○●○



「先輩マジ可愛い〜」

まるで馬鹿の一つ覚えの様に、好きな先輩を見る度にその言葉を何度も呟く幼馴染。まさに脳内お花畑。年中春の風が優しく靡いているのだ。


「ふーん」


それに対してそう答える私がその度に傷付いてるなんてこの男は知る由もない。もはや相槌にも満たない返事を何度しても、彼は同じ事を言ってくるのだ。私の事なんてきっとこれっぽっちも興味が無い。
その事実にもまた傷付いているなんて、この男には全く知る由もないだろう。



そんなある日、その先輩に彼氏が出来たという噂を聞いた。それを聞いた瞬間、赤也はさぞかし落ち込むのだろうと思った。彼が可哀想だ、と。彼は先輩を見る度に嬉しそうに頬を緩めていたから。
でもそうやって哀れんだのはほんの少しの時間だけだった。残りの大半は、とても大きな声では言えないけれど、正直すごく嬉しかった。
なんて性格の悪い幼馴染なんだろうと自分でも思う。幼馴染の友達が落ち込むのをわかっていて喜ぶだなんて。

……でも、だって。貴方が先輩を好きな様に、私だって赤也の事が好きだったんだ。赤也が先輩と出会うずうっと前から、私は赤也に恋をしていたんだ。まあ、彼は全く気付いてくれない訳だけれど。


「あー、腹減った」


お互いの部活が終わり、毎週木、金は待ち合わせて一緒に帰る事になっている。今日は私が遅かった。何故ならば、部活の先輩の恋バナを聞いてそれはもう盛り上がってしまったからだ。

私の周りには今まで恋人がいる人がいなかった。しかし先輩が昨日、ついに好きだった人に告白されたのだ。先輩が好きになり、想い人と友情と恋心を育み、そして告白された。こんなパーフェクトな恋路があるだろうか?
頬を赤らめて喜ぶ先輩は、まさにピンク色の花びらがその頬に添えられているよう。そんな先輩を私は羨ましく思い、そして私自身もとても嬉しかった。好きな人とはいえ幼馴染の恋の終わりを喜んでいる私でも、先輩の恋の成就はちゃんと嬉しいらしい。

「私もお腹空いたぁ」
「なー、コンビニ寄ってかね?」
「え、やだ」
「はぁ?」

なんだよ、ノリわりーな。赤也にそう言われても、私の意思は固かった。確かに先週も先々週も寄ったけど、今週の、というか一昨日からの私は違う。
もしかしたら、万が一にも赤也と付き合える可能性が出てきたからだ。今すぐとは言わない。でも私の先輩だって好きな人の心を射止められたのだから、私だってこれから少しずつアピールしていけば。その為にはまず、もう少し痩せようと思った。赤也が好きだったあの先輩の様に。
赤也が先輩を可愛いと言い始めてから、どうしてもっと努力しなかったのだろうと悔しく思った。最初は物珍しいからだろうと思っていたのに、見かける度に可愛いと連呼するのだから参ってしまった。
強敵どころの話ではない、私の長年の恋は、あの先輩によって終止符を打たれたのだ、と打ちのめされた事は私の中で苦い記憶として未だ残っている。


「何、ひなこ腹でも痛ぇの?」


そう言って私の顔を覗き込んでくる赤也との近さに胸がキュンとする事は残念ながら無かった。でも、私の心を離さないのはその優しさだった。

私が泣いてたら手を握ってくれる。
私が遅れても待っていてくれる。
私が風邪を引いたら忍び込んでも会いに来てくれる。

小さい頃からいつもワガママで意地悪なのに、優しいのだ。先輩を好きになったのに諦めきれなかったのは、何時だって彼が狙ったかの様に優しくしてくるからだ。

「痛くないよ」
「んじゃ別にいいじゃん」
「やだ。だって見たら食べたくなるもん」
「……食えば良くね?」

ちんぷんかんぷんといった様に首を傾げる赤也は、きっと愛しの先輩に彼氏が出来た事を知らないのだろう。知っていたら間違いなく私に言ってくる。あまりのショックにお腹なんて空かなくなってしまうかもしれない。
……それはやっぱり、可哀想だなぁ。


「とにかく!今日はコンビニには…」


赤也の方を向いてそこまで言った私の目に飛び込んできたもの。それはなんと、赤也の愛しの先輩と恐らくその彼氏が並んで歩く所だったのだ!

な、なんて事だ。二組ほど挟んでいるとは言え、私達の思いの外すぐ後ろを歩いていたなんて。慌てて前を向くものの、これじゃあいつ赤也が振り向くかわからない。


「えーもうコンビニだし、俺ソッコー行って」
「コンビニ!?よし、行こう!」


赤也の手を掴んで私は歩き出した。はぁ!?と彼のこれまた大きな声を背負いながら。


コンビニから赤也は肉まんを買い、私はココアと明日学校で食べるポッキーを買った。これは決して私が欲望に負けたからではない。先輩方が先に行く為と少しでも時間を稼ごうとした結果である。
店員さんから買った物を受け取り、雑誌コーナーに立って待っている赤也の所へ向かう。大丈夫だ。赤也に早くしろと言われてまで悩んだのだ。流石にもうあの二人は遥か前に……。


「赤……」


私がドアの前を横切ろうとした時、丁度ドアが開いた。何となく、私は顔を向けた。そして入ってきたのはあの、赤也の愛しの先輩の彼氏だった。
驚いて思わず声が引っ込んだ。彼氏の後ろからは先輩が続く。
うわぁ、美男美女カップル。……じゃなくて!

目を奪われそうになりながら、ハッとして雑誌コーナーを見る。赤也は奇跡的にまだ漫画を読んでいた。私の声よ、よく引っ込んでくれた。褒めて遣わす。
そしてそうと決まれば、一刻も早くここを出なければ!

「赤也!」
「んー」
「早く行こ!」


私は漫画から顔を上げない赤也の腕を掴み、クイクイと引っ張る。


「もうちょい待って」
「えっ」
「これほら、今日発売のやつ。朝立ち読み出来なかったから」

そう言いながらパラりとページを捲る赤也。
な、なんて呑気なやつだ。こっちの気も知らないで!

「別に今じゃなくていいでしょ!」
「後5ページくらいだからいいじゃん」
「……」

ああもう、たかが5ページ、されど5ページだ。早く読み終わってほしい。赤也の速読にかける事にして、私は黙った。


「あ、私このアイス好き」


そうして静まった私と赤也の間に、何とも可愛らしい声が聞こえてきた。

知っている。私はこの声の主を知っている。
ギクリとして冷や汗が流れた感覚に陥る。私と、そしてその声を聞いた赤也も振り向いた。そこには彼氏と一緒に、アイスコーナーを覗き見る先輩がいた。


「……」


何も声が出なかった。赤也もそれは同じなようで、余程びっくりしているのか狼狽える事すらせずにそのまま本へと目を戻した。
……え、待って本読める?自分の好きな先輩とその彼氏だよ?そんな、本の内容なんて入ってこないんじゃ…。

そんな私の心配を他所に、それから数ページ捲った赤也は本を棚に戻した。


「お待たせ」


特段いつもと変わりない顔でそう告げ、そして呆気に取られる私の横を通り過ぎる。ココア温くなるぞ、なんて声を掛けられて私は慌ててドアへと向かった。



「肉まんうま」
「……」


歩き始めて早々、赤也は肉まんを頬張って感想を零す。そんな彼を眺めながら、今度は私の方がちんぷんかんぷんになっていた。
確かに肉まんは美味しい。例え悲しい事があっても、恐らく肉まんは美味しいだろうとは思う。しかし今の疑問はそこでは無かった。

もしかしたら赤也は既に、先輩に彼氏が出来た事を知っていたのかもしれない。それならばさっき特に反応が無かったのも頷ける。……漫画が頭に入っていたのかどうかまではわからないけれど。

でも、それなら何故私に何も言わないのだろう。あんなにも毎日可愛い可愛いと言い続けるくらいだから、とっくの昔に赤也の恋心なんて知れているのに。それに彼の性格上、私にどうこう言われるよりも先に自分から言ってくるはずなのに。


「何、黙ってどした」


肉まんの空をくしゃくしゃに丸めた赤也が聞いてくる。


「腹じゃないなら、頭でも痛ぇ?」


もう一つの肉まんが入ったままの袋を右手に持ち替え、歩きながら私のおでこに自分の手を当てる。その手は先程買ったばかりのココアよりも随分と熱く感じるのは何故だろう。
でもその直後「うーん、熱は無い」と呟き、離れていった。

さっきのが先輩だったと気付いていない、という事は無いだろうか。そんな有り得ない事を考えて、すぐ様自分の脳内で打ち消す。あんな距離で間違えるのは、流石にないよね。


「……あのさ」


わからない。赤也が何を思って私に言ってこないのかわからない。確かに私は応援していた訳では無かったから、わざわざ報告する様な相手では無いかもしれない…けど。


「さっき先輩がコンビニに一緒にいた人、彼氏かな」


なんて言ったらいいのかわからなくて、でも声にして出てきた言葉は、決して優しいものではなかった。知ってるくせに、私は先輩と一緒にいたのが彼氏だと言うのを知っているくせに、わざわざ彼に可否を求める。


「あー、ああ、そうじゃね」
「えっ」


思いの外早く戻ってきた返事に驚いて声を上げる。勢い良く自分の方を向かれ、赤也も驚いた表情をしていた。


「何だよ、突然元気じゃん」
「……だ、だって赤也、あの人の事…」


やっぱりわからない。気づいてた?知っていた?それなら、どうしてそんなに普通なんだ。私はもし赤也に彼女が出来たら、そんなに風にすぐ認められるのかも出来るかわからないのに。


「佐藤先輩の事?」
「うん、好きだったでしょ?」


事実を言葉にして改めて自分の胸に突き刺さるのがわかり、思わず目を伏せる。
ああ、辛い。終わるかもと安心していた私の心にこの痛みは辛すぎる。


「え、可愛いとは思ってたけど別に好きじゃねーよ」


……うん、そうだよね。別に好きじゃ…。


「え!?ち、ちょっと待って、え?」


好きじゃない、別に好きじゃない。好きじゃないって言うのは、恋じゃないって事?


「赤也、先輩の事好きじゃなかったの?」
「言ってねーよ、そんな事一言も」
「……でも毎日可愛い可愛いって」
「可愛いから好きってお前、幼稚園児じゃねーんだから」


そう言って彼がついた溜め息の、それはそれは深い事。


「つーかそんな事言ったらひなこなんてもっと好きな人いるだろ」
「な、なんでよ」
「丸井先輩も仁王先輩も柳先輩もみんなかっこいいって言ってんじゃん」

ムスッとした顔の彼は漸く二つ目の肉まんに手をつける。しかし少し時間が経っていたからか、それから立ち上る湯気はほとんど見えなかった。

「言ってないよ」
「言ってる」
「言ってない」
「だから言ってんだっつーの、俺の前ではいつも!」

フン!と最後に鼻を鳴らし、肉まんにかぶりつく赤也。
な、なんなんだ。怒っているらしい事は伝わったけど、今までの何処にそんな要素が。


「別にいいじゃん、私が誰をかっこよく思ったって赤也には関係ないでしょ」
「は、あるから言ってんだろ」


突然歩くのを止めた赤也が、カバンを肩に背負い直して私を見てくる。少しトーンの低くなった声に鼓動が早くなった。


「……じゃあ、なんで関係あるの」


いや、なんだその質問。口から勝手に出た質問に自分でも驚いた。でも先ほどまでと何かが違う。このやりとりは、何だか。


「幼馴染だから」
「はっ?」


私の質問にそう答えて、赤也は再び歩き出した。肉まんにかぶりつきながら。


「幼馴染だったら先輩の事かっこいいって言っちゃいけないの?」
「そう」
「なんでよ、そんなの私の自由じゃん」
「……」


ペロリと肉まんを食べ終えた赤也は、再び空を丸めてレジ袋へと入れた。


「俺の幼馴染になった時点でダメでーす」
「……それなら、誰の事ならかっこいいって言ってもいいの?」


思わずぎゅっと握ったココアからはあまり熱を感じられない。でもそんな事は気にならなくて、私は次の彼の言葉を待った。


「…………俺?」


自分の事を指差し、口角を上げる。そんな彼の表情は今まで何度も見てきたはずなのに、急に胸が騒ぎ始める。

嘘、だって、そんなはずは。

どれだけ頭の中で否定の言葉を並べても、私の目の前に見える彼は既にキラキラとピンク色に輝いているのだから、身体とはなんて正直だろう。
ココアを一口飲み込む。ココアが温くなったのか、私の身体が熱くなったのか。それでも感じるこの甘さは、いつまでも変わらなかった彼への想いと同じ様に思えた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -