VがいなくなりXと二人きりになったこのリビングで、Wはすることもなくただ悶々と考え続けていた。



(Vが脱落したことで今度はXとの一騎討ちか…悪い流れではないな…)



闘いはいよいよ終盤を迎える。
プリンは残り二つだが、Xと共に一つずつ分けようという発想などWには毛頭無い。
それはきっと相手も同じことだろう。
争いのもとであるプリンを二つとも手に入れてこそ勝者になれる。相手より上に立ったことを実感し、その快感を噛み締めることが出来るのだ。



(ここはなんとしてでも残りの二つは死守したいところだがさて…どうするか…

ここまでくれば奴も意地だ…口車に乗せて諦めさせるのは厳しい…かといってこの位置から無理に冷蔵庫の中のプリンを口に入れるのも簡単なことじゃねぇ…
取り合いになれば最悪二つとも奪われる可能性だってある……)



ならばWにはもう為す術など無いのか。
大人しくXと一つずつ分けあうのが今の最善なのか。



(いや…、違う…そうじゃない…
奴は俺の最初の発言を信じているせいで滅多なことがなければプリンを今すぐ食べようとはしない…
勝機はそこにある…奴をなんとかこの場から離して意識を外へと向けさせればその隙に……
何か…どうにかして奴をこの場から離す術は……)



きっかけを探して必死に考えを巡らせる。

何か、何か無いのか。
Xだけをここからたたせるきっかけにような何かは。

仮にここにいるのがVだった場合急ぎの買い物といった理由を適当につけて従わせることも出来たが、生憎Xにそんなものは通用しない。
普段動こうとはしない彼を部屋の外へと出すこと自体、Wにとっては未知への挑戦なのだ。

対するXも既に今日は休みだと宣言しているWに何か言ってくる様子はない。

状況を動かす方法を見つけられず互いに手詰まりかと思われたそのとき、廊下へと続く入口の向こうから幼い少年の声が響いた。



「ねぇ、Xぃー?」



ガチャリと扉を開き中へと歩を進めてきたのは、三人兄弟の父親が幼児退行した姿であるトロンだった。
さっきまでずっと部屋に籠ってアニメを見ていたはずだったが、どうやら何か用があってここに来たらしい。
この最悪、もしくは最高のタイミングでその名を呼ばれたのは何時も何かと仕事を押し付けられるWではなく、押し付ける側のXの方だった。



「DVDプレイヤーが動かなくなっちゃったから直してよ。折角新しいのたくさん買ってきたのに…」


「またですか?つい先日修理したばかりでは…?」


「本っ当使えないよね。
ボタン押しても叩いてもなんにも反応しないんだよ…ちょっと見てくれない?」


「構いませんが…Wも連れて行った方がいいのでは?私一人で直せるかどうか…」


「いいのいいの。Wには前頼んだけど全然役に立たなかったからね。君一人で十分だよ」



そしてトロンが早く早くとXの手を引くと、仕方なしにXもリビングの外へと歩いていく。
Wがこの続きはまた今度な、と言ってひらひらと手を振ってやるといかにも忌々しそうに睨まれた。

トロンは本当にいいタイミングで来てくれた。
この勝負で運を味方に付けたのはどうやらWだったらしい。



(…勝った………)



Wは勝利を確信した。
あとはプリンを食べてしまうだけ。
キッチンに繋がるこのリビングには今や自分一人しかいないのだ。

Xが完全にトロンの部屋に入っていくのを見送ると直ぐ様キッチンに置かれている冷蔵庫を開け、中に入っているプリンを二つとも口の中へと掻き込んだ。



(…うんめェエ!!)



食べた瞬間、さっぱりした上品な甘味が口の中へと広がっていく。
軽い口溶けのプリン、そして底に沈んだカラメルソースが舌の上で混ざり合う。

今までいくつもの高級料理を口にしてきたWだったが、このプリンはその中でも五本の指に入るほどのレベルの高さだった。
只のスイーツにここまで感動を与えられることも珍しい。
ここまでやった甲斐があったというものだ。

口の端に残ったカラメルソースをペロリと舐めながら、Wは心行くまで勝利によってもたらされた蜜の味を味わい尽くしていた。



しかし、その僅か数秒後。



「―――ッ!?」



突如、謎の腹痛がWを襲った。
何の前触れもなく訪れたそれは瞬く間にWの感覚を支配していく。

カチャリ、と音をたててスプーンが床に落ちた。

まるで何かにキリキリと締め付けられているかのような痛みに胃が悲鳴を上げる。
今まで味わったことのないような苦痛に、座っていることすらままならない。



(なんだ…どういうことだ…!?
この痛み…まさか本当に、腐って……いや、毒―――!?)



異変は瞬く間に腹だけではなく口の奥にまで広がっていく。
ざらついた表面が酷く痒くて必死に喉元を掻き毟った。
気管にザラザラとした何かが張り付いたように、ゲホゲホと咳が止まらない。


助けを呼ぼうにも声が出ず、暴れまわる四肢は虚しく床を叩くだけ。
やがて頬に張り付いた床材の冷たささえ感じなくなると同時に視界は暗転し、Wの意識は闇へと堕ちた。




* * * * *




Wが再び目を冷ましたのは、自室のベッドの上でのことだった。
あのプリンを食べてから体調が急変し意識を失ってしまったが、倒れ込んでいたところを家族のうち誰かに発見されたらしい。
気付けば身体は柔らかな布団の中、額の上には冷水で濡らされたタオルが置かれていた。

よろよろとベッドから降りて立ち上がってみたが、別段身体におかしなところは何もない。
体調も先程よりは随分よくなっているようだ。

取り敢えず水でも飲もうと部屋の外から出て廊下を渡ると、リビングへと続く扉から密かな声が漏れているのが聞こえてくる。
その傍まで近付けば隙間から中の様子を窺うことも出来た。



「それにしてもW兄様、大丈夫でしょうか……まさか食卓に戻ったらあんなふうに倒れていたなんて…
あのままだったらどうなっていたことか…」


「Vが一番に気付いて僕とXを呼んでくれたお陰だね。
運良く間に合ったから紋章の力で治療出来たけど…
あのときは流石の僕も焦ったよ。まさかWが倒れるなんて…
どうして急にあんなことになっちゃうんだろうね。何か心当たりはないの?」


「さぁ…僕にはさっぱり……」



第一発見者であるVが不思議そうに首を傾げたが、一方その隣ではわざとらしくXが溜め息を吐いていた。



「心当たりなど無いわけがないだろう。
原因は明らかにあのプリンだ…Wが私がいない隙に勝手に食べたらしい。
自業自得だな。腐っていたのではないのか?」


「それはないですよ、X兄様。僕と同じものを食べたのにW兄様だけに影響があるなんて…」


「…あぁ。君のアレはやはり演技だったんだな」


「最初から気付いてたくせに今さら言わないでください、そんなこと」


「………ねぇ、その演技って一体何のこと?」



朝から自室に籠りきりでアニメ観賞に勤しんでいたトロンは息子達三人が奪い合っていたプリンのことなど何一つ知らない。
Xは彼にもわかるように簡潔にその経緯を説明した。



「―――仮病のことですよ。
Wが仕事場から持ち帰ってきたプリンを奪い合っている最中、既に三つのうち一つを食べていたVが私とWにプリンは腐っていると思い込ませる為に使った技です。
結果的には失敗に終わったのですが」


「…ふぅん……どうして失敗しちゃったの?」


「私もWも仮病だということはわかっていましたからね。
Vの腹痛の原因はプリンに入っているココナッツミルクのアレルギーだということにしてその場から退室させたんです。

アレルギーならば我々に害が及ぶことにはならない…あくまでプリンは安全だという確信があったからこそそうしたのですが…

まさかそれを食べたWがあんなことになるなんて……」



Xの口から語られる話をトロンは終始無言で聞いていたがやがてあることに気付いたらしい、仮面の奥ではっとしたような顔を見せた。



「いや…ちょっと待ってよ」



言葉を続けようとするXに制止をかけるトロンの声は、心なしか微かに震えている。
XもVも、そして扉の隙間から三人の様子を覗き込んでいるWも、彼のそんな姿を見るのは初めてだった。
しまった、と言うようにトロンは素顔を隠す仮面を小さな手で更に覆った。



「ココナッツミルク、入ってるって言ったよね…正にそれだよ、原因は。

あの子は…Wはね、実はアレルギー持ちなんだ。
三歳の頃軽い気持ちで昼食の材料にしたら酷いことになっちゃって…Xはその時のことは憶えてない?」


「………!
いえ、私は何も…」


「そっか…当時はまだ五歳だったもんね、君も。
もう絶対食べさせないように注意してたんだけど、まさか貰い物に入ってたなんて流石の僕も計算外だったよ。
他にもあの子アレルギー持ってるかもしれないから、貰い物にはくれぐれも注意してね。お菓子やデザート系は特にね。ナッツ類は本当に危ないから」


「…わかりました」


「はっ―――ハイ!任せてください!!
W兄様が変なもの食べたりしないように、僕らが見張っておきます!!」



今新たに下されたトロンの指示を喜んで受け入れようと、Vの何処か明るい声がリビングに響く。

当たり前だろう。
彼らは意図せずともWの貰い物を奪っていくには最高の大義名分を手に入れたのだから。


ドアノブを掴んでいた手が、力を失うように落ちていく。
Wはあのプリンを食べたことを後悔した。

Xの目を盗んでそれを口に入れたが為にこの先全てのデザートを兄弟に差し出す羽目になってしまったのだ。
例えそれがアレルゲンとなり得ないものであっても「お前を危険に晒すわけにはいかない」という言葉と共に奪われていってしまうのだろう。彼らはそういう連中だ。

そもそも何故トロンはWがアレルギー持ちであることをW本人に教えてくれなかったのだろうか。
最初から教えてくれれば大人しくプリンを家族に明け渡していたと言うのに。
さっきのトロンの表情から推測するに故意ではないであろうが、今回のことは流石に酷すぎる。

VとXに注意するにもあんな言い方では彼らが無差別にWのデザートを奪っていきかねない。



(…もう家では美味いモン食えねぇな………)



しかし。

それでもまぁいいだろう、とWは思った。

外で働いてる自分は他の家族より外食する機会が多い。

明日はVが入れたグルメ番組の仕事もあるのだ。
食に関しては自分が一番充実している自信がある。
少しくらい彼らに譲ってやってもいいじゃないか。

これでいい。
これでいいのだ。

そもそも甘いものなんて、そこまで好きではなかったのだから。



そんな理屈を並べ立てることでなんとか悔しさを紛らわそうとしている自分に、Wはまだ気付いていなかった。


>>atogaki



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