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授業中、そっと目をやると上手に船を漕ぐ彼が目に入る。上手に肘をついて目を瞑るその髪には陽の光がかかり、文字通りキラキラと反射している。起きている時にはそのルックスも合わせて無条件でクラスの中心人物として輝いているのに、こうして眠っている時にも太陽を味方に付けるなんて。どこまでもずるい男の子だなあ。……まあ、知っていて目を奪われている私が言えることでは無いのかもしれないが。


「いたっ」


数学の授業が終わり、号令の時に目を開けたブン太は先生が居なくなるなり大きく伸びをした。その時、唸るような声と一緒に左腕に何かが当たって振り返る。

「あ、わり」
「……わざとでしょ」
「まさかまさか、濡れ衣濡れ衣」
「いや二回繰り返し過ぎなんだけど」

あからさまに目を丸くして無実を主張され、あまりのわざとらしさに笑ってしまう。彼も一緒になって笑っているのを見れば、やっぱりわざとだったのだろうと思うのだけど。しかしこんなことですら嬉しいと思ってしまう私がいて、我ながら参るというか、単純というか。

「私だから腕折れないんだよ、感謝してよね」
「はいはい」
「え?」
「はい」

真顔でそう頷かれて、やっぱり笑っちゃう。一頻り笑った後、じゃあ感謝ついでに最後の方のノート見せてくんね?と言われるも、黒板にまだ消される前のが残っている。その気持ちで告板を見た私に「俺のノート見た感じ、他にも書いてねえところまだあるから」と付け足した彼は、カバンの中からお礼と思われる飴を取り出して私に向けた。

「うん、いいよ」

飴を受け取るのと共に、ノートを差し出す。お礼を言った彼はそのまま写し始めた。
彼と隣りになり、こうやって頼まれることが増えてから、私がノートを丁寧に取るようになったのを彼は知らない。そして別に知らなくてもいい。こんな気持ちがあると知られて彼の近くに居られなくなるのなら、そっちの方が私としては辛くて苦しいものだから。


それはある、冬の日のことだった。前日、友人との電話が盛り上がってつい夜更かしをしてしまって授業中に眠気が襲ってきた。瞬きをするのも一苦労な程の眠気に、正直負けてしまいたい。しかしブン太も朝眠いと言っていたことを思えばノートを取らねば、という気持ちになるのも事実で。
−−無理だ。
頑張ろうと思ったけど、なんなら思ってからまだ数分と経っていないとも思うけれど。しかし私にはこの数分が果てしなく長く、そしてもはや瞬きの為に閉じた目が開いてくれないのだ。
私はそのままブン太を見ること無く、目を閉じた。

授業が終わりそうな頃になると、自然と目が開いた。……寝てしまった。時計を見てから、黒板と、自分のノートを見る。真っ白だった。教科書と黒板に書かれているのを見て、この辺かと理解するも、今更ノートを取り始めても仕方がないことは明確で。ため息を付きながら、自然と顔が隣の席へと向かう。すると、こちらを見ていたブン太と目が合って思わず目を見開いてしまった。な、なに!そうとは言えない私を見た彼は、目を細めながら眠るポーズをとって見せた。
……まさか見られていたなんて。最悪だ。彼へと自称渋い顔を向けてから今度は心の中でため息をつく。しかしながら、私だっていつもブン太のを見ている訳だし。顔面レベルを考えると同じくは思えないけど、それでも仕方がない。寝顔がブサイクだって親にも言われたことないし。そんな慰めにもならないようなことを考えている内に授業は終わり、彼がよくするように私も伸びをした。そしてそのままパンチをしようと手を伸ばすと、なんとその手は彼の手のひらによって受け止められてしまう。

「はい、現行犯逮捕です」
「ええ……」

すぐにパッと離されたけど、ちょっと寝起きには強めの刺激だった。緩みそうになる頬を隠す為に慌てて顔を前に向けた。

「珍しいよな、寝るの」
「うん、今日は眠すぎて我慢出来なかった」

私が答えると、寝不足?と聞いてくる彼に頷いて、それから席の離れた友人からノートを借りようとそちらに目をやる。どうやら彼女は隣りの席の子と話しているようだ。もう少ししてから行こうと決めたところで名前を呼ばれ、再び彼の方を向いた。

「見る?」
「……え、ブン太起きてたの?」
「失礼だな」

そう笑いながら、私の机にノートを置く。

「横見たらひなこが死にそうだったから、今日は俺が取らなきゃなあって思って取ってた」
「しにそうって」
「限界が滲み出てたから、まじで」

笑みを浮かべた彼に、恥ずかしいけど……とてつもなく恥ずかしいけど。でもやっぱり嬉しい気持ちだってあるし、私の為に取ってくれた、なんて都合のいいように考えちゃうくらい。

「そ、それではお借りします」
「うん」

いつもは貸す立場だからちゃんと見たこと無かったけど、こんな気持ちで見ることになるなんて。そんな喜びで埋まってしまった私の目に飛び込んできたのは、沢山の数式と。

「ぶは!」
「は?」
「待って、ブン太これなに?」

ノートの端っこに書かれた何やら未確認生物のような生き物達。見ようによってはウサギに見えなくもないけど身体が完全に四足歩行のものだったり、クマなのかカエルのかわからないけれどとりあえずヒゲが生えていたり。
そしたら、「俺も眠かったから眠気覚ましに描いてたんだよ」なんて思いもよらぬ答えに、ドキンと大きく鼓動を打つ心臓。なるほど、と返事にならない返事を返してもう一度ノートに目を向ける。そんなこと言われたら、やっぱり何なのかよくわからないこの子達も愛おしく思えちゃうよ。


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