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(大学生設定、半同棲しています)

日本には沢山のイベントがある。クリスマスやハロウィン、年越しやお花見など一年中、大人から子供まで盛り上がるイベントが沢山あるのだ。
その中でも、女の子から大切な人へ自分の想いや感謝を伝えるイベントであるバレンタインデーは、特に盛り上がるイベントの一つ。そしてそれとは対になるホワイトデーなんてものもあり、男の子から女の子へとバレンタインデーのお返しが行われる。


「亮、早く帰ってこないかなあ」


ペチペチとハンバーグの形を整えながら、今はいない彼へと思いを馳せる。
本日8月14日は、『ハッピーサマーバレンタインデー』である。しかし昨年に認定されたばかりのこのイベントは、冬のバレンタインとは少し違う。チョコレートでは、夏の暑さによって溶けてしまうからだ。

「ハンバーグが食べたい」。前に何か食べたい物があるかと聞いた時、亮はそう答えてくれた。でもその時は結局作る事が出来なくて、そこから中々作る機会もなくて。なのでハッピーサマーバレンタインデーである今日の亮への贈り物は、チョコレートの代わりに、ハートの形をしたハンバーグにしたのである。
彼へ何度も作った事のあるハンバーグは、たぶん亮のお気に入りの料理の一つなのだと私は勝手に思っている。しかしながら、こんな形のハンバーグは初めてだった。そして何故だか、不思議とハートの形を作る時には亮の顔が思い浮かぶのだ。驚くかなあ。…でも亮の事だし、気づかなかったりして。

恐らくは、ハッピーサマーバレンタインデーというイベントすらもちゃんと把握していないであろう。普通に食べようとする彼を思い浮かべて、食べる前にちゃんとハート形だと伝えようと私は心に決めた。


* * *


「今から帰る」と亮から連絡が来てから煮込み始めたハンバーグが出来上がった。可笑しいな、いつもならもう帰ってきてても良いはずなのに。時計を確認して、私は直ぐに食べられるようにと温めていたスープの火を消した。

バイト終わりに友達とご飯に行く事はあっても、夜ご飯を作っているのを伝えれば寄り道をしたりせずにちゃんと帰ってきてくれる。それはいつもそうなのだから、きっと今日だってそうだ。……何かあったのかな?一瞬不安が過ぎり、テーブルの上に置いていた携帯へと向かおうとした、その瞬間。

ピンポーン。不意に室内に響いたチャイムの音に、私の足はピタリと止まった。この時間にインターホンが鳴るなんて珍しい。宅配便だろうか。何か注文した物あったっけ。色々と考えながらもそのままインターホンの画面まで行くと、モニターには亮が立っているのが映っていた。


「あ、亮か」


はーいと返事をして、私は玄関へと向かう。居間から出ただけで、むわりと蒸し暑い空気が肌に触れた。どうしたんだろう、インターホンなんて鳴らしたりして。ぼんやりと疑問には思ったけれど、この時私の中では、ちゃんと帰ってきた事への安心の方が勝っていた。

玄関に着いて鍵を開ける。「悪い、ドア開けてくれるか」。ドア越しに亮の声が聞こえてきた。再び頭の中に生まれるクエスチョンマーク。しかし頭で考えるより先に身体が自然と動いて、私はドアを押した。


「……おかえり」
「ただいま。悪かったな、わざわざドア開けてもらって」


そう言って私の横を通って部屋に入ってきた亮の両手には、袋がぶら下がっていた。


「遅かったね、何処か寄ってきたの?」


先に居間へと入っていく亮の背中を見ながら声を掛ける。「おー」。部屋の中から返事が返ってきて、私も鍵を掛けてすぐに後を追った。
居間に入れば、僅かな時間しか廊下にいなかったのに涼しい空気がとても気持ち良く感じた。テーブルの方では、亮が持っていた袋の音なのか、がさがさと擦れる音がする。


「亮が寄り道なんて珍しくない?」


早速盛り付けようとハンバーグの入ったフライパンの蓋をあけると、ふわりとデミグラスソースの香りが鼻を擽った。ウンウン、我ながらちゃんとしたハートになってる!その満足感に思わずふふんと笑いを漏れる。


「お、今日はハンバーグか?」
「そう!ほら、この間亮が……」


そう話しながら、声の方へと顔を向ける。
トン、と音を立ててキッチン台の上に置かれた箱。そして私の側に立っていた亮の手には、二つの向日葵が真ん中に据えられたミニブーケがあった。


「ん?」


な、なに…?フライ返しを持ったまま、何なのかよくわからない私は亮の顔を見つめる。

「あー、その、なんだ」
「……」
「……いつも、ありがとうな」

頭を掻きながら、亮はミニブーケを私の目の前に差し出してきた。「後、それはケーキな。よくわかんねえから、とりあえず美味そうなもの選んで買ってきた」。私がブーケを受け取ったのを見て、続けて箱を指差して亮は説明してくれる。

「あ、ありがとう…」
「おう」
「……でも、なんで?」

ケーキが入っているという箱を見て、自分の手の中にある可愛いブーケを見て。とても嬉しい。嬉しくって仕方がないのは、間違いないんだけど。


「あれ、今日ってハッピーサマーバレンタインデー、だとかいうやつじゃねーのか?」
「えっ」


待って、嘘、今もしかして、ハッピーサマーバレンタインデーって言った?


「や、確か花屋の前の看板にはそうやって書いてあったと思ったんだけど……つーか花屋の店員にもそうやって言われたぜ?」


そう言いながら、みるみるうちに焦りを滲ませていく亮。


「や、あ、合ってるよ!それは合ってるけど、亮がそんなの知ってるなんて…」


本当に、知っていたんだ。それを思って、わざわざバイト帰りに買ってきてくれたんだ。
私はもう一度、亮がくれたミニブーケを見る。『サマーバレンタインデーには、大切な人へ向日葵を渡しましょう!』。今日の朝のテレビで、アナウンサーが話していた事を思い出した。


「お前な…」


はあ。安心した様にため息をついて、亮はそう言って。


「まあ、言う通りだけどよ。帰りに通りかかった花屋の前の看板見て知って買ってきた、悪いか」


拗ねた様な表情に変わった亮の腕を、私は勢い良く掴んだ。


「ううん!悪くない!全っ然悪くないよ!すっごく嬉しい!本当に嬉しい!ありがとう!」
「どういたしまして」
「あのね私ね、向日葵ってこんなにちゃんと見たの初めてかもしれないよ!すごいね、向日葵可愛いね!亮も見……あ、亮はもう見た?」
「ああ、包んでもらってる時に見た」
「そっか、それはそうだよね!…ねえ、ケーキも見てもいい?」
「ん」
「……わあ、美味しそうー!」

ケーキの箱を開けると、中にはキラキラと輝いて見える程に美味しそうなケーキが入っていた。嬉しい思いを堪えずに声に出して亮の方を見ると、亮もこちらを見ながら笑っていて。


「良かったわ、喜んで貰えて」


ぽすん。亮の大きな手が、私の頭を優しく撫でる。


「でも俺はケーキより、ひなこが作ったハンバーグの方が食べたいけどな?」


そう言うと、目配せをする様に亮はハンバーグの入ったフライパンを見た。


「……うん、食べよう!」


えへへと緩む頬を気にはせず、私は頷いた。

お花屋さんの看板を見て足を止めた亮。一人でお花屋さんへと入る亮。ケーキを買いに、わざわざ駅へと戻る亮。全部全部ぜーんぶ想像するだけで、亮の事が愛おしくて堪らなくなるんだから、私はとても単純なのだと自分でも思う。


「亮」


先にテーブルの方へと向かって歩いていく亮に声を掛けると、「ん?」と振り返った。


「大好きだよ!」


一瞬目を丸くして、ふっと笑いを零した亮が戻ってくる。そのままぎゅっと抱き締めて、前髪を寄せておでこにキスをしてくれて。

亮がくれたこの花束の向日葵みたいに、これからもずっと隣りで笑っていられますように。ハッピーサマーバレンタイン!


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