歩道の幅いっぱいを占めて一列の土下座を成した彼らの落とす影は細く背を伸ばしはじめ、往来の足並みも増えようかという頃合いに身じろぎのひとつも惜しみハルが首肯するのを待っている。言葉を発する、その予兆とも言える空気の震えを機微に捕らえ息を詰める。
こつりと硬い音を立てて向けられたローファーの艶めきに夕陽が反射し、こうべを垂れる六つ子の頬を赤色に照り返した。

「高校の課程は修了なさいな」

それはいっそ軽快さをもって朱唇に乗せられる。

「あたし、教養のない人間を側におくつもりはないの」

難色を示していたハルの、一転して軽やかな声音につられて色めき立つがそれも一瞬のこと。鈍く作動した脳が一拍遅れて制止をかけた。
願い下げだとばかりに突っぱねていた彼女の示した温情が否応にも全身を脈打たせ、期待する分だけ思考が空回る。呼吸が促迫していく中、真実六つ子を迎え入れるに至ったのか、確信は持てないままだった。
兄弟はまた、互いに視線を合わせる。ハルが是とするまで引くつもりなどないが、頭の空っぽな男はもとより、人心を読むことに長けた者や精細にことを見る者が判断にあぐねるのであればお手上げだった。
疎かにしてきた学生の本分を、初めて惜しく思う。噴飯ものの話だ。


松野家に生まれた六つ子の兄弟は、無個性であることが即ち個性であった。
持ち得る渾身の一選だったはずだ。
これ以上ないものを献上したつもりで、まさか足りなかったのだろうか。六人をかき集めてやっとひとり分の自分たちでは。

桐箪笥、両親の預金通帳、どこかに結婚指輪も眠っているかもしれない。思いつく限りの松野家の財産を枚挙した。その間にも上向きに転じはじめた現状を逃すべくもなく押しの一手しか知らない六つ子が頭を深く沈めようとした瞬間、ローファーの足先に顎を弾かれ目の前に火花が散った。強引に噛み合わされた歯で舌先に鋭い痛みが走る。

「いつまで変わり映えのないものを見せるつもり」

簾をつくる前髪の隙間から見上げたハルの頬が持ち上がる。まるで紅潮して色付くように、夕焼けに肌が染まっていた。

「あたしのものになるんでしょう。なら恥をかかせないでちょうだい」
「そ、それって…」

住宅を隔てた隣の通りから夕方の時報が流れる。六つ子の都合など構うはずもなく日の終わりに最も賑わう時間帯に差し掛かり、示し合わせたように人の流れができる。
六つの同じ顔が並ぶ酔狂さを差し引いても、どだいまともな光景にはほど遠い。そそがれる奇異の視線に慌てて跳び上がった彼らを傍目に、ハルは小気味よく踵を鳴らし颯爽とスカートをひらめかせた。

「あっ。ま、待って」

重心を乗せて、滑り込ませた足がハルの行く先を再び遮ることは叶わなかった。追い越すに至らずに足をすくわれ天地が逆転し、西日に目を焼かれ呻いた。

「ばたばたと足音を立てないで。みっともない」

返事は言葉にならない。ただハルの機嫌が損なわれていないことは、不快な光の斑紋が残る視界でとらえた、ゆるりと弧を描く唇に見て取れた。
ふと思い出したように振り返り、天を仰いでもがく姿を喉で笑いながら心得なさい、と説いた彼女に、ようやく彼らは師を手に入れたことを悟ったのだった。

「よ、よろしくお願いします!!」

高らかに上がった彼らの咆吼は、夕方の時報よりも確実に人々の意識を攫っていった。



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