ハルは困惑していた。整然と横に列を成した六つの頭が、額を地に擦り付けている。歩道の幅いっぱいに陣取ったそれを、ハルは見下ろしていた。ついとさっき下校して帰路についたところだった。
同じ髪型の頭を端から順に眺め見て、訝しげに目を細める。

伸した相手をハルはいちいち覚えてはいなかったが、今回ばかりは例に漏れ、忘れようにもこびり付いている。路地裏で六つの同じ顔を目の当たりにしたときは心中、狐狸の類にでも化かされた感覚でいたのだ。鮮明に記憶している。だからなおのことハルにはこの六人の行動が不可解でならなかった。

彼らの性質を鑑みるに恨まれこそすれ、およそ乞い願う対象にはなり得ないだろう。加えて、再三に繰り返される彼らの主張が、ハルの困惑を助長させている。

「お願いします、弟子にして下さい!」

何度目かになる見事なユニゾンに、ハルは柄にもなく一歩足を引いた。

結論付けてしまえば、あの時わざわざ薄汚い路地裏にまで茶々を入れに行ったのは我が物顔で暴れるガキが気に入らなかった、の一言に他ならない。それ以上の感情はつゆほども湧かなかった。
強いて印象を上げるなら面倒くさい性格をしていそうだというくらいだったが、なるほどどうして当たっていたなと胸中頷いた。

「ほかを当たってもらえる」

たかだか十数年の彼らの歴史に何をもってして鮮烈に刻み込んだのか皆目見当がつかなくては、ハルに目下の六つ子を受け入れる通りはない。途端に弾かれたようにハルを見上げた彼らの顔は、誰が何を発したのか区別のつけようもなく恐ろしいほどに同じ造りをしている。
また一歩ハルは足を引いた。

「い、いやだ!」
「俺たち、ハルさんがいい!」
「お願いします!」
「ハルさんみたいに強くなりたい!」

なぜ名前を、と喉まで出かけて、そういえば名乗ったかもしれないと思いとどめ口をつぐんだ。ナンセンスな問いは相手に付け入る隙を与えるだけだと骨身に染みていたつもりだったが、自身を諫めるほどには動揺を誘う光景だった。

「何を勘違いしているのか知らないけれど、女が力で勝るわけないでしょう」

歯噛みし、歪んだ表情までが鏡で合わせたようだ。

「君たちは君たちのやり方を突き詰めたほうが強くなれるわ。喧嘩に関して言えばね」
「でも俺たちハルさんに敵わなかった」
「筋肉の付きも甘い手負いのガキじゃあね。仮に成人してたら、いくらでも卑怯な手を使うわ」
「たとえば…?」

今にもわらわらと伸ばされそうな腕は燻った靄に磔にされたまま、奪うことに慣れた彼らの喉がひくりと震える。
ゆるりと弧を描いた口元が路地裏での彼女を髣髴とさせる。

「君たち大和男子でいられてラッキーねってこと」

六つ子の内に燻っていた何かが歓喜にも似た悲鳴を上げ、同時にその言葉の意味するところを反射で悟った股間がヒュ、と寒くなった。
縮み上がった睾丸をそっとおさえた彼らに鼻先で笑ったハルの音吐が降りかかる。

「分かったら、とっとと帰りなさいな」

コツリとローファーの踵が地面を叩き、ハルは六つ子の間を縫って通り過ぎていく。

追い縋る彼らに一瞥もくれなかったのは、興がそがれたからではない。加虐心を煽られたというのも、後付けにすぎない。
ドタバタと無様な足音を立ててハルを追い抜き、回り込んだ同じ顔がまた横一列に膝を付いて六つの土下座ができる。この光景に収まると、妙に確信めいたものがハル中にあったのだ。
見下ろした彼らのなんと殊勝に背を丸めていることか。

「待って。待ってください」

喉から絞り出した声に、懇願の色が強くなる。後生です、何でもするからと往来にも頓着せず口々に喚きたて平伏する彼らの、一層深く沈んだ後頭部へ含みを持って細められたハルの眼差しがそそがれる。

「何でも、だなんて安々と口にするものじゃないわ。君たちになにが出せるのかしら」
「俺たちに出せるもの」

伏せた頭の下で、六対の瞳が交わった。差し出せる資産など雀の涙ほどもないだろうことは彼らも承知している。ハルの一部を殺奪するに見合うもの、それこそ今まで相手にした輩からの押収物の献上など、考えるだけ不毛な選択だった。

六つの中の左から三番目が、意を決したように口唇を引き結び顔を上げた。これがあのリーダー格だろうか、とハルは是非を求めるでなく無為な憶測を中空へ飛ばす。いかんせん相違を見出すには、傍目に微塵も違わぬ金太郎飴のようで難を極めるのだ。いま個を分別したところで次には忘れる。

その男が、残りの五人につらりと視線を這わせ、唇を湿らせる。

「俺があいつで俺たちが俺。ハルさん、俺をあげます!」

絡み合う、恐ろしく澄んだ瞳に虚を突かれ、真意を測りかねたハルの眉間に皺が寄る。彼の両脇に伏した五つの後頭部が、ハルには至極奇妙に思われた。

抗弁もなく、身じろぎひとつせずに甘受するいわれが彼らにはあるというのだ。
それはまるで、この男の言葉こそが己の意志の権化であるような。

瞠目したハルは、やがて笑みを深める。失笑が吐息と共に鼻から漏れた。
これは面白く、そしてとてつもなく面倒なものに好かれたのかもしれない。

そして初めて、好意を孕んだ一歩を彼らに向けた。




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