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(もし王子が白石だったら、というシンデレラのパロディです)
(苦手な方はお気をつけ下さい!)

「……」

わたしにはとても、そんな事は出来なかった。
初めて愛した人だったのだ。歩く度激痛が走る事もも、大好きだった歌を歌うのを捨てた事も、彼の笑顔を見れば辛くなんかなかった。

涙が溢れる。好きです。大好きです。愛しています。こんなにも想っているのに、どうして伝わらないのだろう。目を見ればわかる、という話は嘘だったのだろうか。目だけじゃない。頭のてっぺんからつま先まで、今の私は王子を愛するだけに存在していると言っても過言ではないくらいなのに、どうして。


「……」


海を見ると、姉達が泣きそうな顔で私を見つめている。ごめんね。悲しませてごめんね。今の私には、彼女達にこの気持ちを伝える事すら叶わない。辛くて、苦しくて、胸が引き裂かれそうで。

それなのに、どうして私は王子をこんなにも好きでいるのだろう。
嫌いになれたら良いのに。海に戻って、また皆と泳いで、好きな時に好きなだけ歌を歌って。毎日笑って過ごしていたあの時間は、私にとってかけがえのないものには違いなくて?

それなのに、どうして私はそれを選べないんだろう。
握力が弱まり、ナイフが床に落ちた。ゴト、という大きな音は静かな海のさざ波には負けない、でも何処までも広がる星空には、とてもじゃないけれど届かない小さな音だった。


「……」


落ちたナイフを見る視界が歪む。それが果たして涙からなのか、泡となるからなのか。けれど落ちたナイフを拾う事はもう私には出来そうに無い。
グイッと涙を拭い、彼女達を見る。ごめんね、という気持ちを込めて手のひらを合わせる。そしてそれを、海へと落とした。

ポロり、一番上のお姉ちゃんが涙を零した。次々に皆、涙を流していく。ごめんね、お姉ちゃん。ごめん、ごめんなさい。視界はまたもや深く歪んで行く。


「あれ?」


ガチャ、と背後から音がして、すぐに声が聞こえた。驚いて振り返ると、なんとそこには王子が立っていた。


「え、泣いて、……え?」


私に気づいて駆け寄ってきた彼は、私を覗き込む。大丈夫か?と私の髪を避けてくれる手が優しくて、愛しさのあまり胸が締め付けられる。


「なんや今、変な音がしたから……」


そう言って周りを見渡した彼の目が大きく開かれた。その視線の先は……。


「……人魚?」


ボソリ、と呟いた彼の声が聞こえて、ハッとして振り向く。姐達は物凄い形相で王子を睨んでいた。


「……すまん」


海を見つめながらうわ言の様に私に告げた彼は、そのまま立ち上がって船の欄干へと向かう。


「こんな海のど真ん中でおるって事は、君達はきっと、人魚なんやろ?」


王子が問い掛けると姉達は頷いて答えた。彼の顔は見えないけれど、声からは聞いた事の無いくらいに切羽詰まっているのがわかる。


「教えて欲しい事がある。もしかしたら、君達の中にもいるのかもしれへんから」


人魚である姉達を見ても、少しも臆する事無く声を掛ける彼にまた好きになる。馬鹿だ。こんな時にも好きになるなんて、どうしようもないほど馬鹿だ。


「俺は前、乗っていた船から海に落ちた事があって、それもここのように海のど真ん中やった」
「……」


まるで、時が止まった様に思えた。


「その時は偶然、俺の国の砂浜に打ち上げられとって、それを見つけて貰って今こうして俺は生きとるんやけど」


ゾクゾクと、全身に鳥肌が立つのがわかる。


「でも、俺はそれは偶然やないってずっと思ってる」
「……!」


出ないはずの声が、出た様な感覚に陥った。けれど変わらず海を向いて話している彼を見れば、それはきっと出てはいなくて。

「俺の腕には、金のガントレットが巻かれとる。これのお陰で俺は海に浮かぶ事も出来ひんし、それにこんな重いもんつけた俺を普通の女の子があの砂浜まで泳いで運んできたなんていうのは、ほんまは信じられへんかってん」


月が明るく照らす海原へ響き渡る彼の声に、思わず息が詰まる。


「もし、君達の仲間の中にあの日俺を運んでくれた人がおるんやったら教えて欲しい」
「……」


涙が溢れた。彼しか見えなかった視界が、それすらも見えなくなってしまった。私の事を少しでも考えていてくれたんだ。それだけであんなにも痛くて苦しかった胸の中が、優しくて暖かくなっていく。彼を刺さなくて良かった。この言葉が聞けただけでも私は…。


「……え?」

流れ続ける涙を拭う。息をつく暇も無い程に泣いたのは何時ぶりだろうか。でも、こんなに嬉しくて流す涙はきっと、私の人生では初めてだろう。
当たっていた月明かりが閉ざされ、影が差した。そして私の両肩に何かがあてられ、そのまま優しく後ろに押される。


「……」


顔を上げると、王子が私の目の前に膝をついていた。


「……」


月明かりに照らされた彼はとても綺麗で、初めて見たあの日を思い出す。

「あの日助けてくれたんは、自分やったん…?」
「……」

恐る恐る頷いて答えた。私の肩を優しく支える彼の瞳には、紛れもなく私だけが映っている。


「そうやったんやな、俺、何も気づかんとほんまごめんな」
「……」

私は目いっぱい首を横に振る。……違うんです、王子。普通は信じる訳が無いんです。だからそれは、王子のせいじゃないんです。その気持ちが伝われ、と何度も首を振る。

「……優しいな、自分は」
「……」

そう言って私の涙を親指で拭った王子は、反対の手で私の髪を撫でてくれた。いつもの、大好きな王子だった。最初は一目惚れだったかもしれない。けれど人間の世界で暫く暮らしても私には彼よりも優しくて、男らしくて、素敵な人はいなかった。

「……変な事、言うてええかな」
「……」

王子が、私の指先を優しく握る。不安そうにする彼の表情は、あの女性と会った後のそれと少し似ていた。

「俺、ずっと、ほんまにこれでええんかって思っとった。どうしても胸の中に何やわからんけどずっと突っかかっとって、でもそれが何かわからんくて」
「……」
「きっと、自分の事やったんやな」
「……?」

私の事?よくわからなくて首を傾げた私を見て、彼はふ、と笑いを漏らした。そしてそのまま手を伸ばし、私を抱き寄せる。

「気付くの遅くなって、ほんまにごめん」

王子の声が耳元で甘く鼓膜を震わせる。一度ぎゅっと力を込めた腕を緩め、私と再び顔を合わせる。

「俺は、貴方の事が一人の女性として好きです」
「……」
「俺と結婚して下さい」

「…………はい」


……え?


「ほんまに?」

驚きと喜びを隠しきれない彼が私を見てくる。それに答えようと、息を吸い込む。

「はい、ほんまです」
「……あれ、自分、声?」

キョトンと目を丸める彼は、漸く気付いたらしい。……嘘、これって。足に力を込めて立ち上がり、彼に見つめられながら欄干を数歩歩いてみる。足の痛みは、すっかり無くなっていた。


「足も、痛くないん?」


その場から動かずに私を見つめる彼の元へ、私は駆け寄る。そのまま飛び込むと、王子は支えきれずに一緒に倒れ込んでしまった。


「どないしたん?」


私をを抱き止めながらも現状が理解出来ない彼へ、私は言わなければならない事が沢山ある。でも、その前に。何よりも彼に伝えなければならない事が、私にはある。

「王子」
「ん?」
「好きです、私、王子の事が大好きです!」

驚いた顔をした彼が一瞬にして笑顔に変わる。これからは、何度だって言葉にします。誰だからよりも大好きで、何よりも大切な貴方と、ずっと一緒にいさせてね。


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