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バレンタインデーの学校が始まり、半日が経過した。私はといえば同じクラス、そしてある一クラス以外の他クラスの友人達へもチョコを配り終えた。
ロッカーに残っているチョコはもう二つ。一つは委員会で仲良くなった友人の分、そしてもう一つは昨年まで同じクラスだった裕太の分なのだが。そもそもこんな時間になっても未だ渡していないというのが、裕太に渡すチョコについて悩んでいるからである、と言っても過言ではなかった。

クラス替えで離れてしまった私と裕太だったけれど、しばらくして、私は彼に恋をしていたのだと気づいた。今更気づくなんて……と思ったものの、気づいてしまったんだから仕方がない。それでもクラスが離れても彼との交流は続き、変わらず仲良くしている。むしろ昨年同じクラスだった時よりも仲良くなったんじゃないかと思うくらいだ。
でも、廊下ですれ違う時に声を掛けてくれるのもとても嬉しいし、全校集会の時は決まって裕太の姿を探してしまうし。そうして彼の姿を見ては胸が弾むのを感じて、やっぱり私は彼の事が好きなんだといつも再確認してしまうのだけれど。


「あ、裕太」

本命チョコを渡すのか、友チョコとして渡すのか。悩みに悩んだ授業が終わり、私は友人の分のチョコレートと共に彼のクラスにやってきた。友人より先に彼を見つけた私はすぐに声を掛ける。


「おお、どうしたんだ?」


私の元に来てくれた彼に、私は昨日の夜にラッピングを施したチョコレートとクッキーの詰め合わせを見せる。ハッピーバレンタイン、という言葉を添えて。彼は少し驚いた表情をしたけれど、お礼を言ってすぐに受け取ってくれた。どうやら彼にとって、私は、チョコレートを貰える仲であるらしかった。

しかし結局、本当の気持ちは言えなかった。私は彼のことが男の子として好きだけど、友人としても好きなのだ。もし告白をしたことで離れていってしまったら、私はたぶん、耐えられない。彼の姿を目で追いかけることも、笑って話すことも出来なくなってしまうのは、どうしたって辛すぎるから。
−−これで良かったんだ。
好きだという気持ちはいつでも伝えられる。でも失敗したらもう、この関係は戻って来ないかもしれないんだもん。裕太と友達ですら無くなっちゃうなんてそんなの、私は絶対に嫌だ。
友人にチョコレートを渡した帰り道、外の青空を見上げた私は心の中でそう呟いた。


……のだが、いざ学校が終わって家に着くと、段々と後悔が込み上げてきた。せっかくのチャンスだったのに。いつか告白するとか、そんないつかが来るならきっととっくにしてたろうに。
しかしながら、本命として渡さなかったことで安堵の気持ちがあるのも確かだった。ずっとソワソワして仕方のなかったバレンタインはようやく終わったのだ。そもそも、好きな人に自分で作ったチョコを渡しただけでも凄いことだし。去年はそもそも真の友チョコしか作ってなかったんだから、それに比べたら大きな進歩だし!そうだそうだ!これにて、ミッション・コンプリート!

ヴーヴー。昨日はチョコレートの準備で遅くまで起きていた事もあり、早めに自分の部屋で過ごしていたら携帯が震え始めた。表示された名前は”不二裕太“。−−私、告白してないよね?一瞬にして記憶を呼び覚ますも、やっぱり告白はしていない。それなら、なんで……。

「も、もしもし」
「……あ、もしもし?」

裕太だけど、と名乗られて、知ってるのに本当に裕太なんだと思って心臓が煩くなる。家の中で彼の声を聞くだけでこんなにもドキドキするなんて、と思ってしまうくらい。今、私、絶対顔赤いと思う。

「今って時間大丈夫か?」
「うん。もうそろそろ寝ようと思ってたところだよ」
「え、もう?早くないか?」
「早いんだけどね、昨日遅くまでチョコ作ってたからさ」

驚いた声色に簡単に彼の顔が想像出来て、思わず笑ってしまう。でも、良かった。普通に笑えてるし、チョコのことも話せてる。今日もし告白していたら、こんな風にゆったりとした夜も過ごせなかったし、こうして裕太と平常心で会話も出来てなかっただろう。そう考えたら、やっぱり友チョコを送って良かったんだ!と改めて思えた。

「ああ、そういうことか。具合でも悪いんだと思った」
「それは全然、元気だよ」
「そっか」

……ああもう、なに。
安心したとは言ってないのに、彼がそう思ってくれたのがその声からわかって、胸が堪らなくキュンとする。しかし私は、そんな気持ちは決して彼には伝わらないように。あくまで平常心を心掛け、「心配してくれてありがとう」とお礼を言った。

「それでどうしたの?」
「あー、うん。その、今お前が言ったチョコなんだけど、さっき食べたんだ」
「……うん」

変わらずドキドキと音を鳴らす心臓を必死で抑え込む。なんだろう。何かダメだっただろうか。裕太がお菓子を好きなのは知ってるから、何でも喜んでくれると思ったんだけど……。

「それで、なんてーか、すげー美味しかった。クッキーもチョコレートも」

一瞬だけ過ぎった不安は、その一言でまた、一瞬にして拭われる。

「俺、手作りのお菓子って姉貴が作ったのしか食べたこと無いからさ、手作りでびっくりしたし、食べたら美味いしで、なんか」

……うん、と聞こえてきて、それから裕太は少し黙った。でも私の方だって、まさか褒めてもらえると思ってなかったし、わざわざこんな風に電話が貰えるとも思ってなかったから、頭の中は小パニック。「あ、ありがとうございます……」と呟いた私の声は、電話越しの彼に聞こえたのかと不安になるくらいに小さかった。

「いやいや、お礼を言うのは俺の方だよ」
「いやいやいや、私の方こそ、無理やり渡したのを食べてもらって」
「……あれ?今日くれたのって、前に来年のバレンタインにチョコをくれるって約束したからじゃないのか?」
「えっ」

驚いた。確かに、確かに前にそう言ったことはあったけど。でもそれは二年生の終わり頃のことで、しかも話の途中に軽く言っただけだから、裕太は覚えていないとばかり思っていた。

「よく覚えてたね、そんな前のこと」
「よく覚えてたって……それじゃあ違うのか?」
「あ、ううん違わないけど」

そう咄嗟に答えるも、頭の中では、お昼休みに伝えられなかった本当の気持ちがぐるぐるしている。「あ、だよな」と呟いた彼に、頷いて答えると、それからまた少し沈黙になる。……ど、どうしよう。言えるかな。いや、今なら言える気がする。……うん。いつかは、今だ!


「あのっ」
「あのさ」


見事に二人して被ってしまった。お互い、いいよいいよドウゾドウゾと譲り合うも、私の言いたいことを言ったあとでは無理だ。たぶん、裕太の話す何事もちゃんと聞ける気がしない。私のはちょっと言いづらいから、裕太が先に言って!そう伝えると、狼狽えながらも彼は了承した。

「びっくりしないで欲しいんだけど」
「うん?」
「……あーやっぱり、いや……」
「……」

電話の向こう、彼は一人唸っていた。その間も、彼に好きだと伝える予定の私の心臓はひたすらに大きな音を鳴らし続けている。は、早く言って欲しい。じゃないと私の方が勝手にドキドキして死んでしまうかもしれない。

「今日、俺がこんなこと言うのも変だってのはわかってるんだけどさ」
「うん」
「……俺、やっぱり、ひなこのことが好きなんだ」

本命のチョコレート貰ったわけじゃないのに、いきなりこんなこと言ってごめん。少し間が空いたあとに付け足してから、「でもなんか、お前がくれたチョコを食べたら、今言わないと後悔する気がして」そうぽつぽつと、言葉を零す。
私の頭の中はというと、大、大、大、大パニックであった。

「あ、えと、その、」
「ごめん、せっかく休んでたのにこんなこと言って」

頭の中が混乱して、でも胸はドキドキして、とてもじゃないけどまともに言葉が紡げない。


「え、ちょっと待って、なんて言うか」


さっきまで持ってたクッションは何処かへいった。一人で部屋の中でわたわたとしてしまう。


「えっと、あのね、実は本命でした」
「…………え?」


耳元で裕太の声が聞こえても、ちょっとも今の彼を想像なんか出来なくて。


「今日、裕太に渡したの、本命だったの」
「……」


それって、と、彼が呟いた。気づけば自分の横にあったクッションを握りしめる。私のハッピーなバレンタインは、なんとまだ、終わっていなかったのであった!


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