○●○



「ふあ…」

今日は雅治の誕生日!部活はもう終わっているけれど、雅治は高校でもテニスを続ける予定らしく、土日以外はなんだかんだ毎日のように練習に顔を出していて。でも今日は雅治の誕生日のおかげで、久しぶりに一緒に帰れるんだあ。考えたら嬉しくて、マフラーに隠しながら大きな欠伸をする雅治の手を、私はぎゅっと握った。

「今日は一緒に帰ろうね?」
「おん」

口元はよく見えないけれど、ちゃんと肯定の言葉は私の耳に届きました!珍しく手がほかほかな雅治と手を繋いで、私は今日もルンルンなのだ!








2時間目が終わり、あっという間にノートやら教科書やらを片付けた私は財布を持って教室を出る。教室だって暖房は付いているけど、手元までそれは届かない。だから雅治と一緒に、自販機に温かいコーンスープでも買いに行こう!朝と同様ルンルンして雅治の教室に入ると、いつもの席に雅治はいなかった。…あれ?トイレかな?


「ブン太、雅治は?」


雅治の後ろの席のブン太に声を掛ける。私、結構早く来たと思ったんだけどなあ。

「あー、さっきの休み時間に保健室行った」
「えっ、なんで?」
「知らね」

ブン太と雅治は、テニス部で唯一の同じクラス。だからと言って超仲がいい訳ではなく、お互いドライな関係で。んもう!ブン太に聞いた私が間違ってた!……でも、雅治どうしたんだろう。サボりかなあ。でも黒板を見れば、別に雅治が嫌そうな教科でも無いのに。

「でもあいつ朝から顔赤くなかった?」
「えええ、雅治マフラーしてたからよくわかんなかった。そうだった?」
「うん」
「どうしたのかなあ…」
「恋でもしたんじゃね?」
「……え!私に2度目の恋をしちゃったってこと?」
「うっわまじで余計なこと言うんじゃなかった」

そう言ってげっそりとした顔のブン太に別れを告げ、私は保健室へと猛ダッシュ!階段を1番下まで降りて、玄関の前を通って職員室の辺りまで到着。もう少しで保健室だ。私は走る足を緩めて、歩きに変える。うーん。雅治が顔赤かったの、気づかなかったなあ。恋したんじゃね?ってブン太言ってたけど、雅治確か私と付き合う前は保健室の先生に何回か相談したって言ってたっけ。


「…ちょっと待って」


歩いていた足を止めて、私は呟く。絶対に絶対に絶っ対に違うことであって欲しいと心から願う程、ものすごーく嫌な考えが私の頭に浮かんできてしまった。恋、保健室、雅治…。

もしかして、雅治は今日誰かに恋をしてしまったんじゃないか。マフラーで見えなかった訳じゃなくて、私と別れた後に出会っちゃったから私にはわからなかった。でも雅治的には私と付き合ってるし、でも恋しちゃったし、どうしよう…。そうだ!保健室の先生に相談だ!そうしよう!……うわこれ絶対そうなったんだ!だから雅治保健室にいるんだ!えええちょっとどうして私ってこんなに名探偵なの!もうやだあ!

心ではそう嘆いているけれど、一応保健室へと足を進める。でも私の頭の中には既に、顔がクエスチョンマークの女の子に雅治が恋をする構図が出来上がってしまっている。どうしよう。あんなに楽しみにしていた雅治の誕生日なのに。…でもこうなったら、私が楽しみにしていたのなんて雅治にはもう関係無いよね。むしろ私が別れてあげることが、雅治に対する最高のプレゼントなのかなあ。

もやもやと悲しみが私の心を覆い尽くしたところで、着いてしまった保健室。がらがらとドアを開けると、先生がこちらへ振り返った。


「どうしたの?」


先生の声を聞きながら私はドアを閉める。ついに来てしまった。…だけど思っていた場所に雅治はいなかった。てっきり先生と話しているもんだと思っていたから。

「あの、雅治来てましたか?」
「あ、仁王くんなら1番奥で寝てるよ」
「へ…?」

あれ、雅治寝てるの?いや確かに、保健室ってそういうところだけど。
疑問を抱きながら雅治がいるであろう保健室の1番奥のベッドへと向かう。シャッ。1番奥のカーテンを引くと、そこにはすやすやと眠る雅治がいた。


「おかしい…」


雅治、先生に相談しに来たんじゃないの?相談して、終わったから寝てるのかな。でも休み時間になったら普通は起こされるはず。ううん?どういうこと?


「ん…」


私の考えていることなんてわからない雅治は、そう言って仰向けだった身体をこちら側へと向ける。……はあ。雅治はどうして一体、誰を好きになっちゃったの?私だってこんなに雅治が好きなのに、こんなちっさい胸が破裂しそうな程雅治のことが大好きなのに。今日の朝までは雅治だって、そうだと思っていたんだよう。

もしかしたら、これが最後の雅治の寝顔になってしまうかもしれない。そう思ったら悲しくて、でも可愛い寝顔に目が離せなくて。ベッドの傍にしゃがみこんで雅治に顔を近づける。

すると突然!布団の中から雅治の手が伸びてきて、私の後頭部を掴んで自分の方へと寄せたのだ!バランスを崩した私はベッドに手を、床に膝を着いて前のめりになる。鼻先にあるのは、雅治の寝が…あれ?
気づいたら目が開いていた雅治が、私に口付ける。ちゅっ。離れてにやりと笑って、もう一度。


「おはようさん」


満足そうな雅治が、先程と同じように笑ってそう一言。

「ね、寝てなかったの!?」
「しー、声がデカいぜよ」
「あっごめんなさい」

口を抑えて周りに頭を下げると、雅治は可笑しそうに声を抑えて笑って。

「もう、寝てないなら寝てないって言ってよ」
「俺のことちゃんと心配してるか見てたんじゃ」
「心配?…あ!」

また大きな声を出してしまって、雅治が眉間にしわを寄せる。でも、だって、雅治好きな人が出来たんじゃ…!てかそれなのに、なんで私にちゅーなんてしたの!

「ほんまに保健室の似合わん女じゃのう」
「……」

雅治はそう言って笑うけど、私はぎゅうっと胸が苦しくなる。雅治が好きな子って、保健室が似合う女の子なのかな。私みたいに風邪なんて引かない身体の強い女の子は女の子だと思えないのかなあ。もう、そんなことばかり考えてしまう。


「ひなこ?」


不思議そうな顔で私を見る雅治。可愛い雅治もかっこいい雅治も、私のことを笑う雅治も優しく頭を撫でてくれる雅治も全部ぜーんぶ大好きだ。でもそんな大好きな雅治のために、私が悲しくても雅治が喜ぶようなことをする…。

「……」
「どうしたんじゃ」

ぐすん。雅治の声が聞こえるけれど、涙でうるうるしている私は顔を上げれない。わかっているけれど、私はまだそんなに大人じゃない。大好きな雅治のために離れるなんて、絶対無理だ。だってだって、大好きなんだもん。誰がなんと言おうと私は雅治のことが大好きなんだもん。

「ひなこ」
「…やだよう」
「ん?」
「別れたくない…ぐすっ」
「……は?」

わかってるよ、雅治はもう私のことなんて好きじゃないんだよね。こんなこと言われても困るよね。…でも仕方ないじゃん!好きなんだもん!

「酷い!雅治は酷い!」
「ええっ」
「私だって好きで身体強い訳じゃないもん!偶には休みたいもん!」
「……」
「女の子らしくないかもしれないけどさあ、でも雅治のこと好きだもん…」

下を向いてセーターの袖で涙を拭う。もういいや。うざい女だと思われてもいい。出てくるものは仕方がないんです。はあ、こんな女の子だから雅治は他に好きな子が…。

「ひなこ」
「……」
「ひなこ!」
「は、はいっ」

大きい声で呼ばれて、返事をしながら顔を上げる。そこには、身体を起こして困ったような顔をした雅治がいた。


「ほら、座りんしゃい」


ぽんぽんとベッドを叩く雅治に言われて、私は手のところに腰を落とす。


「はいこっち向く」


片手で両頬を挟まれ雅治の方に顔を向けられた。ばっちり雅治と目が合う。ううう、こんな時でも雅治はかっこいい。

「ひなこが俺を好きなのはわかった」
「うん」
「で、なんで泣いとるんじゃ」

なんで泣いてるのか。そんなの、一つしかない。

「雅治と別れたくないからだよう…」
「そこ」
「うっ」
「なんで俺とひなこが別れるんじゃ」

ぎゅうううとほっぺたを掴まれて、口の端と端がくっついてしまいそう。そんな面白い顔を見ているはずの雅治は、なぜだか眉間にしわを寄せていて。

「……」
「ひなこ」
「だって」
「だって?」
「雅治、恋しちゃったんでしょ…?」
「は?」
「ぐすん」
「や、ちょっと待ちんしゃい。俺が恋したって?」
「うん」
「誰に、…ひなこに?」
「……それなら良かったけどさあ!」

手が外されて、解放された私は雅治から顔を逸らして前を向く。ここに来てそんなことを言うのか!やっぱり雅治は酷い!そんな私の理想を話されたって、余計現実が辛くなるだけなのに!

「いやいやそれならって、その通りぜよ」
「…え?」
「今更恋するって言うのかはわからんけど」

「そんなんはひなこが1番わかっとるじゃろ?」。雅治が、さも当然のようにそう言って。…ん?これはなんだ?

「え、だってブン太が雅治の顔朝赤かったって」
「…ああ」
「どうしたのかなってブン太に聞いたら、恋したんじゃね?ってブン太が言って」
「ん?」
「それに雅治って保健室の先生に私と付き合う前に相談してたって言ってたからさ」
「……」
「私と付き合ってるのに好きな子が出来たから、どうしたらいいのか先生に相談しに来たんだと……」

説明を聞いている雅治が、どんどん呆れた顔に変わっていく。えええ、嘘。もしかしてひなこ探偵、間違えちゃった感じ?

「はあ」
「……」
「ひなこのあほなところもほんまに可愛えんじゃけど」

ぽすん。雅治の大きな手が私の頭をを撫でる。


「まず何よりもひなこは、俺がひなこを大好きじゃってのをわかりんしゃい」


おでこにちゅっとされて、笑っている雅治と目が合う。本当に?雅治も、私のこと大好きでいてくれるの?

「もっとして欲しそうな顔」
「ちっ、違うよ!」
「ほーう?」
「ほんとだもん!」
「俺は別にええけど」
「そういうことじゃなくて!」

私がそう言うと、面白そうに笑う雅治。んもー!すぐにそうやって私を笑うんだから!

「じゃあ雅治はどうして保健室にいるの?」
「え」
「え?」
「いや、それは具合悪いからじゃろ」
「……え!雅治具合悪いの!?」
「あっ」

しまった。そう言っていないのに聞こえるような顔の雅治は、手で口を覆って。


「どこが?お腹痛いの?頭痛いの?」


雅治に詰め寄る私。困った顔で目を逸らす雅治の額に、私は手を当てる。……嘘お!すごい熱い!

「ちょっと雅治、熱あるよ!」
「……」
「いつから?もしかして、朝から熱あったの?」
「…まあ」
「なん!なんで学校に来たのよう!」

私はそう言いながら立ち上がり、雅治を寝かせて布団を掛ける。朝に手が熱かったのも、顔が赤かったのも、きっと熱があったからだったんだ。

「こんなに熱あって、帰らなくてもいいの?」
「……」
「……」
「……やってひなこが、俺の誕生日めちゃくちゃ楽しみにしとったきに」
「へ?」

寝ながら私を見上げる雅治は、少し拗ねたように言って。

「それに俺もめちゃめちゃ楽しみにしとったし」
「…そうなの?」
「なんだかんだ結局毎日部活しとるき、のう」

布団から手を出して私の手を握る雅治。やっぱりいつもよりも温かくて、熱があるんだって思うけれど。でも私はやっぱり、そんな雅治が愛おしくて堪らないよ。
今年はもう出来ないし、きっと来年も一緒に帰れないかもしれないけどね。私の大好きな雅治が、私のことを大好きでいてくれてるってわかっただけで私はこんなにも幸せになっちゃったよ。これは雅治に、めいっぱいお返しをしなきゃね?
でもそれは雅治が元気になってから。だけど、これはやっぱり今日言わないとね!雅治、ハッピーバースデー!


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -