WDCが終わってからからもう数日経つと言うのに、ハートランドシティではまだその熱気が冷めきっていないらしい。

大通を歩けば何処もかしこも人だらけで、各レストランでは留まったままの観光客が集まり晩餐を楽しんでいる。
そんな街中にあるホテルもやはり未だに観光客で溢れ返っているようで、何処を訪ねても空きがあるところなど一件もない。
さっき断られたのもこれで四件目だ。

これで本当に何処にも入れなかったら野宿だぞ―――そんなことを考えながらトーマスは重い足取りで前へと進む。
背後では心身共に疲弊しきった兄弟や父親が疲れただのもう嫌だだのと吐き出しているが、そんなことを言われてもどうしてやることも出来ないしこの状況に苛々しているのは自分も同じである。


元はと言えばあんなわけのわからない部屋を借りると言い出したトロンが原因なのだ。
入居者と契約したにも関わらず管理者が自己破産して差し押さえを喰らうアパートに至ってはもう論外である。今まで生きてきて聞いたことがない。


遡ること数時間前、玄関の扉を開いた瞬間黒い車とスーツを着た男数人が書類片手に何やら深刻な表情で相談する姿を目をしたときは流石に驚いた。

そしてこのアパートは差し押さえになったので住人ならば退去しろという言葉を耳にしたときにはもっと驚いた。


ちゃんとここの管理人の川島という男と契約して住むことになっているんだと声を大にして言っても黒スーツはそんなことは本人の口から聞いていない、住むことは出来ないの一点張りで、結果としてそのまま部屋に戻れることはなく追い出される形となった。

話によると他の入居者は少し前に皆引っ越していったようで、このアパートを引き取る側もここにはもう誰も住んでいないと聞いていたらしい。

詳しいことはわからないが要は持ち主である川島が事業か何かで失敗し自分達家族をに迎え入れる前に耐えきれず自己破産、結果として新しい入居者を無視してこのアパートを差し出してしまったということなのだろう。


呆れて声も出ない話である。


顔も知らぬ男の失敗に巻き込まれた所為で自分達はこんな苦労を強いられているのだ。
自分達の人生もつくづく付いていないと本気で思う。

しかしあまり余計なことを考えても仕方ないと無心で歩き続けていると、後ろからトロンの声がした。



「ねぇトーマス…いつになったら次のホテルに着くの?こんなことになるなんて聞いてないよ…」


「あと5分くらいだろ。まぁこの辺も混んでるから微妙だな…次断られたら街中はもう無理だ。
3kmくらい離れた場所までまた歩くしかねぇ」


「えぇっそんなに!?もう嫌だよ歩くのなんて…お腹空いたしまずご飯食べようよ…」


「あんたはずっとクリスに肩車してもらってるだけじゃねぇか…
飯なんて食ってたらホントに何処も一杯にって入れなくなっちまうぞ?まだ耐えれるだろ?」


「でも……」



皆これ以上歩けないよ。
そんなトロンの声に振り返ると、言葉通りミハエルとクリスがかなりげっそりとした顔でこちらを見ていた。

特にクリスの方はトロンを肩に乗せたまま歩き続けたためか首やら腰やらが痛むようで、遂に道の脇にあるベンチに座り込んでしまった。
そろそろ限界という意味だろうか。



「仕方ねぇなぁ…じゃあ次の所行ったらな。腹一杯で動けねぇとか言うなよ」



そう言ってやるとトロンは生気を取り戻したようにやったぁ、と跳び跳ねてミハエルとクリスの手をぐいぐいと引っ張り始める。

やっぱり元気じゃねぇか。
そんな言葉を口に出す気にもなれず、三人の姿をただぼんやりと見ていた。

もう二度と歩く気にはなれないという二人に行こうよ行こうよと言う彼の姿はやはり見た目相応の子供のようで、駄々をこねる姿も今では微笑ましく感じられる。

そして暫くするともういいよと頑なに動こうとしない二人の手を放し、今度は何かいいことを思い付いたような顔でくるりと首を回してトーマスに視線を合わせた。
こんな顔をするトロンからの提案は大抵ろくなものではないことをトーマスは知っている。



「あ、じゃあこうしようよ!
トーマスはまだ食べなくても大丈夫なんでしょ?
なら僕たち三人はそこのレストランで何か食べてくるからその間にホテル探してきてよ。何か持ち帰り用のアラカルトでも買っといてあげるからさ」



「……………」




普通の神経では考えられないような物言いだったが、しかしトーマスは驚かなかった。
あぁまたこのパターンか、と思っただけだ。


今までずっと、次男という立場のせいか自分はいつも貧乏くじを引かされてきた。
散々文句を言いながら結局断ることもなく、どんなときも父の期待に応えようとしてきた。

それは誰かが必ずやらなければいけないことだし、自分がそうすることで父を満足させられるならそれでいいと思ってきた。

けれど自らそうなることを望んできたわけではない。
WDCで闘ってきた少年達から学んだことが自分にもある。

未来を変えたいなら自分の手で切り拓かなければならない。


だからトーマスはすぅ、と息を吸って少し間を溜めてから、その決意を口にした。




「ぜってぇ断る」


>>atogaki



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