なんでだろうね?
内緒の幸福理論