メインストリートとなる大通を駆け抜けて、人通りの少ない小道に入ったところでVはやっと足を止めた。
兄二人を引っ張りながら長距離を走るという慣れないことをしたせいで、しばらくは肩で息をする。
ここまで来れば二度とあの視線は追ってこないような気がしていた。

お前頑張ったな、という顔でVを見つめるWだったが、一方Xはなんだか不機嫌そうにじとりとした視線を弟二人に投げ掛けていた。



「一体どうしたというんだV…まだ釣り銭を受け取っていないと言っただろう。
私の貴重な収入の一部が無駄になった。どうしてくれる」


「…X兄様、それは―――」


「どうしてくれるじゃねぇんだよ!
無駄な注目浴びせやがって!店にいた全員こっち見てただろ!!
なんだあの財布!何処で手に入れた!?」



口を開いたXに対し、Vが何か言う前に不満を溜め込んでいたであろうWが叫ぶ。

人に見られることに慣れている彼であっても流石にあの視線には耐えられなかったらしい。
普段から体面を気にし、表では紳士的かつ気品ある態度を心がけている分あのような目で見られることだけは我慢ならないのだろう。


しかしそんな事情など知りもしないXは釣り銭を受け取れなかった上に怒鳴られるなど心底不本意だという目でWを睨んでいた。



「何をそんなに苛立っている?Vはともかく君が注目されるのはいつものことだろう、それなのに」


「そういう問題じゃねぇよ!
いいから答えろ!何なんだあの財布は!?」


「…何故君にそれを答える必要がある」


「僕からもお願いします、X兄様…大事なことなんです。
その財布は一体どうされたんですか?」


「…V、何故君まで―――」


「お願いします、X兄様」


「…………ッ!」



WだけでなくVにまでそう言い寄られ、Xは圧されたように後退りした。

他の者にはあまり言いたくないことなのかしばし黙ったままでいたが、弟二人に迫られては敵わないとやがて観念したように溜め息を吐いた。
深い夜の静寂のなか、ぽつり、と胸に秘めていた言葉を溢す。



「………これは、形見だ。
父の―――

バイロン・アークライトとしてのな」



「………え?」



思いもよらぬ答えに言葉を失う二人に、ずっと黙っていたのだがな、とXが寂しそうに笑ってみせる。
切れ長の目をさらに細め夜空を見上げると、遠い昔のことを思い出すように語り出した。



「あの日…父さんと一馬さんと、そしてDr.フェイカーが異世界の扉を開きに行ったとき…。
途中まで同行していた私に、父さんがこの財布を預けてくれたんだ。ずっと大切に使っていたこの財布を。
すぐに異世界への扉を見つけてお前に預けたこの財布を取りに帰ってくる、そう言ってな。

お守りのようなものだと思っていた。当然、父さんが帰ってきたときには返すものだと。

だが…、いつまで経ってもあの人は帰ってこなかった。
財布を開けば中には私たち三人が数日は生活していられる程度の現金が入っていたよ…
もしかしたら父さんは、こうなってしまう可能性にも薄々気付いていたのかもしれないな……

それ以来この財布はずっと私が使っている。
あの時の父さんが帰ってくる、その時まで。

ずっと私が持っているんだ…………」



そこまで言うと、Xは再び二人の弟に向き直った。
さっきまでとは違う、優しくて、穏やかな目つきだった。



「…………………」


「…………そうなんですか……」




かける言葉が、見つからなかった。


―――重い。

―――重すぎる。


マジックテープ式の財布が予想外に背負っていた哀しきエピソードに、VとWは内心動揺していた。

その辺でわけもわからず買ってきたものならば『今すぐそんなダサくてカッコ悪い財布なんて捨てろ』と言って捨てさせるつもりだったが、この流れでそんなこと口にできる筈がない。
予想とはまるで違うXの言葉に用意していた返答が出来なくなり、二人とも頭が真っ白になっていた。



「…なんか……すみませんでした……」


「…俺も、悪かったよ……」



気付けば二人の口は勝手に動いていた。

何故自分達が謝っているのだろう。
自分でも罪悪感を感じてしまっている理由がわからない。
悪いのは完全にXのはずなのに。
恥ずかしい思いをさせられたのは自分達なのに。

全く意味がわからなかった。


意図せずとも自分達をこんな状況に追い込んだ父をVとWはひどく恨んだ。

なんて余計なものを遺していってくれたのだろう。

それ以前に彼がいい歳をしてマジックテープ式の財布など使っていたことも驚きである。
あまり知りたくない事実だった。


出来ることなら今すぐこの財布を取り上げてトロンに突っ返してやりたいところだが、そんなことはXが許さないだろう。
バイロン・アークライトとしての父が帰ってくるまで絶対に手放さない、自分の手で返すのだと言い張って譲らないに決まっている。

Xにこの財布を使うのをやめさせるには、やはりかつての父の姿をこの手で取り戻すしかないのだ。

そのためにはやはり、



(………復讐、か)



トロンとして生まれ変わった彼の望みを果たしてやる他はない。


諸悪の根源は父の復讐の相手であるフェイカーだということが今再び証明された。


自分達は悪くない。

全てあの男が原因なのだ。




「どうした?早く帰るぞ。
トロンを待たせてはいけない」



背中を向けて歩き出したXは、またいつもの冷静な兄に戻っていた。

今日のこの一件も、彼にとってはなんでもない日常の一部としていつかは記憶のなかに埋もれていってしまうのだろう。

だがVとWに関して言えば、決してそうはなりそうになかった。
それは忘れてはならぬ出来事として、既に二人の胸に深く刻み込まれていた。



「…俺達も行くか。明日もナンバーズ狩りで忙しいしな」


「そうですね……」



二人は短い言葉で互いの意思を分かち合った。

Xにあの財布を使うのをやめさせるには、このWDCで結果を残しDr.フェイカーを倒すことだ。
復讐を果たせば、きっと父はバイロン・アークライトとして帰ってきてくれる。

目的を果たさねばならない理由がまた一つ増え、決意を新たにした二人は再び自分達の帰りを待つトロンの元へと歩き出した。


>>atogaki



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