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「その消しゴム、可愛いね!」


先程の授業で配られたプリントを後ろに回す時に、私は見てしまった。テニス部の部長であり、頭が良くて顔もかっこいいという完璧でパーフェクトな白石くんの使っていた消しゴムが、なんと、可愛いオレンジの消しゴムだったのだ。
そんな白石くんはというと、今まで話した事の無い私から突然声を掛けられ、まるで豆鉄砲でも食らったような顔で私を見ていた。

「え、これ?」
「そうそう!あのね私ね、オレンジの味も香りも見た目も全部大好きなんだ!」
「…おお」

甘酸っぱくて美味しいし、爽やかでいい香りだし、切った時の断面もとっても可愛い。そんなオレンジがだあい好きな私は、白石くんがオレンジの消しゴムを使っていると知り嬉しくてつい話しかけてしまったのである。
丁度白石くんが使っている消しゴムも、半円でオレンジの断面図が見えているもので。白石くんの手元に転がっているそれを見てやっぱり思う。うんうん、絶対可愛い!こんな可愛い消しゴムを使うなんて、きっと白石くんもオレンジが好きに違いない!

「白石くんも、オレンジ好きなの?」
「あ、いや俺は別に普通やけど」
「…ええっ!」

なっ、なんてことでしょう!自信満々で話しかけた私にとって、白石くんの言葉はものすごい衝撃だった。しかしけろっとした顔で答えた白石くんは、本当に何とも思っていなさそうにしか見えない。……やばい。もしかしてこれは早とちりしちゃったパターンかもしれない。

「そ、それならどうしてそんなに可愛い消しゴムをお使いで…?」
「ああ、今日俺消しゴム忘れてな。そしたら謙也がくれてん」
「……!」

思わず口に手を当てる私。私ってば、話しかける人を間違えていたらしい。忍足くんがオレンジを好きな人だったなんて!間違えて恥ずかしいような、でも結局仲間が見つかって嬉しいような。何とも言えない気持ちが私の心に浮かび上がる。

「あ、そ、そうなんだ!ごめんね私ったら勘違いしちゃって」
「ううん。でも鈴原さん、そないオレンジ好きなん?」
「…まあ」

仲間だと思って、でも違って…そして話したことの無い完璧超人の白石くんが相手なのだ。当たり前のように恥ずかしいし緊張するしで、私の先程までの威勢はどこかへ行ってしまった。

「うーん。これ、鈴原さんにあげてもええんやけど、そうなると今日の消しゴム無いしなあ」
「そ、そんな!全然!大丈夫です!」
「ほんまに?」
「うん!」

まあ確かに、貰えるものなら欲しいと言うのが本音だ。でも白石くんの消しゴムが無くなるのは論外だし、かと言って私のと交換してしまっては私の消しゴムが無くなってしまう。なんてことのない所でもついつい間違えて消しゴムを多用する私には、それはそれでとても困るのである。

「まあでも、もしかして謙也おんなじの持っとるかもしらんし、ちょっと聞いてみるわ」
「えっ」

「謙也あ!」、白石くんが名前を呼ぶと、前の席の友達と忍足くんは話すのを止めてこちらを向いた。

「このオレンジの消しゴム、まだおんなじのあるー?」
「……なぁい!」

ええ!?無いの!?白石くんのわざわざ聞いてくれるという行動にも驚いたけど、忍足くんの無いという発言にも驚く私。おっかしいなあ、もしかしてこれは忍足くんもオレンジが好きな訳では無いのか、それとも大好き過ぎて使っちゃったのか。ううむ、後者であることを祈る。

「…無いって」
「うん、聞こえてました」
「謙也ようわからん変な消しゴム好きやから、たぶんそれで持ってたんとちゃうかな」
「……」

白石くんの言葉に、ついに私は言葉を失った。忍足くんが好きなのは、まさかの消しゴムの方だったのだ。……ぐすん。さすがの私も、消しゴムが好きっていうのは予想できないよう。でもでも、オレンジだって可愛いもん!心の中で白石くんと忍足くんに一言物申したところで、授業が始まるチャイムが鳴った。私は結局その思いを声に出すことなく、身体を黒板に向けた。









白石くんと初めて話した日から、そして白石くんと忍足くんを仲間と勘違いしかけたあの日から、一週間が経った。ちなみに次の日には、白石くんの机からあのオレンジの消しゴムは無くなっていた。
あれから一度も白石くんとは話していない。今までだってそうだった。これからも、きっとそうだろう。


「なあ、鈴原さん」


そう思っていた私の耳にいきなり飛び込んできた、白石くんの声。数学の授業が終わり教科書とノートを机にしまおうとしていた私は、まさか後ろから声が掛けられるなんて思っていなくて。どかっ!驚いて思い切りびくついた上に、膝を机の裏にぶつけてしまった。

「いったあ!」
「えちょ、大丈夫か?」
「……うん」

とりあえず白石くんにはそう言ったけれど、それは嘘だった。だってこの痛さ、全然大丈夫じゃないもん!見てはいないけど、きっと私の膝の頭は真っ赤になっていることだろう。明日青痣になっちゃうのかなあ。膝の頭に出来た青痣を想像して、既に更に痛くなった気がする。うぐう…何だってこんなことになってしまったんだ。……あれ?私、さっき。


「白石くん、私のこと呼んだ?」


そうだ!私は白石くんに呼ばれたんだ!初めて掛けられた後ろからの声に、びっくりしてこんなことになったんだ!思い出して後ろを振り返ると、心配そうな顔の白石くんがいて。ええっ、どうしたの?

「堪忍な、俺も呼ぶタイミングもっと考えたら良かったんやけど」
「えっ、ううん!そんなの大丈夫だよ!」

じんじん痛む膝のことは考えないようにして、私は両手をぶんぶん振って白石くんに答える。

「あの、それよりどうしたの?」
「ああ」

ぱかっと聞き覚えのある音と共に半透明の筆箱を開けた白石くんは、中から何か取り出した。なんだろう?白石くんが私に話しかけるなんて、一体どうしたんだろう。
ちっぽけな私の頭の中は、たくさんのクエスチョンマークであっという間に埋め尽くされてしまった。でも筆箱の蓋を閉めた白石くんの指に摘まれたものを見て、私は目を見開いた。


「それ…」


白石くんが持っていたのは、あの断面図が見えるとっても可愛いオレンジの消しゴムだった。「謙也に聞いてみたら、すぐそこの文房具屋に売っとるって言うとったから」。白石くんはそう言って笑うと、そのまま消しゴムを差し出した。…でも、そこでおかしなことが起こった。私は確かにこの可愛いオレンジの消しゴムが欲しかったはずなのに、笑顔の白石くんから目が離せないのだ。

どうして買ってくれたの?わざわざ買いに行ってくれたの?この消しゴムを買うときの白石くんの頭の中に、私はいたのだろうか。……わからない。けれどこんなにどきどきすることって、今までの私には無かった。差し出した手のひらに触れた白石くんの指先が、なんだかとても暖かかった。



企画提出:ことのは 様


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