○●○



私達学生にとって、やらなければならないことはたくさんある。遊び、勉強、遊び、運動、遊び…こんなにもすることがあるとなると、いくら時間があっても足りないというのが本音である。


「いやマジで勉強しすぎて死にそうっす」


そんな学生の私達に課せられた、2ヶ月に1回の使命。勉強が好きな人にとっては、自分の力を試せるもの。嫌いな人には、何よりも来て欲しくないもの。

「間違ってもそれじゃ死なんから安心して勉強しんしゃい」
「お前が一番やんなきゃやべーだろい」
「赤也あほそうだもんね」
「……やだ!やだやだやだ!やっとの思いで逃げてきたのになんで先輩達まで勉強してんすか!」
「いやそりゃ、明日からテストだもん…」
「ねー」「なー」「なー」
「こういう時ばっかり息合う…」

各々と向かい合いながら、笑顔で赤也に答えた私達。それを見てはあぁと大きなため息をついた赤也は、私の隣の席に座るとゆっくりとだれながら机の上に突っ伏した。

「なんでテストなんかあるんすか?意味ある?授業だけで良くね?」
「それ赤也が言う?」
「丸井先輩は俺の授業受けてるとこ見てないでしょ!」
「そうだよ、もしかしたらすごく真面目に受けてるかも」
「俺みたいに?」
「いや俺仁王先輩よりは真面目っすよ」
「つーか普通の人間なら仁王より真面目だからな」
「うんうん」
「……」
「むしろなんでそこで発言したのよ仁王」

仁王とは同じクラスだけど、むしろ真面目に受けてる方が珍しいと思う。もはや赤也に至っては断言してるからね。それこそ見てないのに。

「てか、赤也は何から逃げてきたの?テスト?」
「ぶは!それ地の果てまで行くしかねーんじゃね?」
「逃げても真田が地の果てまで追いかけるじゃろ」
「うお…考えただけで身震いするなそれ…」
「そうなんすよ、無理なんすよ!つーかテストから逃げれるもんならとっくの昔に逃げてますよ!」
「うんうん、そうだよね」
「……ひなこ先ぱぁい」
「あ、メッセージだ」

そう言って携帯を開くブン太の目の前で、項垂れたまま悲しそうな声を上げる赤也。でも、嫌なのはわかるもん。私も、1人だったら絶対テスト勉強なんかしないし。…あれ、仁王も携帯弄ってる。2人ともやる気無しか!

「柳先輩もひなこ先輩みたいに優しかったらいいのに」
「え?」
「ばっかお前、優しいかどうか以前にひなこに教えれる訳ねーだろい」
「柳と同等レベルはさすがに無理じゃろ」
「ちょ」
「そういう問題じゃないっすよ!頭いい人には頭が悪いやつの気持ちなんかわかんないんすもん!」
「そりゃ仕方ねーべ」
「まあでも、赤也もひなこに教われば柳が教えてくれる有難みがわかるんじゃなか?」
「なるほど…」
「ひなこって得意分野なんだっけ」
「……えーでもやっぱり俺、ひなこ先輩に教わるなら別のことがいいっす!」
「……この期に及んでやっぱ赤也ってあほなの?」
「あほじゃな」
「ちちちょっと!ちょっと待って!」

突然大きな声を出した私に、3人が3人みんなが目を丸く大きくして私の方を見る。でも、私はそれどころではない。

「わ、ばか赤也!早く謝れ!」
「ええっ」
「ひなこ下ネタ嫌がるきに」
「えええこんなにオブラートに包んでも?」
「ちょっとお!赤也!」
「は、はい!」
「それってさ…」
「はいぃ…」

「柳くんから勉強教わってるってこと!?」

「……は?」
「は?」
「は?」

今度は3人が3人、みんなあほな声に間抜けなお顔。

……実は、仁王とブン太にすら言ったことはないけれど、私は柳くんの大ファンなのだ。ラブではない。でも超ウルトラハイパーライクなのだ!

「だっ、だから、本当に柳くんから勉強教わってるのって!」
「あ、そ、それはそうっすけど…」
「なんで!?どういうこと!?羨ましすぎるんだけど!」
「な、なんでって言われても」
「いやいや、むしろひなこがなんでだよ」
「柳のこと好きなん?」
「……」
「ええっ、まじ?」
「や、ち、違うよ!好きじゃないけど…ファンなの」

まさか赤也が柳くんから勉強を教わっているなんて夢にも思わず、つい興奮してしまった。でも、だって、柳くんから教わるなんて!そんな贅沢ある!?

「へー!そうなんすか!」
「今まで柳のやの字も聞いたことなかったぜよ」
「な、俺等柳と同じ部活だっての知ってる?」
「知ってるよ!当たり前でしょ!」
「じゃあなんで何にも言わんかったんじゃ」
「…だって2人に言っても、無駄だと思ったから」
「おい」

なんてことは無い。私が柳くんのファンだという事実を仁王とブン太に伝えたところで、2人が何かしてくれる訳でもないだろうしきっと何にもならないし、現状は何も変わらない。…それに、言うタイミングも無かったし。

「仁王先輩と丸井先輩と一緒にいるのにけろっとしてるのはそういうことだったんすねえ」
「うーん、でもこの2人の場合は一緒にいればいるほどけろっとしてくるよ」
「……ちょっと待てそれどういうこと?」
「え?そういうこと」

確かに仁王もブン太も顔はかっこいいしテニスも強いけど、好きな人・憧れの人フィルターの効果って絶対あると思うんだ。私はテニス部の中では断然柳くんがタイプだったから、2人に対するそのフィルターの効果は全く無い。そしてそれに加えて、キャーキャー騒がれていた2人も、話してみればなんてことは無い普通の中学生だったから。

「あ、馬鹿にしてる訳じゃないよ?ただ私の中では柳くんに比べたら天と地ほどの差があるっていうか」
「て……え?今天と地つった?」
「それいる?」
「まあでも、そんくらい差があるってことっすよね」
「うん」
「そこは即答なのな」
「うん」
「ぶわっは!ひなこ先輩さすがー!」

私の解答に、赤也は嬉しそうに声を上げて笑う。

「いやいや赤也笑ってるけどさ」
「へ?」
「その!柳くんが!せっかく勉強を教えて下さるってのに逃げてきたんでしょ?」
「げ…」
「もう!ばか!赤也のばか!」
「……」
「もったいないお化け出ろ!」

「…今んとこひなこの今の発言が一番馬鹿っぽいけどな」
「お化けもなんて言って出てくるのか悩むじゃろうな」
「合掌」
「無事成仏しとくれ」

何故だか横で手を合わせる2人を今はとりあえず放っておく。…だって柳くんと言えば、テニス部では三強と呼ばれるのにも関わらず、頭もとってもいいことで有名なのだ!かっこいいのに、テニスも強くて、頭いい…。なんと完璧なことか、柳くん。

「だ、だってすげー厳しいんすよ!」
「厳しくったっていいじゃないの!柳くんだよ?」
「確かに柳先輩って基本的にはベリーベリーグッドマンすけど…」
「うん」

…うん?ベリーベリーグッドマン?

「でも勉強教える時ちょっと怖いんすよ、間違えたらと思うと手が震えるし…」
「そ、そんなに?」
「しかも目細すぎてどこ教えてんのかわかんないし…」
「……ぶは!待てそれやべえ!」
「ちょ、ちょっとブン太!笑うところじゃないよ!」
「いや笑うとこじゃろ」
「に、仁王まで!」

げらげらとお腹を抱えて笑う2人だけど、遠くから眺めているだけの私からしたらいつもどこを見ているかわからないので、今更面白くもなんともない。ただこれだけは言える。ほんと、赤也にはもったいないおばけ出ろ!

「…えー、でもいいなあ赤也。何教わってるの?全部?」
「いや、俺英語苦手なんで英語っす」

今だひーひーお腹を抱える2人は無視をして、赤也に柳くんについて聞いてみる。ふうーん、英語かあ。まあ私は特に英語は超苦手とかではないけど、でも、いいなあ。きっと英語も堪能なんだろうな。でも数式とかもめちゃくちゃ得意そうだよね、柳くん。同じクラスなった時ないから詳しくはわからないけど。
……てか、ん?

「赤也の父さん外資系なのに、まじで赤也って摩訶不思議野郎だよな」
「摩訶不思議野郎って新しいのう」
「摩訶不思議野郎赤也っす」
「そうやってすぐ名乗る」
「でも字面の割に声に出すと可愛いな」
「へへ!」
「……ねえ、赤也さっきなんか英語みたいなの言ってなかった?」
「え?」
「や、ベリーベリーなんとかって」
「…ああ、言ってた言ってた。ベリーベリーグッドマンって」
「だよね!その時もなんだろうと思ったけど、何?どういうこと?」

柳くんから英語を習っていると聞いたら、赤也がまた変なこと言ってるなあ程度ではで流せなくなる。もしかしたら英語のことわざかもしれないし。私の問いに、仁王とブン太も赤也を見つめる。

「へ?別に、そのまんまっすよ」
「そのまんま?」
「はい、柳先輩がすげーすげーいい人ってことっす」
「……」


ベリーベリーグッドマン
=すげーすげーいい人
=柳蓮二


「……」
「……」
「……ぶっは!」

謎の数式が私達3人の頭で成立し、とりあえず仁王とブン太が吹き出した。

「え、なっ」
「赤也!お前そんなん聞いたら柳泣くぞ!」
「いやいや俺褒めてんすけど!」
「ベリーベリーグッドマン柳…」
「ちょっと仁王それは名前最後につけちゃダメなやつだから!」
「名前だけ聞くと黒タイツ着て踊りだしそうじゃなか?」
「…ぶふ!やめろマジで!柳見れなくなっから!」
「こんな感じ」

立ち上がって変な踊りを始める仁王。だんだんと足をバタつかせて笑うブン太。

「やめてよ仁王!柳くんはそんなことしない!」
「文句なら赤也に言いんしゃい」
「じ、じゃあなんて言えばいーんすか!…ホットハートヒューマンとか?」


ベリーベリーグッドマン
=すげーすげーいい人
=柳蓮二
=ホットハートヒューマン←new!


「……」
「……」
「……」
「あれ、どしたんすか?」
「いや…」
「ホットハートヒューマンね…」
「なんかむしろ、赤也すげーな?」
「私も、実は頭いいんじゃないかと思えてきた」
「俺はもはや赤也の口からヒューマンが出てきたことに驚きじゃけど」
「それもある」
「…なんだかんだ柳くんの教え、案外赤也の中で生きてるのかもしれないね」

よくわかんないけど、一周回ってなんだかすごく穏やかな気持ちだ。ブン太も仁王も心無しかそう見える。

「な、なんすか!柳先輩を死んだみたいに!」
「いやいや、ベリーベリーグッドマン聞いたら英語教えてた柳は半分死んだようなもんだと思うけどな」
「ほんとだよ!絶対柳くんに言っちゃダメだからね!」
「まあホットハートヒューマンは案外褒められるかもしれんけど」
「柳には浮かばなそうだもんな」

「……へへーん!そうっすよね!俺、結構やれば出来る子なんすよ!」

仁王とブン太に褒められ(?)、機嫌の良くなってきた赤也。するとブン太が、ちらりと私に目配せをした。

「あー、つーかなんか、喉渇かね?」
「えっあ、うん」
「俺も」
「ちょっと自販機行こうぜ、赤也も」
「えー!もしかして奢ってくれるんすか?」
「…どうだかな?」

そう言ってガタガタと立ち上がるブン太と仁王に、私と赤也も立ち上がる。

「あれ、丸井先輩財布は?」
「……おお、忘れてた」
「見逃さないっすよ〜摩訶不思議野郎赤也は〜」

そう言う赤也は何故かめちゃくちゃ嬉しそう。でも、摩訶不思議野郎って絶対褒め言葉じゃないと思うけど。

そんなこんなで私達は教室を出て、自販機へ向かった。…と思ったんだけど、自販機のある1階まで降りることなく、隣の棟へと進む2人。

「あれ?どこ行くんすか?」
「え、自販機」
「こっちありましたっけ?」
「あー、うん」

ブン太の返答に首を傾げる赤也。でも「まあ、いっか」と呟いて、さっきまでしていた漫画の話を再び始めた。

一体どこに向かっていたのか。それは、案外すぐにわかった。

「え、ここ…」

「すまなかったな、丸井、仁王」
「げー!」
「えええっ」

辿り着いた場所は、図書館だった。そして図書館の扉の前には、なんと、なんとなんと、柳くんが立っていたのだ!

「な!なんで!自販機は!?」
「柳が、赤也が帰ってこねーから俺等のとこに居るんじゃないかってメッセージ送ってきたんだよ」
「赤也が1人で時間を潰せるとは思わなくてな」
「さすが参謀、期待のエースのことは柳に任せるのが一番じゃのう」
「赤也もそろそろ現実見ろよ」
「参謀の顔立てれるよう頑張りんしゃい」
「…やっ、やだやだ!もう充分頑張ったっすもん!俺頭いいし!ね、ひなこ先輩!」

必死な顔の赤也がこっちを向いて、柳くんもつられて私の方へ振り向いた。……や、やばい。私、今柳くんと目合ってる。柳くんの視線の先が!わかる!絶対、私、柳くんの視界に入ってる!

「ひなこ先輩?」
「どうした?」

てゆーかこんな近くで柳くん見た時ない!髪の毛さらさらだし肌は綺麗だし、なんかもう身体から漲る秀才感すごいし!近くで見たら思ったよりも背高いのも素敵だし、わ、てかちょっと待って柳くんまつげ長!なんで!まつエクしてるの?私の倍くらいありそうなんだけど!えーやだ信じられない!近くから見てもこんなにかっこいいなんて!…もう!赤也!ありがとう!

「柳くん!赤也をよろしくお願いします!」
「…はあ!?」

そう叫んで深々とお辞儀をした私を見てなのか、赤也の恐らく悲痛な顔を見てなのか、ブン太と仁王は本日何度目かの吹き出していた。


「ああ。こちらこそ、赤也を連れてきてくれたこと、恩に着る」


赤也はその後もなんだか色々言っていたけど、私の耳も頭も柳くんの言葉でいっぱいいっぱいだった。なんてことは無い。柳くんのファンで良かった!



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