○●○



(大学生設定、謙也落ちです)


「謙也さんとひなこ先輩、もう結婚したらええんとちゃいます?」


「…はぁぁ!?」「…ええ!?」

それは、部活終わりの私を見つけた謙也が声を掛けてくれて、一緒にいた白石と光と4人で帰っていた時のことだった。
謙也と私、白石と光で歩いていたんだけど、前を歩いていた私達は光の声に慌てて後ろへ振り向いた。

「声デカ…」
「だっ、な、なんでそうなんのよ!」
「ホンマやで!突然なんやねん!お前頭でも打ったんか!」
「どこも打っとらんすわ」
「ほんなら尚更なんやねん!?」


一応前へ足を進めながら、後ろを振り向く私と謙也。


「いや、なんやいつも2人で楽しそうなんで」
「あはは、それは言えとるわ」


けらけらと笑って光に同意する白石に、私と謙也は顔を合わせる。…しかしそれはすぐにやめて、私達はほぼ同時に光の方を向く。

「そっ、それで一体どうして結婚になるのよ!」
「せやせや!」
「……」
「……やって2人共、彼氏彼女出来る気全然せーへんし」

「はぁぁ!?」「ええ!?」


光の暴言のおかげで再び叫び声を上げた私達は、思わず足が止まってしまう。


「おお、財前言うなあ」
「けど部長もそう思いません?」
「だアホ!白石がそんなん思うかいな!お前はホンッマ失礼なヤツやな!」
「本当だよ!大体うちらまだ中3だよ?まだまだ人生長いんだから彼氏の1人や2人、3人や4人…」
「せや!俺かてこれからバンバン告られる人生が待っとんねん!」
「あーハイハイ、ほんならそんな未来が来てくれることを願って」
「……大きなお世話や!」







「そういや財前もそろそろ就活始まるやろ」


今日はガヤガヤと沢山の人達の話し声が聞こえる居酒屋で、恒例となっている4人での集まり。今まではファミレスだったのが、今年からは光も20歳を超えたということで居酒屋に。

「あー、まあ」
「どこか行きたいとことかあるん?」
「そうっすね…ま、ボチボチ探してみようとは思うんすけど」
「……」
「はは、とか言って財前やったら次集まる時にはしれっと決まってそうやな」
「そうやとええんすけどね」
「……」
「…ええっ、ひなこ?」


「……終わっちゃう」


『は?』。そうは言わないけれど、キョトンと目を丸くした2人が、私の顔を見つめる。


「私のキャンパスライフが終わっちゃうよぉ……」


ぐすん。持っていたカクテルを置いた私は、泣き真似をして顔を両手で覆った。


「ど、どないしたん突然」
「何を突然当たり前のことを」
「そうだよ、当たり前だよ!当たり前だけど…っ」


目の部分だけ隙間を開けて、向かいに座る2人を睨む。


「なんでかな!?私、なんで彼氏出来ないのかな!?」
「……」
「……」
「そんなブサイク!?そんな性格悪い!?」
「べ、別にそんなことは全然あらへんけど」
「白石は優しいから当てにならん!」
「何でやねん、ホンマやって」
「……それじゃあどうして私には彼氏が出来ないのよう…」



「…え、どうしてって言うか、普通に謙也さんと一緒におるからやろ」
「……は?」


想定外の場所から出てきた謙也の名前に、思わず声が漏れた。

大学に通い始めて、もう3年目が終わろうとしている。大学でこそ再び同じ校内に入った目の前の2人だけど、高校の違った白石や学年の違う光とは違い、中高大と同じ学校に通っている私と謙也。将来の夢を叶う為に医学部に入った謙也と同じ学部に入ることはなかったけれど、それでも学食に一緒に行ったり、帰る時も時間が合えば一緒に帰ったりはしていたけど…。

「え、何なに?どういうこと?なんでそこで謙也が出てくんの?」
「いや、誰がどう見てもめちゃくちゃ一緒におるやないすか2人」
「……や、いやいやそれはだって白石とか他の友達もいるじゃん!ね!?」
「あー、まあ。でもひなこ、謙也とは2人で飯とか食うとるしな」
「しかもこれまた2人で映画も水族館も行ってますよね?」
「…そ、それは!友達と時間合わないとか、好みの映画じゃないとか…」
「へえ、水族館も?」
「水族館は友達がもう彼氏と行っちゃってたから謙也に頼み込んで一緒に…」
「……」
「……ふーん」
「なっ、何よう!変な目で見ないで!」


口元が心無しかムズムズしている2人に向けてそう言い放ち、私は顔を背ける。


「うわ、変な言いがかり付けんのやめてくれます?俺、ホンマ彼女にしか興味ないんで」
「それは充分わかってますうーっ」
「でもまあ、謙也も優しいからなぁ」
「そうなんだよねー、優しいし顔も悪くないし、せっかちな所を除けばもっとモテてもいいと思うんだけどなあ」
「え、でもあれもうせっかち通り越してません?結構致命的やと思うんすけど」
「えー、うーん」


カラン。カクテルを一口飲むと、氷が当たって心地いい音がする。


「でもさ、慣れればそうでもないかも。水族館も最初は急かされたけど、結局最後の方は私のペースで回ったし」
「……へえ」
「……」

光に言われて思い出す。去年の夏に行った水族館は、驚くほど周りがカップルばかりで。少し気まずかったけれど、それでも謙也が気にせず魚達にツッコミをいれてるのが凄く面白くて、ずーっと笑ってたっけな。

「ってかさ、光とか謙也と仲良いから同い年の子から謙也のこと紹介してって言われないの?」
「…あれ、そういや財前なんや入学した辺りに言っとらんかったっけ」
「え、本当?」
「あー…」


ジントニックを片手に、上を見て何か思い出そうと唸る光。


「言われてみれば何人か聞かれたことあったかもしらんすわ」
「え!マジで!」
「うん」

コクリと頷いた光は、そのまま一気にお酒を飲み干して。

……でも、待って。

「え、それは光が入学した辺り?」
「はい」
「…私、その話全然知らないんだけど」

光が入学した辺りって、2年生の時でしょ?……いや、私、謙也と普通に一緒にいたけどそんな女の子達なんて見た時なかった気がするぞ。

「ああ、やって謙也さん紹介してへんし」
「えへえ?」
「紹介したら後々面倒くさいやろ思て、ひなこ先輩と付き合っとる言うときました」

「……はぁぁ!?」「ぶはっ!」

ダンッ!私は叫び声を上げながら持っていたカクテルを机に、そして白石はと言うと、お腹を抱えて笑い始めた。

「あっはは!財前マジか、やるやんか」
「ちょっ、なっ、なんでそんな勝手なこと言うのよ!」
「ええ、でももう付き合うとるようなもんやないすか」
「だーかーらーちーがーうー!」


ガラガラッ。光に向かってそう叫んだ所で、個室のドアが開いた。


「……」
「……」
「……」
「……なんやもう出来上がっとる感じ?」


そう言って私達を見て一瞬固まった謙也は、困ったような表情で白石に尋ねた。


「おー、謙也お疲れさん。全然やで、話が盛り上がっとっただけや」


そう謙也に答えた白石が促すと、「どんだけ盛り上がっとんねん」と呟きながら謙也も足を踏み入れて。そしてカバンを置いてからいつもの様に、私の隣りの席へ。

「お疲れっす」
「おお」
「謙也お疲れ様ー、生でいい?」
「ん、おおきに」
「光も一緒になんか頼む?」
「あ、じゃあこれと同じので」
「はーい」

呼び出しのボタンを押すと、近くにいたのかすぐに店員さんが来てくれた。2人の分を注文し終わるのとほぼ同時に、謙也もコートを脱いで再び席に着いた。

「外寒かったやろ?」
「おー、めちゃめちゃ寒かったわ」
「あ、そうだよね!さっき見たらねー、メニューにおでんあったよ」
「え、マジで」
「マジマジ!」


白石達にも意見を聞きながら、飲み物を持ってきた店員さんに注文をして。


「ほんなら、あけましてー」
「おめでとう!」「おめでとうー!」「おめでとー」「おめでとうございまーす」


カチャン!お互い個々で会ってはいるのだけど、4人で集まるのは今年は今日が初めてだった。…まあ、白石と光の2人とは先に乾杯をしてはいるのだけど。

「…で、さっきはなんであんな騒いどったん」
「……そう!そうなの!ちょっと聞いてよ謙也あ!」
「なっ、なんやねん」

私の突然の勢いある発言に、戸惑った顔で光と白石の方を見る謙也。私はそんな謙也に、さっき光が言っていたことを話した。勝手に私と謙也が付き合っているという話をしていたことを。
そして話しながら、思う。私と付き合ってるなんて、すぐバレそうなのに、よくもバレなかったものだ。幾ら一緒にいるとは言え、見てたらそんな感じには見えないだろうに。……とはいえ、だ。


「有り得なくない?有り得ないよね!?」


謙也を味方につけようと、私はそう言って謙也に詰め寄る。恋人には見えないとは言え、現に謙也の周りに女子の影がほとんどないのは事実だ。この現状が光のこの発言が原因だと知ればいくら謙也だって…。


「まあ有り得へんことは有り得へんけど、面倒くさがるのもわからんでもないわ」
「……ええっ?」


思いもよらぬ謙也の意見に、素っ頓狂な声が出てしまった。


「え、だって…え?だって勝手に私と付き合ってることにされたんだよ?せっかく女の子が謙也に興味持ったのに……」
「おい、俺が普段女子から全く興味持たれへんみたいな言い方すな!」
「ぶふっ」
「あ、ごめん」
「ひなこ先輩堂々と地雷踏むのさすがっすわ」
「お前も地雷とちゃうわ!……せやけど別に、まあ、財前やししゃーないやろな」
「おお、謙也さんも理解ある大人になったんすね」
「お前は変わらず俺を舐め切っとるけどな」
「……」


な、な、なんだ。『おい財前!お前勝手なことばっか言うなや!』、謙也ならそう言うと思っていたのに。


「でもそれで謙也が怒るんならわかるけど、なんでひなこが怒っとるん?」
「えっ」
「そうそう、別にひなこ先輩に迷惑かかっとる訳やないし」
「……そ、それはそうだけど」

謙也が味方になってくれるはずが当てが外れてしまい、3人の視線から逃げるようにカクテルに口をつける。


「だって、謙也って本当に優しいし、一緒にいても楽しいし…本当なら、もっとモテても良かったんじゃないかなって思ってたから」


チラリ。謙也の方を見ると、驚いた顔の謙也と目が合った。
……でも、本当だもん。謙也がいい人ってだけじゃなくて、いい男だってことはずっと見てきている私が一番よくわかるから。

「……」
「……」
「……あー俺、ちょっとトイレ行ってこよかな」
「俺も行くっすわ」
「あ、うん」

立ち上がった白石を見て、続くように光も立ち上がって。「行ってらっしゃい」、部屋から出ていく2人に私はそう声をかけた。


「……」
「……」


さっきまでは聞こえていなかった周りのガヤガヤという声がよく聞こえるのは、いつもは無い沈黙が、私達に流れているから。


「ひなこ」
「うん?」
「やっぱお前、もう酔っとるやろ」
「えっ、ぜ、全然酔ってない!まだこれ2杯目だし!」
「……嘘や」
「嘘じゃないですー」
「……」

私の答えに、謙也は携帯を見ながらまた黙ってしまった。…ああ、なんだろう。さっきの謙也の反応が頭の中をぐるぐると巡る。
私だけこんなに焦ってるのかな。そりゃあ謙也はお医者さんなるためにまだまだ大学生活は続くけど。でも、それにしたって…。

「…い、ひなこっ」
「あ、はいはい!何なに?」
「……だから、中学ん時に俺ら2人して財前に言われたこと覚えとるかって聞いたんや」
「光?」
「おお」


謙也はそう言ってビールに口をつけると、グビっと勢い良く飲んで。


「覚えてることは覚えてるけど…例えば?」


光は時折思いもよらないことをズバァッ!と言ってくるので、強烈に頭に残っていることがある。謙也はそのことを言ってるのだろうか。

「……俺ら2人、結婚したらええやんって言われたのとか」
「あ、ああ!それは覚えてるよ、あれ超強烈だったもん」
「そうそう」
「謙也なんてめちゃくちゃ怒ってたよね?」
「それはあれやろ、恋人出来なそうとか言われたから」
「あー、そーだそーだ!本当光ズバッと言うもんなあ、光」


懐かしいなあ。中学生だったんだもんね、私達も。


「でさ、確かあの時は『30歳の時にお互い彼氏彼女いなかったら結婚する』って話で終わったんだよね」
「……」
「…あーあ、でも、結局光の言う通りか」
「え?」
「だってもう5年も経ったのに、結局まだ彼氏出来ないもん」
「……それはまあ、そうやな」


そう言って謙也が頬杖をつくのを見て、私も真似をする。


「…っと見せかけて謙也、実は彼女いたとかないよね?」
「は?」
「私に秘密でみたいな」
「……アホか、普通に無いやろ。つーかひなこにバレんでどうやって付き合うねん」
「あはは、それもそうか」


2人とも頬杖をついたまま、謙也と目が合う。


「このままじゃあ謙也、私と結婚しちゃうかもね?……ま、でもあと10年くらいあるけどさ」
「……」



「なあ、ひなこ」


手元のカクテルを見つめていた私だったけど、名前を呼ばれて目だけ謙也の方に向けた。


「…もしやけどな」
「うん」
「もし30歳までホンマにお互い相手がおらんかったら、ひなこは俺と結婚してもええの?」


……だけど、そう話す謙也は、いつものおちゃらけてる謙也じゃなくて。


「え…」


中高で見てきたテニスをしている時や大学受験を控えて勉強に励んでいた時に見た、真剣な顔をした謙也だった。……でも、どうして、今?


「…や、ってか私に至っては今でさえ全然彼氏いないんだから、相手が謙也でいいのかっていうか結婚出来るだけで御の字でしょ!」
「……」
「ああでもほら、光の知り合いに謙也のこと狙ってる人結構いたって言ってたしさ、謙也は30歳まで残ってないと思うよ!安心して!」


そんな謙也から逃げるように、私はわざとおどけながら言葉を紡ぐ。
だって、どうしたらいいのかわからないんだもん。なんなのかもよくわからない緊張感で、どきどきと煩い心臓。しかもそれを感じているのが、謙也、なんて。

はあ。謙也がひとつため息をつくと、私からビールへと目を逸らして。そのまま半分はあったビールを一気に流し込んだ。

「あー、…美味い」
「喉乾いてたの?」
「……まあ」


殻になったジョッキを眺める謙也と、そんな謙也を見る私。謙也は何も言わず、ただ、ジョッキを見つめていて。
いつもなら次の飲み物を頼もうと言うんだけど、私はそんなことも忘れて、何故だか謙也の横顔を眺めていた。


「……今から俺が言うことやけどな」
「うん?」
「たぶんひなこには何言っとるかわからんと思うけど、全部ホンマの話やから聞いて欲しい」


そう呟くように話し始めた謙也は、私の方へ振り向いた。何言ってるかわからない?って、一体……。「ああでも、これは最初に言うとくわ」、謙也の話したことを脳内で理解する前に、そう付け足されてしまう。


「中学の時に財前が言うた時はマジでそんなこと、ひとつも思ったこと無かったんやで」
「う、うん」


結局ちゃんと理解出来ないまま、首を傾げながら頷く私。


「でも……あー、なんやろ。俺もようわからへんねんけど、たぶん、それが原因っちゅーか、なんちゅーか」
「うん…?」
「なんでとか、何処がとか、いつからとか…そう言うんはちょっと今は聞かへんで欲しいねんけど」
「……」


あれ、この流れ、なんだ。人生初体験なんですけれど、これって…待って、このまま行くと、……ええ?謙也?

一度逸らされた目が、再び合って、そして。


「もし、ひなこがええなら、30歳まで待たんでも俺と付き合って欲しい」

「好きや、ひなこ」



「……え?」


頭が真っ白で、言葉も出ない。

やっと発した言葉は、たった一文字。でもその言葉だって、私の脳から指示したものではないだろう。心の声が漏れ出ただけ、なのだと思う。



「…待って、あれ、今日ってエイプリルフール…じゃないよね?」
「こんなクソ寒いエイプリルフールあってたまるかいな」
「だって、えっ?」
「……」


私の言葉に即つっこんだくせに、一切の否定が無い。否定が無いということは、それは…。


「……本当に言ってるの?」
「せやから最初に言うたやろ、ホンマの話しやって」
「だ、だって!」


好きって、好き?ラブの好き?謙也が私にラブなの?落ち着いている謙也の反応に、尚更脳内がパニックになる。


「今まで全然、そんなのちょっとも!」
「まあ、それはそう」
「い、いつから?ってか何処が、どうしてそうなったの?」
「っだーから!それも今聞くな言うたやろ!」
「…で、でもっ」

そんなことを言われても!こっちだって何が何だかわからないんだもん!前置きは確かに色々言われていたけれど、正直その後言われることが気になり過ぎて何を言われたのかほとんど覚えていないのだ。

「30歳までだったらまだ10年くらいあるんだよ?」
「ん」
「謙也ならまだ大学生活あるし、お医者さんなったらナースだって可愛い人いるだろうし、何もまだ私じゃなくても…」

「……はあ」


とてつもなく戸惑っているであろう私の顔を見ながら話を聞いていた謙也が、盛大にため息をつく。そして空のジョッキに口をつけ、下に溜まった僅かなビールを飲み込んだ。


「ひなこ以外でええんやったら、それこそ今言わんでええやろ」

「俺はひなこが好きや言うてんねん」

「……こんなこと、何回も言わすなや」


そう言って謙也は、再びジョッキを持ち上げる。しかし、私にもわかる。本当にもう、ちょっとも残っていないって。


「もう絶対残ってないよ」
「…知っとるわ、でも口ん中乾いてしゃーないねん」
「……」


自ら手を伸ばして、呼び出しのボタンを押す謙也。ピンポーン。呼び出し音が鳴ってからまたもや近くで店員さんの返事が聞こえて。


「あー、生ひとつ」


すぐに中に入ってきた店員さんと謙也の声を聞きながら、私の中は、さっきまでのパニックが収まっていた。
そしてその代わりに、どきどきと緊張が高まってくる。


「なんや今日は運ええわ」
「…うん」
「……」
「……ねえ、謙也」
「ん?」


携帯を片手にこちらを向いた謙也は、なんだか少しリラックスしたような表情だった。


「私で良かったら……私も付き合うなら、謙也が、いい」


「…です」。そう付け足したときにはもう、恥ずかしくてカクテルへと目線が移ってしまった。告白に答えるだけで、こんなにも恥ずかしいんだ。顔が熱くて仕方がない。膝の上にある手が震えてるのが、見なくてもわかってしまう。……でも、きっとさっきの謙也はこれよりも…。


「…おお」
「……うん」



「ええ!?」
「ひえっ」


真横で思いっきり叫ばれて、耳がキーンとする。


「ひなこ今…えっ?」
「……」


信じられないというような顔で私を見つめる謙也。私はやっぱり恥ずかしくて、頷くので精一杯。


「待って、いや、え?」
「……」
「それってひなこも俺のこと…」
「え…」
「……あ、いやスマン!ちゃうよな、付き合うてもええっていうだけやんな!」


そう焦った様子で否定の言葉を口にしている姿は、自分に言い聞かせているみたいにも見えて。


「や、そんなことっ」
「いやホンマにちゃうねん、今のは俺がアカンかったから」
「ちっ、違うよ!今はその、びっくりしてるから!」


私は咄嗟に、横に座る謙也の腕を掴む。

どれだけ長い時間一緒にいたって、わからないことがある。言葉にしないと伝わらないことが、あるから。


「きっと私も、すぐ、謙也と同じになると思うから」

「だから、もう少しだけ待ってて?」


緊張して、腕を掴む手に力が入る。自分の言っていることの意味を考えてしまうと、恥ずかしくて息が苦しくなる。
…でも、絶対に私は謙也を好きになる。それは明日かもしれないし、明後日かもしれないし、1ヶ月後かもしれない。ただ最初はあんなに驚いていたのがいつの間にか嬉しくてなってて、そして今少しだけ幸せに思ってるのは、間違いないから。


「お、おおっ」



「失礼しまーす」


ガラガラッ。聞き覚えのある声と共に勢い良く開けられたドアの向こうからは、光と、何故か生ビールを持った白石が。


「……」


そうだった。2人はトイレに行ってたんだった。そう頭では分かっていても、驚きのあまり、声が出ない。
部屋に入ってきた2人は、そのまま自分達の席へと着いた。「はい、生一丁やで」、そう言って謙也の前へと泡がほとんど消えてしまった生ビールを置く白石。

「待っ、ちょ、2人共今までずっとそこにいたってこと!?」
「あーいや、それは今さっきやで」
「……トイレ長くない?」
「空気読んだって言うてくれます?」
「ええ?」
「丁度謙也から話し終わったってライン来て戻ってきたら、店員さんがビール持ってきとってな。他んとこでまたピンポン鳴っとったから、俺が受け取って入ろうとしたんやけど」
「そこで謙也さんの雄叫びが聞こえてきて、なんやなんやとタイミング逃して……で、今までですわ」
「……」
「…….え、何これどういうこと?」



この後話を聞いたところ、私が謙也のことを話した所で空気を読んだという2人は、トイレの前で謙也から話が終わったと連絡が来るまでの間、ずーっと暇を潰していたらしい。そしてこの完璧な作戦と思われる2人の行動は、事前の作戦でも何でもなく、完全な場面行動だったみたい。…2人のどちらかが謙也だったら成功してないだろうなあと思ったのは、ここだけの秘密。

そして、6年後。私と謙也が予定よりも2年早く結婚したのは、また別のお話。


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