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亮の誕生日である今日は、朝から気持ちいいくらいに晴れていた。でも今年の誕生日は、今までとは少し違う。

「ひなこー」
「……ええっ」

亮に呼ばれて勢い良く立ち上がる。急いでチークだけを塗って、使えなかったアイシャドウを化粧ポーチに詰め込んでカバンにポーチを放り込む。今年の亮の誕生日は、部活が無い。ということは、亮と一緒に帰れるし誕生日も一緒に過ごせるということだ!部活というかテニス一本だった亮と、こうして過ごせるなんて。嬉しいなぁと思うと共に、私はどうしても亮が好きなんだって思うんだ。

「亮いつもより早いっ」

いつも一緒に帰るときは、授業が終わってから30分くらいは迎えに来ないのに。その隙に簡単にメイクしちゃおうと思っていた私は、思いの外早く来た亮によって簡単どころかほとんど出来ないままになってしまった。

「お化粧しようと思ってたのに」
「え?してねーの?」
「どこがしてるのよ!」
「だってほっぺ赤いぜ?」
「……」

皆様、絶句です。化粧の有無をチークで見ている人がここにいます。私が目を見開いているのを尻目に、本人はけろっとしていて。でもそう考えると、さっきぎりぎりの状態でチークだけでも塗って良かったってことだよね。うんうん。前向きに行こう!

「あーでも嬉しいなぁ」
「ん?」
「亮の誕生日に一緒に帰れるなんてさ」

亮と付き合って2年。高校1年生の時から付き合っているけど、2年連続で亮は部活があって。前祝い後祝いの2年だったから、当日に、しかも学校の帰りにお祝いできるのが私はとっても嬉しかった。
今日の予定は駅で小さいサイズのホールケーキを買って、亮の家でお祝いをする予定。まだ部活が終わってそんなに経ってないし、こうして一緒に帰れるだけでも楽しいのに、亮といつもよりも長く居られるなんて!誕生日って、素敵な日だなぁ。でも恥ずかしいから、亮にはあんまり言えないんだけどね。

「だな」
「…だなって何よー」
「俺もひなこといれて、嬉しい」

…ええっ!今の、本当に亮が言った言葉?驚いて亮の方を見ると、案外普通の顔。やっぱり亮じゃないんじゃ…。そう思って周りを見渡して、もう一度亮の顔を見ると不思議そうに私を見ていた。

「どうした?」
「…もう一回、言って?」
「は?」
「だから、その…」

私が言うのだって恥ずかしい言葉を、亮が口に出したなんて信じられない。私がもじもじして何も言えずにいると、亮はやっぱり不思議そうなまま私を見ていて。

「わ、私といれて嬉しいって、本当?」

う、わぁ。待って自分で言うのすごい恥ずかしい!実はさっきのは私の聞き間違いなんじゃないかと思えてくる。むしろ、そう考えた方が筋が通るんじゃないだろうか。一向に帰ってこない返事に、私は亮の方を振り返ってみる。
そこには、ほっぺを赤くした亮がいた。

「お前、んなのぶり返すなよ!」
「えっ」

そう言ってそっぽを向く亮を見て、さっきのが空耳じゃなかったんだって、本当に言ってくれたんだって思うと顔がにやけてしまう。まだ一緒にいて何分?これからどれくらい一緒に居るんだろう。私の心臓、持ちますように!







学校を出て駅でケーキを買い、亮の家まで2人歩いて向かっているところ。なんだか今日の亮はいつもと違う。さっきの発言もそうだし、それにテニスの話を全然しない。辞めてからもテニスの本を買っている亮は、頻度は減ったけどこうして帰るときにはテニスの話をしてくるのに。それになんと、学校を出てから、ずっと手を繋いでくれているのだ。温かい亮の手に包まれた私の右手は、きっと他の私の身体のどの部分よりも熱を持っている。亮の誕生日なのに、私が幸せを貰っている気持ちになっちゃうよ…。

そんな幸せな私を突如不幸が襲った。は、鼻が、かゆい!

「それで岳人がよ」
「うん…」

亮が岳人くんの話をしているのを聞きながら、私は鼻の頭の痒さと戦っていた。なんで今、どうしてこんなときに!ケーキを買ってからも亮は、しっかりと私の右手を握っていてくれて。そして私の左手には受け取ったケーキの袋が握られている。痒い、でも手は離したくない。このどうしようもないジレンマに私は困っていた。でも少し放置しても全然痒さは収まらなくって。もう無理だ。はぁ、この右手を私自ら離さなくてはいけないなんて。くすん。

「亮ごめん、私鼻痒い」
「あ?……おお」

亮が返事をして、立ち止まった。私も一緒に立ち止まる。…あれ?なんで立ち止まる?私は離されない手にも疑問を持ち、亮の方に顔を向けた。すると亮の右手が私の顔に伸びてきて、私の鼻の頭を爪で優しく撫でる。

「…くっ、くすぐったい!」
「あ、悪い。じゃあこっちか?」

そう言って亮はすすすと私の鼻筋を伝い、少し上の方を同じようにしていて。優しく撫でるその爪は、何度もそこを行き来している。…ちょっと待って、もしかして私の手が空いてないから、亮が代わりに掻いてくれてる?ぼんっ。そう思うと、顔が一気に熱くなったのがわかった。

「ど、どうした?」

顔が赤くなったのを見て、亮が慌てた様子で私の顔を覗き込む。近い!亮近いよ!あんなに痒かった鼻の痒さはどこへやら。どアップの亮と目が合って、目の前も頭の中も亮でいっぱいになってしまった。どうしよう、でもあれ、なんか亮すごい近い、

「……」
「……」

ちゅっ、ちゅっ。突然私の顔を覗き込んでいた亮が更に近づいてきて、私の唇に2回触れた。反射的に閉じた目を開けると、切れ長の亮の目が私のことを見ていた。どきん!亮、本当にどうしたの?私は何も言えず、ただ亮の目を見つめることしかできない。どきんどきん。心臓が煩くなりっぱなしだ。

不意にまた亮が近づいてくるのが見えて目を瞑ると、今度はおでこに柔らかい感触がした。

「…あー…行くか」

亮の声が聞こえて、私は目を開けた。手はやっぱり握られたままで。ねえ、今日は亮の誕生日なのに、私ばっかりが幸せだよ。歩き始めてすぐにぎゅうっと手を握り返すと「ん?」と亮が首を傾げた。はぁ。大好きだよう、本当に。そう思ってへらっと笑って見せると、今度は顔を逸らされてしまった。

「わり、なんか今日、俺おかしいか?」
「へ?」
「……そんなことねーならいいけど」
「あ、ううんおかしくないよ!…でもなんかね、いつもよりも私、幸せだよ」

だってなんだか、今日はいつもよりもすごーく亮の愛を感じている気がして。いつもよりも早く迎えに来てくれたのも、嬉しい言葉を言ってくれたのも、ずっと手を繋いでくれたことも。大好きなテニスの話をしないでくれたことも、私の鼻を掻いてくれたことだって。私がいいように捉えてるだけかなぁ。でも、私はとっても幸せなんだよ?

「なら良かった」
「ん?」
「なんか俺、たぶん舞い上がってると思うから」

そう言って少し顔の赤らめた亮が「でも俺も、いつもよりもすげー幸せだぜ。」って言ってくれて、どうしようも無く胸がきゅんってした。もうここまででも私の瞳も頭も胸も全部亮で埋め尽くされているけれど、これから家で歌を歌ってケーキを食べて。誕生日って、本当に素敵な日だ。今日はもう、亮が好きって感情しか生まれないんだろうなぁ。歌はまだ早いけど、こんなに嬉しい気持ちにしてくれた今日に感謝を込めて!亮、ハッピーバースデー!


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