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「私も、精市の事が好き」
はじめて彼に伝えた私の本当の気持ちは、とてもじゃないけれど飾る事は出来なかった。ドキドキして、嬉しさと驚きでいっぱいで。だってまさか、この気持ちを口に出せる日が来るとも思わなかったから。それでも一生懸命伝えた言葉を受け止めてくれた彼の頬を染めたのは、鮮やかすぎる夕焼けだけではなかった気がしている。

***

「お、」
部長である精市と付き合った次の日。いつもよりも少し早い時間に登校すると、階段を上がった所でブン太とジャッカルの二人が立っていた。彼らは階段を上がっていた私を見るなり、壁に持たれていた身体を起こした。

「おはよう」

まるで私の事を待っていたように見える二人の行動に、私は周りを見渡す。しかしやはり彼等が待っていたと思わせる人もいなくて、挨拶をしてくれたジャッカルへ私は軽く手を挙げてから息を吸う。

「…おは「いやおはようじゃねーし、おせーよ!」
「ええっ」

ガムをフーセンにしていたブン太がパチン!と潰したかと思うと、その勢いのまま怒られた。むすっと頬を膨らませた彼は本当に怒っているようで、身に覚えが無いから素直に驚く。

「おいおい、ブン太も特に約束してた訳じゃないんだろ?」
「……それはそうだけどさ

宥めるように話しかけるジャッカルに対し、腕を組んで返事をするブン太の顔は未だ納得がいっていないように思える。

「いやいや朝から何、どうしたの?」
「どうしたのじゃないっつの、こっちはどんな気持ちで待ってたと思って…」
「……何が?」

全く訳がわからなかった。二人とは部員として仲は良いものの、こんな風に朝から、しかも階段を登った所でわざわざ二人が待っているような事も無ければ、ジャッカルの言う通り約束もしていないのだ。
しかし私の発言を聞いて「ハァ?」と聞いてくるブン太も、向こうは向こうで私が何を言っているのかわからないという表情をしているのがわかる。そしてそれは、助けを求めてジャッカルの方を見ても同じだった。

「な、何がって…」
「あー、ひなこ、なんてーかその、俺達から聞くのもあれなんだけど」
「待て!やっぱ待ってジャッカル!」

狼狽えるブン太と私を見比べて様子を伺いながら話し始めたジャッカルに対し、片手を伸ばして静止を求めるポーズを取ったのはブン太だった。何も知らない私も驚く声の大きさに、ジャッカルも驚いて思わず話していたのを止めた。

「なんかすげー緊張してきた」
「ブン太が緊張してどうすんだよ」
「だって…やべえ。万が一、いや億が一の可能性だってわかってても、もしそれが起きたとしたら俺、ひなこの事締め上げちまうかもしんねーわ」
「ちょっと待って何それ怖いんですけど」

訳がわからない。けれどブン太が何かに緊張していて、そして私の答えによっては私自身が彼によって締め上げられる可能性がある事はわかってしまった。まぁ、大丈夫だって。そしてそう再び宥めるジャッカルの反応を見る限り、やはり私の答えによっては大丈夫じゃないかもしれないらしい。

「ま、そうだよな。普通に考えりゃ大丈夫だよな」
「ああ……あ」

柳、と目線を私の後ろに移したジャッカルが呟いた。それを追って私も振り返る。そこには教室の方から出てきたのだろうか、数冊の本を抱えた柳が立っていた。

「朝からこんな所で一体どうした…………ほう」
「ほう?」

暫く私達を眺めた柳から、なるほど、という意味でよく彼が使う『ほう』という相槌が放たれる。立海の参謀である彼には、どうやらここにいる私達を見ただけで悟ってしまったらしい。

「そうか。お前達がここにいるという事は、そういう事か」

顎に手を当てて頷いて見せる。「だって気になるだろぃ?」「ああ、それは間違いない」とブン太と二人の会話を眺めるだけの私。……本当に、一体なんだというんだろうか。私の事のはずなのに置いてけぼりにされ、朝からどうしようもない虚しさに包まれる。というか私、カバンを置きに行きたいんだけど。

「そしてその様子なら、まだ結果は分からないという事だろう?」
「正解」
「……となると俺も色々と詳しく聞きたいと思うのだが、生憎、図書館に本を返しに行く所でノートを持っていない。すぐに取ってくるから待っていて貰えないか」
「ええ?」

本を返しに行くのを止めて、わざわざノートを取ってくる程の事なの?「んー、別にいいけど」と一瞬渋って頷いたブン太を見て尚更謎が深まると共に、なんだか違和感を感じた。しかしそれは足早に去っていく柳の後ろ姿を見て、ふと肩に掛かる重さを意識した事により消え去った。

「あ、じゃあその隙に私もこの隙にカバンを…」



「おや、御三方がお揃いでこんな所に」

またもや後ろから声が聞こえて振り向けば今度は柳生と、そして先程まで玄関に立って風紀委員として挨拶をしていた真田とが階段を上がってきていた。

「……あれ、真田さっき挨拶に立ってなかった?」

玄関に立って挨拶をしている風紀委員達の中に真田が立っているのを見たのは、つい先程の事だから間違いない。そしてその時に何故だかやたらと凝視され、私自身慌ててスカートの丈と見えるはずもないのに爪の長さも確認したのだけど。遠くから真田に見られるようなほどの問題もなく、前を通る時も特に何も言われず、ひたすら目を逸らすことなく見られただけだった。

「ああ。だが今登校してきた柳生に、今日は当番では無いと言われて戻ってきたのだ」
「……ええ!」

そ、そんな事が。真田が風紀委員としての仕事を間違えるだなんて、そんな事があるのだろうか。でも確かに、私の事をあんなに見てくるなんて普通では無かった。それこそ私が違反をしていたのなら話はわかるけれど。

「ほーん、真田が間違えたって事?珍しい事もあるもんだな」
「ええ。しかしそれも、今日ならば仕方ないと思いまして」
「ま、確かに。それに真田なら尚更かもしれないな」
「……」

そうなの?真田なら尚更なの?柳生とジャッカルの言葉にそんな事を思って真田を見ると、やはり真顔で私を見つめている彼と目が合った。先程よりも至近距離な事もあり、その目力に単純に驚いて心臓が飛び跳ねた。
わ、私が一体何をしたというのだ!

「すまない、遅くなった」

数分前と同じ方向からやってきた柳も輪に加わり、いつの間にか大きな集団になっていた。別に彼らを怖いと思う訳でもないし、普段から一緒にいるから男ばかりの空間も慣れている。しかし今日は端々から感じる言い様のない圧が感じられ、もはや息すらしずらく思える程だ。
コートを挟むとはいえ、敵として彼らと相対する他の学校の選手達の気持ちがわかった気がする。立海男子硬式テニス部、こわい。

「……」

柳と一通り挨拶を交わす柳生の、その後ろだった。私達と同じく階段を登ってきて、この集団を見てギョッと目を丸めた仁王が目に入ったのは。私と目が合うと、面倒な事になりそうだと悟ったのだろう。目を逸らしてそそくさと教室の方に向かおうとした彼を見て、ちょっ!と私は叫び、そしてその声に反応して全員が振り向いた。

「仁王!挨拶をしていかんとは何事か!」

たるんどる!と加えられた真田の声が一気に廊下を駆け抜ける。ビクッと肩を揺らした仁王がこちらへ向き直し「オハザイマス」と呟いた。そして私の方を、ジト、と睨む。……それについては、うん、ごめん。

「仁王くんも今日は早い登校ですね」
「お、マジだ」
「……プリッ」

何かを悟ったような二人に仁王も諦めた表情でこちらに戻ってきた。ついに、仁王も輪に入ってしまった。


「……で?」


ブン太の声に反応して、全員が私の方を見た。


「……で、とは」


本気でわからない。こんな個性派揃いの彼らが求める答えが私の中にあるとは到底思えなかった。

ブン太が私を締め上げそうになるくらい緊張して、そんなブン太をジャッカルがわざわざ宥める程で、柳がわざわざノートを取りに行く様な事で、真田が風紀委員の仕事を間違えちゃって、それを柳生も納得するくらいで、仁王がわざわざ早く来る程の…?
なんだか……いや、だけれども。彼らの顔を見ているとピースがハマっていくような、でもこの圧の中で正常に考えられるのかと言われれば残念ながらそんな事はなく。やばい。このままじゃ私、ブン太に締め上げられちゃう。もしかしたら真田に切られてしまうかもしれない。せっかく、昨日…。


「うわ、」


一身になって私へと迫り来る圧。聞き覚えのある声が聞こえたのは、その向こうだった。


「何してるの、朝からこんな所で固まって」


その声は私の耳だけでなく、彼らにも届いたようだ。勢い良く全員がその声の方に振り向いた。


「あ、幸村…」


それは毎日聞いていたはずなのに、今日はより一層愛しく聞こえた。一身に受けていた視線が無くなり色んな圧から解放され、やっとの思いで彼を呼ぶ。するも一瞬キョトンとした彼は、すぐにムッと顔を顰めた。


「幸村はもうやめてって昨日言っただろ」


そう言って拗ねたように口を突き出した彼を見て、昨日の夜の電話が本当の事だったんだ、と素直に嬉しくなった……のも束の間、一斉に周りがこっちを見てきた。その見事なまでに揃った動きに少し驚くも、今の私には彼しか見えていないので無問題だった。

「精市、おはよう」
「……ん、おはよう、ひなこ」

そう言って笑いながら、彼が私の名前を呼ぶ。それだけで胸の中が幸せで満ちていくのがわかって、自分が自然と笑顔になるのがわかった。

「えっ、ちょ、ちょっと待って!」

バッ!とブン太が手を挙げた。どうしたの?と彼が問うと、私と彼とを見比べて。

「これ、二人は付き合ってるってことでオーケイ?」
「……」
「……」
「……うん」

彼が頷いたのを見て、私もワンテンポ遅れて頷く。忘れてた。私今からブン太に締め上げられるかも……。

「マッジかよ!幸村くんおめでとう!」
「えっ」

そう叫んだブン太は、満面の笑みだった。そして目を煌めかせたながら両手にガッツポーズ。それを見た瞬間、ピースが全て埋まった。

「幸村良かったな!」
「おめでとうさん」
「ええ、おめでとうございます」
「ようやくだな」
「幸村、……おめでとう」

そうか。こういうことだったんだ。精市を見て声を掛けるみんなの顔に嬉しさが滲んでいる。最後に噛み締めるように言った真田に関しては、もはや泣きそうにすら見える。

「マネージャーもおめでとう、そしてこれから頑張れよ」
「あ、うん」

精市に声を掛け終わると今度は全員が私の方へ向き直り、同じようにお祝いの言葉を掛けてくれた。ひなこを引き裂かなくて済んで良かった、というブン太の言葉が聞こえてきた。なんかもう最初よりも酷い事になっていたような気がするけど、まあいいだろう。「幸村を頼んだぞ」先程の私を見ていた眼光が嘘のように優しい目で私を見る真田に、これなら切られる事は無いだろうと確信をした。

「……じゃあ、俺達はこれから行く所があるから」
「え?」

そう言って私の手を掴み、彼は輪を抜け出した。後ろからは盛り上がる皆の声が聞こえているけれど、それよりも、きっと三年生にはこれでバレちゃったね、と悪戯っぽく笑う彼から目が離せなくて。

「何処に行くの?」
「んー、花の水やり。俺が一人で育ててる花壇があるから、そこに着いてきてよ」

手を繋いだまま階段を降りていく。周りの目が少し気になる。だって私の手を引くのはあの、幸村精市なのだから。

「あれ!?」

一階分の階段を降りた所で、聞き覚えのある声が聞こえて彼と二人振り返る。やっと付き合ったんすか?と言った赤也は、精市を見つめていた。

「うん」

やっと、だったんだ。私にとってもやっとだったけれど、彼にとってもそうだったのかと思うと堪らなく嬉しくなる。「マジすか!おめでとうございまーす!」これまた大きな声で叫んだ赤也の声は、恐らく二年生の廊下中に響いただろう。



昨日、皆に告白するって宣言してたんだよね。花に水をあげる彼がそう呟いた。

「……あ、花にも相談してたとか?」
「えっ、何でわかったの」
「……」


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