◎手が届くのに 跡部side


―心結が来る前のバス内。


ところどころバス内に聞こえてくるジローたちの声で、小春が来ているのはわかっていた。
心結はまだかと時計を確認してから再びシャーペンを握ろうとすると、プシューッとバスのドアが開いた。


「…あれ、景吾起きてたの?」
「小春?」


乗ってきたのは意外な人物だった。
荷物を持っていないところを見ると、荷物を乗せに来たようではないみたいだ。


「びっくりしたぁ…忍足と宍戸がバスで寝てるって言ってたから来てみたのに、起きてるんだもん」
「ああ、あいつらが荷物を乗せに来たときは寝てたかもしんねーな」
「あっそうなんだ?…てか、起きてるのに外に出ないで何してるの?」


そう言って小春は、俺の手元にあるものを見る。


「部費…?」
「そうだ、今度部費で買うものを決めてたんだ」
「えー!私達に言ってくれればやるのに…」
「期限が迫っててな、とりあえずボール、テーピングあたりの基本的なものは書いておいたほうがいいだろうと思って…」


俺がそこまで言うと、小春は俺の手元にある紙を掴んで自分の元へ持っていく。


「それじゃあ、景吾が言ったの私が書くよ!その方が早いでしょ?」

「まだ心結も来てないしね」と小春は俺に笑いかけた。でもその顔はすぐに口を尖らせて少し怒ったような顔に変わった。


「んもう…」
「どうした?」
「景吾は部長なんだから、こういうのは私達に言ってよね。景吾にしかできないこと沢山あるでしょう?」
「そう、だな」

「私…頼りないかもしれないけどね、これでもマネージャー3年もやってるし、言われたら何でもやるからさ」


景吾はただでさえ頑張りすぎてるんだから、私に出来ることがあったら一緒に頑張らせて欲しいな。
寂しそうにそう言う小春。好きな人にこう言われて、嬉しくならない男がいるだろうか。この、どうしようもない気持ちに、ならない男がいるのか?


「あ…なんかごめんね。それじゃあ、まずは何を書いたらいいかな?」
「ああ。次は…」










「跡部、あとどんくらいで着くんだー?」


バスに揺られてしばらく経ってから、周りの景色にも緑が増えてきた。後ろでガヤガヤと騒いでいた岳人が、少し飽きたように叫んだ。


「…だいぶ森の中に来ましたね」
「せやな、結構バス走らせてはおると思うけどなかなか着かへんなぁ」
「…あと10分くらいで着くらしい。そろそろ降りる準備してもいいだろう」

「はーい」
「はーい」




「跡部跡部、」


ジローたちが後ろでせっせと準備してる中、いち早く準備が終わったのか心結がこそこそと俺の名前を呼ぶ。呼ばれて振り返ると、心結を超えて真っ青な顔の小春が目に入った。


「小春、お前顔真っ青だぞ」
「そうなの、バスに酔っちゃったみたいで…」
「…とりあえず向こうに着いたら、部屋を借りて寝てた方がいいな。すぐに部屋を手配してもらう」

「えっ、でもマネの仕事が…」
「大丈夫大丈夫!今日は初日だから、ドリンク作るだけでタオルとか洗う必要ないし」
「ああ。それに、今日の練習開始は午後からだからまだ時間はある」
「…ごめんね、わかった。じゃあ着いたらすぐ寝て、すぐ治すね」
「うん!」





「合宿所ってあれか?」
「俺、もっと小さいの予想してたCー!」
「俺も俺も!」
「2人とも失礼やろ…。でも、ほんまでっかいな」


どんどん近づいてくる合宿所を見て、それぞれが感想を口から零す。合宿所と言っても、近くにテニスコートがある普通のホテルのようなところだった。


「テニスコート、かなり広いな」
「うわ、宍戸テニス少年の顔なってるー!」
「俺も、早く練習したいです!」
「練習は午後からか…」






「よし、全員自分の荷物を持って降りろ!」



「小春、大丈夫?荷物持とっか?」
「大丈夫だよ、これくらい自分でやんなきゃ…」


少し後ろで話す2人の声が聞こえて思わず振り返る。小春の顔は変わらず青いままで、とてもじゃないが荷物なんて持てそうにない。


「心結、小春の荷物よこせ」
「あ、跡部?持ってくれるの?」
「そんな顔してるやつに、持たせれるかよ」


そう言って荷物を持つと、小春は俺の服裾を掴んだ。


「景吾ごめんね、ありがと」
「…ああ、別に構わねーよ」


衝動的に抱きしめたくなる気持ちを抑えこんで小春の頭を撫でると、具合は悪いだろうに、俺を見て小春は気持ち良さそうに笑った。
この顔を、どんなに独り占めしたいと思ったことだろう。どんなに、そう願っただろうか。


「景吾?」
「…悪い。それじゃ、俺達も降りるか」
「うん、それじゃあよろしくお願いします」



もう届かないなんて、思いたくない。



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