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ヤツが出来た。とてつもなく格好良く表現するとしたら青春のシンボル。しかし私からすればいつも同じく右頬に出来る、憎たらしくて仕方ないヤツ。

「はぁ……」

トイレで鏡を見れば、昨日まではなかった場所にやはりヤツはいた。やっと治って、気持ちを作って、さあいざ!と思って寝て起きたらこれだ。朝から数え切れないほどのため息をついたことだろうか。


思い思われ、振り振られ。恋をした人は一度は聞いた事のあるこの言葉。それらがニキビの位置で決まるという占いがある。私自身は最初は全く気にしていなかったのだが、ある日友人が『思われニキビが出来た!』と言っていたのを聞いて知った。そして詳しく聞いて驚愕もした。その時の私は今回とおなじく右頬にヤツがいて、それでいて白石に恋をしていたのだ。ちなみに右頬は、振られニキビだという。

たかが占い。されど占い。普段からテレビでやってる朝の占いですら気になるのに、恋する乙女にとって、この情報は重かった。最初でこそ友人とヤダー!ウソー!などと騒いでいたが、いざ一人になってみるとそれはそれは落ち込んだ。ただでさえ嫌なヤツなのに、寄りにもよって何故右頬なのだ。……かと言って、思われニキビである顎の部分に出来たら嬉しいかと言われれば複雑ではあるが。


「……ん?」

視線を感じて隣を見れば、その主は隣の席の白石だった。「随分深いため息やったけど、大丈夫か?」本気で心配をしてくれているのか、彼は先程謙也くんと話していた時に見た爽やかな笑顔とは打って変わった表情を私に向けた。

「あ、ごめんごめん!大丈夫だよ」
「ホンマに?俺で良かったら話聞くで」
「うん、ありがとう。でも大丈夫だから」

はは、と笑って見せると、彼も同じく笑顔を見せてくれる。それは少し困ったようにも見えるのだが、今回はそれには目を瞑ろう。

「……あ」

目をぱちっと開いて呟いた彼。ちょっと待ったってな、とカバンを手に取ると、その中から何かを取り出した。

「これ、朝に妹から貰ってんけど、良ければ」

そう言ってはにかんだ彼から向けられたのは、りんご味の飴だった。それを見て、ハッと思い出される朝のニュースでの占い。確か今日のラッキーアイテムはりんごだったはずだ……!

「いいの?」
「うん。これめっちゃ美味しいからって二、三個くらい貰ったから」
「そうなんだ。優しいね、妹ちゃん」
「んーまあ優しいっちゅーか、世話焼きっちゅーか」
「……」

眉を八の字にして笑う彼を見て、やっぱり好きだなあと思う。かれこれ一年くらい片思いをしているのに、そしてことごとくヤツによって告白のチャンスを失っているのに、全く諦められる気がしない。こんなにかっこよくて爽やかな彼が私に振り向いてくれるなんて、そんなのはどう考えても有り得なくて、でもわかったからといって諦められるものでもないのだ。恋とはなかなかどうして、難しい。

「じゃあ世話焼きの妹ちゃんに感謝だね」
「お、飴好きやった?」
「うん!それに今日私、りんごがラッキーアイテムだから!」
「そうやったん?」

実は他にも三種類くらいあってな、その中から選んできたんやけど、大当たりやったんやな。
そう嬉しそうに話してくれる彼を見れて、こんな事で目をきらきらさせてくれてこっちが嬉しくなる。
しかしそれと共にラッキーアイテムの威力も実感し、占いは当たるのだと思うと複雑だった。右頬のヤツが、少し痛んだ気がした。

***

その後すぐには飴を食べられなかったが、学校終わりの掃除の時間なら、もう帰るだけだからとこっそり口に含んだ。
それは確かにとても美味しくて、でもこれはなんというか、私の気持ちの部分がかなり大きいようにも思える。だって白石がくれたんだし、しかも何故かわかんないけどすごく喜んでくれてたし。やっぱり占いってすごい!と思い、でもそれじゃあやっぱり振られるんだろうなと思って、を繰り返していた。

「ほんならごみ捨てじゃんけんするで」

同じ班の白石の声の元、掃除終わりにじゃんけんが始まった。しかし今の私は、りんごの飴を舐めているから最強!と思っていたのだけれど、それはもう効力を失ってしまっていたのか、六人もいる中で見事ストレート負けをした。ある意味凄い。
仕方なく一人ごみ袋を持って歩いていたら、後ろから名前が呼ばれて振り返る。

「俺、職員室に用があるから一緒に行くわ」
「え?」


そう言って白石は私の手からごみ袋を取り上げると、横に並んで歩き始めた。


「いや、一緒に行くのはいいけどごみ袋は私が持つよ」
「まあまあ」
「……じゃあ、職員室までね」

私が言ったのは聞こえたはずなのに、彼は笑っただけで首を縦には振らない。一体どういう意味だろう?少し考えてもわからなくて、でも本人が笑っているのと、私としては白石と一緒なのが嬉しくて……。

「はっ!」
「えっ」

突然横で大きな声を挙げられてビクりと肩を揺らした白石には申し訳ないが、私としてはそれどころではない。そのまま彼の右側に移動した私を、彼は目をまん丸くして見つめた。

「どないしたん?」
「あっ、いや、これは、その」
「……俺の左側は歩きずらいとか?」
「や、そういう訳ではないんだけども」

何となく、と付け足して笑って誤魔化す。右頬にヤツがいるのを忘れていた。元々白石のツルツルな肌とは比べ物にならないかとは思うけど、それでも少しでも見られるのを減らしたい。だって好きな人なんだもん、仕方ないよね。


「……」


しかし、見るからに彼がムスッとそっぽを向いてしまったお陰で、私の顔から誤魔化しの笑みは消えてしまった。


「……ど、どしたの?」


何この表情。初めて見る。
いつも爽やかで、きらきらしていて、笑顔も集中している横顔も全てが完璧な白石なのに。私の問いにチラッとだけ目を移した彼だけれど、その表情が崩れる事はない。


「なんかあるなら言うてや」


帰っていく周りの生徒達の雑踏の中私を見つめる彼と目が合うと、それはムスッとしているというか……少しだけ悲しそうに見えた。

「隣の席やし、時々ため息ついとるの見てんで。力になりたいし、言うて欲しい」

まあ、確かに何も出来ひんかったらごめんやけど。そうつけ足し、よく見る困り笑顔に表情を変えた。……申し訳ない。でも白石じゃなくても隣の席で何度もため息をつかれるのは嫌だろう。ごめんとすぐに謝ると、「謝らなくてもええよ」と優しく彼は言ってくれる。こうまでされては、言うしかない。
占いの事はもちろん言わず、ただよく右頬にニキビが出来るという事を伝えた。すると彼は目を見開いた後、「すまん!」と大きな声で謝った。

「え、なんで」
「だってそれ、気になるからため息ついとったんやろ?しかもわざわざ今も俺の右側に移動するくらい……それやのに俺、無理矢理言わせてしもて、ホンマごめん」
「いやいや、それはため息ついてた私が悪いし」

そう言っても彼はやっぱり申し訳なさそうにしていたが、次の瞬間ハッとして「ほんなら明日からあんまり話し掛けへん方がええよな?」と聞いてきた。

「う、……でも」
「あっ、待ってでもあれやんな、俺の席が左側やからそれは大丈夫やったりする?」
「あー、うん、そうかな」

答える前に自分に答えられてしまった私が頷いたのを見て、やっと笑顔が戻った。そうしてそこで丁度職員室に到着した。

「あ、職員室だね」
「うん。でもせっかく左側におるからこのまま一緒にごみ捨てにまで行くわ」
「ど、どういう理由?」

そう聞いても彼は笑うだけ。でも一緒に行ってくれるのが嬉しくて、素直にお礼を伝える。
それから他愛ない話をして、帰り道の職員室の前。

「すぐ治すようにするので……」
「ううん、こっちからの横顔見れるんやったらいつもと変わらへんからあんまり気にせんで」

いつもの爽やかな笑顔の彼がそう言って、職員室の中に入った。……いつも?なんて考えていたら、振り返った白石が「でも、やっぱりちゃんと顔見たいから、早く治してな」と笑って、今度こそ背を向けて入っていく。その日から私が夜の十時就寝を心掛けるようになったのは、言うまでもない。


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