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(白石ハッピーバースデー!2018の1年後で、高校生設定です)

電車を降りて待ち合わせ場所へと向かって歩き始める。そんな私の手には、高校に上がったと同時に買ったばかりのお気に入りの傘が握られている。

なぜならば、本日、春の嵐が吹き荒れているのだ。今日の朝から続く雨風によってせっかく咲いていた桜のほとんどが散ってしまったのは、残念だと言われれば残念。しかし、今日はそれを補って余りある程の嬉しい出来事が私の身には起きていた。

どんよりと沈んだ空と降り続く雨のせいでむしろ肌寒いくらい。でも私は一人、ルンルンと階段を降りていく。そこからすぐに待ち合わせ場所が見えてきた。中学の頃からよく待ち合わせていたこの場所には、既に、大好きな蔵くんが立っていた。


「蔵くん、おはよう!」


姿が見えて、私は自然と走り出してしまっていた。それに待っている時はあまり携帯を見ない蔵くんも、私のことを見つけて手を振ってくれていたから。少し距離があったけれど、私も手を振って声を上げた。


「おはようさん」
「うん!あと、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」


ああ、蔵くんだ。2週間ぶりの、蔵くんだ!

私の言葉に笑みを浮かべる蔵くんは、当たり前だけど2週間前と変わっていない。傍からすれば、たった2週間。しかし四天宝寺中に通って毎日会っていた私からすれば、されど2週間なのだ。


テニスの強豪校に進学した蔵くんとは、4月からは違う学校に通い始めた。いくら蔵くんのことが大好きだからと言ってそれを理由に同じ高校に行くことも出来ないし、私には私の夢がある。すごく悩んで、悩んで悩んで悩んで、蔵くんにも沢山相談して。違う高校に通うと考えて、それだけでも何度も泣いた。それでもその度に「俺も寂しいけど、一緒に居らんくても俺はひなこのことずっと好きでおるから」と言ってくれた蔵くんを、私は信じている。

信じている。そう、私は蔵くんを信じている。……しかし、信じているからと言って、寂しくないのかと言われればそれは違う。


「スマンな、朝からいきなり連絡してもうて」
「やっ、そんなまさか!もうね、すっごい嬉しくて階段から転び落ちそうになっちゃったくらい!」


今日の朝方から訪れた春の嵐により、蔵くんの高校のテニス部は急遽練習が休みになった。まあ、普通であれば入学して最初の土日に部活は無い。でもテニスの推薦で入学した蔵くんは4月に入った時点で練習に参加していたから、誕生日の今日も練習の予定があったのだ。それでも今日は午前中だけの練習だと言っていたから午後から会うつもりだったんだけど、朝に蔵くんから連絡がきて。『朝早くからごめんな』『今日の練習休みになったから、少しでも早くから会えんかなと思って』。寝起きに蔵くんからの電話で、、まさに飛び上がる勢いで起きた私が完全に舞い上がってしまったのは言うまでもなかった。

「ええっ、それ大丈夫やったん?」
「うん、手すりに掴まってギリギリセーフだった!」
「全く…入学早々怪我して学校行かれへんなんてなったら大変やろ。気いつけや」


そう言って私の頭を撫でる蔵くんの左手に、包帯は巻かれていない。


「……うん!」


卒業と共に蔵くんの腕から外れた包帯。それで脅かしていたという後輩の男の子に、本気でビビられたと言っていたことを思い出す。しばらく近寄られなかったとも言ってたっけ。
付き合う前も、付き合ってからも、私の頭を撫でてくれた蔵くんの左手には、いつでも包帯が巻かれていた。だからこそ、包帯が巻かれていないことにまだ少し違和感がある。


「ほんなら、今日は1日俺に付き合ってくれるんやろ?」


蔵くんが首を傾げるから、私は頷く。「ほな行こか」。変わってしまったこともあるけれど、蔵くんの優しい笑顔が私を安心させてくれた。






「ひなこはクラス、仲ええ子出来たん?」


蔵くんはどうやら買いたいものがあるらしいんだけど、「見つけたら一緒に選んでや」と教えてくれなかった。なのでとりあえず、蔵くんが赴く方向へと一緒に向かうことに。


「え?」
「え?」


意外な蔵くんの質問に思わず聞き返してしまった。


「…あっ、ううん!」


それを蔵くんに聞き返されて、慌てて首を振った。そして同じクラスには四天中から一緒に行った、蔵くんも良く知る私の友達がいるから何とかなりそうだと伝える。「ああ、昨日そうやって言うてたな」。蔵くんはその後にスマンと付け加えると、眉を八の字にした。
2日に1回くらいのペースで電話している私達。本当であれば今日は練習があるはずだったから、昨日は日が回る前に終わってしまったんだけど、その時に全く同じ質問をされていたのだ。頭のいい蔵くんは私との会話を結構覚えているから、少しだけびっくりしてしまった。


「んーん、全然大丈夫だよ!」


まあきっとこの質問は、最後に会った2週間前に散々不安な気持ちを話していたのを蔵くんは覚えているからなんだろうけれど。

「だってほら、蔵くん、この間会った時に私が寂しいって何回も言ってたから心配してるんでしょ?」
「……」
「…だよね」

優しい蔵くんは受け止めてくれるからと、いつもつい甘えてしまう。でも、優しい蔵くんだからこそ、心配させてしまう。


「わがまま言っちゃってごめんね、蔵くん」


それがわかっているのに甘えてしまうのは、私がわがままで弱いからだ。しかし、蔵くんと違う学校なのが寂しくて不安なのは今でも変わらない。蔵くんはかっこよくてとても素敵な男の子だから、他の女の子達が放っておく訳が無いと毎日のように不安なのだ。


「……」


蔵くんは何も言わず、私の手を取った。


「…ううん、今のはひなこがごめんとちゃうねん」
「えっ、それこそ違うよ!私が寂しいっていっぱい言っちゃったんだもん、私がごめんだよ」


そう言う私に対して首を横に振った蔵くんの指が、私の指に絡められる。


「ホンマにひなこやなくて、俺の方がごめんやねん」
「ええ?蔵くんはなんにも悪いことしてなくない?」
「……」

ぎゅう、ぎゅう。私から目を逸らして、指に力を入れては緩めるのを繰り返す蔵くん。綺麗なこの横顔を今まで何度も見てきたけれど、今日はなんだか困った顔をしている。…どうしたんだろう?

「……今日俺誕生日やから、かっこ悪いこと言うてもええ?」
「え?」
「……」
「う、うん」

かっこ悪いこと?蔵くんがかっこ悪いなんてこと、ある?そうは思うけど、まるで離れないでと言うように蔵くんは私の手を強く握って。


「高校行ってな、……俺もやけど、周りみんなが色んな人と出逢って初めましてしとるの見てたら、ひなこもこうして色んな出逢いがあって、楽しくて俺のこと忘れてまうんとちゃうかって不安になってん」

「ひなこが寂しいって言うてくれとる内はええけど、その内そんなんも言われんようなって、いつの間にか連絡も取れんくなったらどないしようって」


そう話す蔵くんは、こっちを向いてくれない。でも、私の手を握る力を弱めることも、無い。


「俺部活あるから休みにもほとんど会われへんし、かと言って去年みたく校内で会うことも出来ひんし」


続けて話していく蔵くんの声は、隣りにいるのにどこか寂しそうで。


「ひなこかて元々テニスにめちゃくちゃ興味ある訳やないやろ?偶々俺と付き合ったから話聞いてくれとったけど、他に楽しいこと見つける可能性の方がずっと高いやん」
「……」
「…もちろんな、ひなこが学校楽しくなってくれたらええなあって気持ちもあんねんで。でも、それでもしひなこに俺よりも好きな人が出来たらって」
「蔵くん!!」


ぎゅううう!大きな声で蔵くんの名前を呼んだ私は、蔵くんに負けないくらいの力で手を握った。


「そんなこと、絶対ならないよ!」


そんな私を、蔵くんは目を丸くして見つめている。


「……むしろ、その、なんていうか」


しかし蔵くんの目から逃げるように、私は目を逸らす。


「…ん?」
「蔵くんが悩んでるんだから、本当はこんなこと思っちゃいけないって頭ではわかってるんだけどね」
「うん」


チラリ。蔵くんを見ると、不思議そうに私を見ていた。


「蔵くんも私と同じこと思ってくれてるんだなって思ったら、少し嬉しくって」
「……ええ?」


申し訳ないんだけど、でもどうしても嬉しい気持ちが我慢できなくて、苦笑いのようになってしまう。

蔵くんが話してくれたことは、入学してから今日までの私が毎日思っていたことと同じだったから。
高校に入学したら、クラスにも学年にも…果ては先輩方だって。四天にだって可愛い子は沢山いたけれど、世の中にはこんなにも可愛い子が沢山いるのかと面を食らってしまった。そして私の高校でもこうなのだから、蔵くんの高校だってきっと同じように沢山いるんだろうなあと思ったら、蔵くんが私を好きでい続けてくれるのか不安になって。


「私も蔵くんと一緒でね、蔵くんが他の子に一目惚れしたらどうしようとか、私のことなんか忘れちゃうのかなとかそういうこといっぱい考えててね」
「……」
「でも蔵くんも同じく考えてるって聞いたら、こう、大丈夫なのかなって安心したっていうか、嬉しかったっていうか」


それでも、蔵くんが不安そうに話していたことを思って「ごめんね」と続ける。


「だけど、これだけは言わせて欲しいです!」
「……何?」
「私の学校には、蔵くんよりもかっこいい男の子は絶対にいません!」


入学して、こちらはこちらで申し訳無いけど何度も思ってしまったことがある。


「誰を見ても蔵くんが一番かっこいいなって、早く蔵くんに会いたいなって毎日思いまくってるんだからね」


私にとっては他の男子と蔵くんとは比べるまでも無いのだけど、女の子というのはどうしても、かっこいい人を見ると騒いでしまう生き物。友達や周りの女子が騒いでいる人を見る度、勝手に蔵くんと比べてしまい、蔵くんに会いたくなるのだから困ったものだと自分でも思う。

「ホンマに?俺のこと思い出すん?」
「当たり前だよう!毎日、いつも、ずーっと思い出してるよ」
「……ホンマに?」

ふにゃりと頬を緩めた蔵くんが、もう一度訊ねてくる。「うん、ホンマに」。そう私が力強く頷くのを見て、嬉しそうに笑ってお礼を言ってくれた。

「俺もひなこのことよく思い出すで」
「えー、本当にー?」
「うん。ひなこ何の授業受けとるんやろーとか、今日の夜電話で何話そうとか」

……嬉しい。嬉しくってにやつきそうになるのを抑える。蔵くんの学校生活にいないはずの私を思い出してくれるなんて、こんな嬉しくて安心することって無い。私が思い出すように蔵くんも思い出してくれる。同じように考えてることがこんなに嬉しいんだって、今日、すごく実感してる気がする。

「あと、他の女子見て、やっぱひなこが一番可愛ええなーっても思うし」
「ええ!それは絶対嘘!」
「な、なんでや?ホンマやで」
「だって私より可愛い子なんてごまんといるもん」

私は頬を片方だけ膨らませて顔を逸らす。蔵くんが一番かっこいいのは誰もが皆納得だけど、私が一番可愛いのは無い。さすがに有り得ない。

顔を逸らしたことにより周りを見ると、休日であり外が雨だと言うことで、駅ビルの中は中々の人混みだ。…蔵くんは、一体どこに向かっているのだろう。

そんなことを考えていた私の手から蔵くんの手が離れて、代わりに頭にポンと優しく何かが乗った。


「……」


びっくりしてつい振り返ると、蔵くんが私の頭を撫でてくれて。


「確かに他にも可愛ええ子はおるかもしれへんけどな、でも俺にはひなこが一番可愛ええねんで」

「違う学校行ってそれ痛感して、尚更ひなこのこと離されへんなーって思ったわ」


何回か私の頭を撫でて、そしてまたすぐに私の手を握って。笑っている蔵くんはきらきらと眩しくてかっこよくて、でもだからこそ不安にもなって。だけど、このきらきらした蔵くんの笑顔を向けられる女の子は私だけだって思わせてくれる蔵くんが、私はやっぱり大好きだ。


「…ありがとう」


恥ずかしいけど、蔵くんの目を見てお礼を言う。嬉しそうに笑ってくれる蔵くん。


「……あ」


私から前の方へと目線を動かした蔵くんが、声を上げる。私もつられて視線の先を見てみると、そこにはファンシーなキャラクターものが置いてある雑貨屋さんがあった。


「あそこやねん、行きたかったん」
「……え!?」


蔵くんの発言があまりにも…あまりにも意外過ぎて!私は思わず、大きな声を出してしまった。


「く、蔵くんがあんなお店に用があるの…?」


そこは、私が小中と文房具やお友達の誕生日プレゼントを買いにきていたお店。キャラクターものの雑貨も沢山売っているから、友達のプレゼントには最適で。

しかし、男の子がいるのはほとんど見たことがなかった。


「あ、ひなこも知っとる?」
「…知っとるも何も、駅前だから昔から誕生日プレゼントとか文房具とか買いに来てるよ」
「ああ、そうなんや。俺もこの間友香里が友達の誕プレ買うって言うから付き合ってんけど、そん時にあそこの店入ってな」
「…うん」


ああ、そうか。友香里ちゃんがいた。


「誕プレって女子めちゃくちゃ悩むやろ?でも俺その友達のことよくわからへんし、暇やったからブラブラ中回って見ててん」
「うん」


話している内にお店に着いて、迷わず中に入る蔵くん。私もその後を追う。


「そんでな…」


既視感しかない店内。先程の言葉の続きの代わりに「確かこっちやったと思うんやけど」と呟く蔵くんの赴くままに着いていくけど、この方向って……。


「あ、あったあった!」


そう言って目的のものを指差す蔵くん。ほぼ同時にこの場所に辿り着いた私の目の前には、沢山のキャラクターもののキーホルダーが並んでいた。


「……」


ま、待って待って。蔵くんって何か好きなキャラクターとかいたりしたっけ?1年と1ヶ月付き合ったけど、そんなことは聞いた記憶がない。確かに私が可愛いよねと言えば頷いていてはくれたけど、それは私に合わせてくれていたのだと思っていたから。

一度全体を見て、少し移動した蔵くんがこちらへ振り向いた。


「…俺な、ひなことお揃いのものが欲しいねん」


蔵くんはそう言って、ふにゃりと笑った。



「ひなこと一緒に居れんのはしゃあないから、でもひなこがちゃんと俺のこと思い出すようにして貰わなあかんやろ?」

「せやからカバン新しくなったからキーホルダーと、部活で使う用のタオルと、あとは私服で着るTシャツとかもあったら嬉しいんやけど」



私の大好きな笑顔をしている蔵くんが、私の手を取る。



「一緒に選んでくれるか?」



………そんなの、返事は決まってるよう。



「うん!もちろん!」



私がそう答えると、お礼を言って蔵くんは再びキーホルダーへと目を向ける。「ひなこが好きなキャラクターは…」、キョロキョロと沢山のキーホルダーが掛かった棚を見渡す綺麗な横顔を眺める。

蔵くんと離れるのが寂しくて仕方が無かった、先月の卒業式。蔵くんがいつか離れて行っちゃうんじゃないかって不安に思ったのは、この前の入学式だ。
でも、きっと蔵くんとなら大丈夫。「あ、ここら辺にあるで」と私の好きなキャラクターを指差して教えてくれる蔵くんを見て、心からそう思う。

蔵くん、これからもずーっと大好きだよ。だからこれからもずーっとずーっと、仲良くしていようね!蔵くん!ハッピーバースデー!



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