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「男子的にはさ、バレンタインに告白された返事はいつするのかっての、どう思ってるの?」

理科の実験が終わり、使っていた器具の片付けをしている時に聞こえてきたのは、隣りの岳人のいる班からだった。授業中とはいえ、既にみんな終わったような気持ちでいるこの時間には雑談なんかがよくされている。どきり。ビーカーを片付けていた手が思わず止まった。
−−それは、私もとても気になる!
私にとっては運命を決めると言っても過言ではないバレンタインデーが数日後に迫り、正直、毎日ソワソワが止まらない。そりゃあもちろん付き合いたい気持ちがあるから告白するのだが、でもそんな世の中上手くいくのかと言われればそうでは無いだろうとも思っている。だからすぐに答えが返ってくるのかと思うと、私のこの一年間積み重ねてきた思いに一瞬で片がつくのかと思うと、それはとても怖くもあるのだ。

「じゃあ逆に、女子的にはどうなの?すぐ返事貰いたい?」
「うーん、駄目なら早く言ってもらった方が良いかなとは思うかも。切り替えたいし」
「でもそうなったらホワイトデーの意味は?ってならない?」
「それはなる」

ぽんぽんと進む会話とは反対に、私は非常にゆっくりとビーカーやスポイトを片付ける。

「けど、好きじゃないからってバレンタインに貰ったのに何にも返さないのもなんか違うくない?」
「あー、そう言われれば確かに」
「でも断った後に物だけ返すのも気まずいよな」
「貰う方も気まずいわ、それ」
「……じゃあやっぱ、ホワイトデーに何か返す時に返事するのがいいんじゃね?」

カチャン、と手元のビーカー同士が軽くぶつかって小さな音を立てた。動揺からだった。その発言をした人が、岳人だったから。

「まあ、確かにそれはそうか」「告る予定あんの?」「ないけど」「ないんかーい」と変わらず軽快に続く会話はもう、私の耳に入ることは無い。どきんどきんと脳内に響く鼓動音の中で、擦れあったビーカーを確認する。目に見えるような傷も無く、ホッと一息つくも、それしきで収まるような心臓ではなかった。
−−そっか。岳人はホワイトデーまで、想わせてくれるんだ。……それなら。
私の胸の中に生まれたのは安心のような、決意のような。名前は今はつけられないけれど、来たるバレンタインデーへの後押しにはなったのは確実だった。

***

「ああああああどうしよう」

次の六時間目の授業が終われば、遂に放課後がやって来てしまう。友人達には配り終わり、ロッカーに残っているのは一つだけ。本命の岳人に渡すものだった。大丈夫だって、と言葉を掛けてくれるのは岳人と同じ班だった友人だ。先日のことを話し、その時の岳人の答えで少し心が軽くなったと伝えたからか「どうせわかるのは来月なんだからさ」と、まるで告白をする友人を励ますとは思えないくらいユルユルな励ましの言葉を投げ掛けてくれる。しかし私自身は実際そう言われて、確かに今から気にしても仕方がない!と思い返して少し元気になる、というのを朝からずっと繰り返しているのだが。

そして、やって来てしまった放課後。どうやって呼び出そうか悩んでいたら、友人が岳人を呼んできてあげようかと言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。六時間目の数学なんて何にもしてない。ただひたすら黒板を写すだけで精一杯で、今となっては口からお昼に食べたオムライスが出てきそうだ。返事が来るのは来月とはいえ、一年間の私の想いを伝えるのは今日なのだ。
本当に私は言えるのだろうか。岳人のことがずっと好きだった、と。今のコンディションを考えれば、想いを伝える前にグリンピースがこんにちはをしてしまいそうで怖い。しかしながら、岳人を呼ぶようにお願いした友人が立ち上がり、アイコンタクトをされてしまえばもう逃げられない。私はロッカーに入れていたチョコレートをカバンに入れ、先に約束の空き教室へと向かった。

どうしよう、来ちゃったら。来ちゃったらそれはもう言わなきゃいけない。……いやいや来なかったら意味無いんだってば、このチョコも今日一日の心臓の重さも。って言っても、むりむり!心臓持たないよお!
ガラガラガラッ。静まり返った教室内で一人止まらない呟きを脳内でしていたら、不意にドアが開く音がした。振り返るとそこには岳人が立っていて、思わず息を呑む。散々煩かったはずの脳内は驚く程に静まってしまった。

「……山田に言われて来たんだけど」
「あ、うん……時間大丈夫?予定とかない?」
「それはねーけど」
「そっか、それなら良かった」
「うん」

……バレてる、よね、もう流石に。
彼の様子を見れば、なんと言うか、気まずさが伝わってくる。そりゃあそうだ。今日という日の放課後に女子に呼び出されるというのは、そういうことだ。どれだけ鈍感な人でもどういう用事なのかはわかるに決まってる。
彼からの視線が怖くて思わず俯いてしまう。逃げられないんだってわかっていても、怖いよ。ただ一言言うだけなのに。


「あの、」


そう呟いて、震える唇で大きく息を吐いた。何故だかわからないけど、泣きそうだった。
それでも恐る恐る目線を上げれば、岳人が真っ直ぐに私を見ていた。


「あのね、私、岳人のことが好きです」


ずっと好きでした、と続けてから逃げる様に頭を下げる。すると静かだと思っていた空き教室は、意外にも他の生徒達の声が聞こえてきている。何かから解放されたかのような感覚だった。


「あっ、でも返事は全然急がないから!」


ハッとして彼を見たけれど、「ホワイトデーにお返事するって言ってた、って聞いたから」と笑ってみせるくらいには緊張が解れているらしい。今でも鼓動音がひっきりなしに聞こえて煩いけど、他の生徒の声が聞こえるし、瞬きもちゃんと出来てる。

「あー、」
「そうだ、チョコレート!ごめんね大事なもの忘れてた!」

緊張のあまりカバンから出すことすら忘れていたチョコレートの存在を思い出して慌てて取り出す。岳人の目の前に差し出すと、目を大きく開いて受け取ってくれた。


「美味しくなったらごめん、でもさっき食べて貰ったら美味しいってみんな言ってたから、たぶん大丈夫!」


自然と早口になっている気がするが、それは間違いなかった。一刻も早くここから逃げ出したい。友達に頑張ったって、言ってもらいたい。「それじゃあ、私は帰ります」そう告げて急いでその場を後にしようと、バイバイのつもりで手を上げる。

「あ、ん。ありがとう」
「ううん!じゃあまた明日、学校でね」

恐らくだけどちゃんと笑ってから、彼の隣りを横切る。あのドアを開けて外に出ればもう、本日の私のミッションは完遂したも同然だ。良かったオムライスが出なくて……。


「やっぱ待って!」


いきなり教室内に響いた声に、私は思いっきり肩を揺らして立ち止まる。ドアまで伸ばしていた手は残り数センチのところで動きをとめ、反射的に私は振り返った。

「ごめん、ホワイトデーまで待てないわ」
「えっ?」
「俺も、ひなこのことが好きだ」

真っ直ぐ、力強く私を見つめるその大きな目と合って、電撃が走ったかのようにちかちかと視界が瞬く。呆然とする私を見て恥ずかしそうに笑う彼が、いつまでも眩しかった。


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