浮上する意識と共に、温かい日差しが瞼をそっと撫でる。
素肌に触れているのは汗を吸った衣服でも冷たい床でもなく、柔らかなシーツと上掛けだった。

ぼんやりとした思考で自分は今ベッドの上にいるのだと気づくのに三秒。
片腕を支えにして上半身を起こすと、隣にはV、更にその奥にはXが自分と似たベッドで眠っていたことに気付いた。
二人ともついさっき目を覚ましたという様子で、まだ覚醒には至っていないようだった。



「俺たちは………

―――ッ!!」


「……兄様!」



どうしてこのような状況になったかを思い出そうとするが、記憶を遡るとその瞬間頭がズキンと痛む。
心配そうな顔をするVを視界の隅に置きながら、ゆっくりとWは思考を巡らせた。


負けたのだ。
WDCの決勝トーナメント、神代凌牙とのデュエルに。

かつての父を取り戻したいという願いを相手に託し、自分は一人この場所へと帰ってきた。
やっとの思いで兄と弟が眠るベッドまで辿り着くと、そこで力が尽き意識を失っってしまった。
その場で深い眠りに落ちたのだろう。


だが目を覚ませば自分はVが横たわっていたものと似たベッドの上だ。
床に膝をついて眠っていたはずのXも同じ状況になっている。

恐らく誰かの手でこのベッドの上に運ばれたのだろうが、長い間眠りに落ちたままだったWには何の記憶も残っていない。

他に誰もいないのかと辺りを見回すが、この部屋には自分たち三人しかいないようだったし、第三者が此処に来るだろうという気配も感じられなかった。



「どういうことだ…?
私たちは何故………」



Wと同じく身を起こしたXが考え込むように頭を押さえるが、当然答えなど何処からも返ってこない。


何故、自分たちがこのような形でベッドに寝かされているのか。
どれくらい長い間眠っていたのか。
WDCの結果はどうなったのか。

父は今、どうしているのか。

この状況下ではわからないことがあまりにも多すぎた。



「……W、とりあえず君にきいておきたいことがある」


「俺か?…なんだ?」



XはWが何か知っていることを期待しているのだろうが、今のWに答えられることは残念ながら少ない。
俺も今外で何が起きてんだかわからねぇよ、と断っておくとそれでも構わないと言ってXは続けた。



「私が目を覚ましてら最初に感じたもの…それは純粋な違和感だ。この部屋で意識を失うまでに私の中に残っていた記憶と、今ここにある現実とが一致しない。この原因を君に求めることが筋違いだとは思わないが、それよりもまずW、君自身について訊いておきたいことがある。この答えを君が持っているか否かでこの現象に説明がつくかどうかが左右されると言っても過言ではないだろう」


「……だからなんだよ」



じれったい言い回しにWが眉をひそめると、Xは一息ついてからまたその口を開いた。
先程とは違う、非常に勿体振った動きだった。



「手短に言うと、だ。Vは我々が出掛ける前からこの状態だったからともかく、
……どうして君は服を着ていないんだ?」


「…………

……なんで現在進行形で服着てない奴にそんなこときかれなきゃいけねぇんだよ…」



力の抜けるようなXの問いに馬鹿じゃねぇの、とWが呆れたように溢す。
ナンバーズの行方だとかフェイカーの動きだとか、もっと深刻なそれに身構えていた方としては拍子抜けもいいところだ。
出かかった欠伸を噛み殺すと、いつも通りの変わらぬ真顔のXに訊き返した。



「お前こそ服はどうした?デュエルコースターにでも置いてきたのか?」


「何故私がデュエルコースターで脱ぐ必要がある。
私は気付いたらこうなっていただけだ。
この部屋に辿り着くまでは確かに着ていたのだが―――目を覚ませばこうなっていた。何が起きたか全くわからない。
だからこうして同じ状態の君にきいているんだろう」


「バッ…おま…同じ状態じゃねぇよ!
俺は確かに上はないけど下はちゃんと履いてるからな!全裸なわけねぇだろ!」


「…そうなのか?ここまで状況が酷似しているというのにそんなところで差別化される筈が―――
ちゃんと自分で確かめたのか?」


「確かめるまでもねぇよ!普通に考えて俺に限って何も着ないで寝るわけ―――」



そこまで言って、視線をXに向けたままWが自分の腹より下に掛かっている布団に手を入れた瞬間、



「……………」



さっきまで饒舌に動いていた口は静止し、健康的な浅黒い肌から一気に血の気が引いていった。



「…兄様?どうしました…?」



Vに声を掛けられても何も答えず、Wは無言で思い立ったように腰から下に掛かっていた布団を頭から被ると、何やらその中で探し物でもしているかのようにモソモソと動き始めた。

一連の流れから恐らくWは案の定何も履いておらず、今現在は『もしかしたらベッドに入るまでは普通の状態で寝ている間に脱いでしまったのではないか』という一縷の望みに全てを賭けているのであろうことはVやXにも容易に推測できた。

17歳でありながら兄弟で一番社会に出ている時間が長くある程度の常識を身に付けている彼は、こういう時に受ける精神的ダメージが一番大きい。

しばらくの間は布団の中で芋虫のように動き回っていたが暫くすると布団の隙間からひょこりと顔だけを出し、Xではなく何故かVの顔を見ながら震える声で言った。



「…誤解だ」


「………え?」


「―――誤解だV!確かに今は何も着てねぇかもしれねぇけど!!別に俺が自分で脱いでベッドに入った訳じゃねぇから!!こいつと一緒にしないでくれ!!」



目を血走らせ、真っ直ぐにXの方を指差したWが叫ぶ。
単に現象の原因を明らかにするつもりが思わぬとばっちりを喰らったXは心底不快そうな顔をして見せた。



「…ふざけるなW。私も好きでこんな姿になっているわけではないと言ったはずだ」


「うるせぇ知るか!とにかく!俺が自分で脱いだんじゃねぇから!!信じてくれ!頼むV!!」


「えっ…ち、違うんですか!?
兄様が凌牙とのデュエル中に『俺の本気のファンサービスを見せてやる』って言いながら脱いだ訳じゃないんですか!?」


「違うって言ってんだろ!あとお前の中の俺そんなキャラ!?」



予想を上回る誤解を受けていたことが発覚しWは必死に違う違うと捲し立て、Vとの長い問答の結果Wが自分の意思で脱いだということはないしこれからそんなことをするつもりもないということで話は落ち着いた。
騒ぐ弟二人とりあえずは静観していたXだったが、熱が引き一段落したと判断したところで再び場を仕切り直した。



「いいか?
何があったかはわからないが我々三人―――特に私とW―――の状況は同じだ。
自らの意思でこうなったわけではない…眠りについている間に何者かの手によって衣類を取られベッドに寝かされたとしか思えない」


「普通に考えたらそうなんのか…寝てる間にとかすげぇ気持ち悪いな」


「僕はずっとこの状態でしたけど…兄様方が眠っている間に誰かがここに入ってきたっていうことですよね?
となればホテルのルームサービスの人とか…」


「俺達は決勝トーナメントのために外出してたがお前はずっとこの部屋で寝てただろ。管理側も知ってるはずだからそれはねぇな」


「となれば他に誰がいるというんだ…無関係者がここに入るとは考えにくいしフェイカーの陣営もWDCの運営で手一杯だろう」


「うーん…僕ら以外にここに入るといったらもうトロンくらいしかいないんですよねぇ…まさか」


「いやそれはねぇだろ。トロンもWDCに出場してんだぞ?そんなことしてるほど暇じゃねぇよ。
まぁこの話になると俺達がいつからこの状態だったかが問題になるな…決勝トーナメントから何時間経ってんだ?」


「いや待て…犯人がトロンだとすれば尚更時間など問題ではない。
彼は紋章の力による時空間移動が使える。何をするにも一瞬だ」


「だとしても有り得ねぇよ。
今どんな状況だとしても一応親子だぞ!?息子の服脱がせるとかお前…」


「何故そのような行動に至ったかはわからないがそれ以外は考えにくいだろう。
他人にこうされるよりはましだ」


「ましとかそういう問題じゃねぇよ!トロンは有り得ねぇって!!」


「W兄様…残念ですけど……」


「Vお前まで…やめろ!父さんがそんなことする筈ないだろ!!」


「でも……」



それ以外にこんなことが出来る人はいないじゃないですか。
Vは哀しそうな目で語った。


きっと、三人とも心の奥底同じ気持ちだ。

この状況を作り出したのは恐らくトロンで、それ以外は考えられない。
丁寧に一人一台ベッドので寝かされていることからも労られていると解釈して差し支えないのだろうが、衣服がなくなっているという要因もありそれはそれで複雑な気持ちだ。
父の手によって脱がされたのだとは出来れば考えたくない。

しかしこのことを事実として認められるか否かが未だ反論し続ける次男と他の二人との唯一の違いであり、この小さな確執の原因だ。


ショックを隠しきれない様子でWは暫くは俯いたまま黙っていたが、沈黙の後「…思い出した」と小さく呟いた。
それを聞き逃さなかったVが兄の顔を覗き込む。



「…何をですか?」



Wは口元に微かな笑みを浮かべていた。
近くから見るその表情には虚しさに似た何かが込み上げており、「兄様、」と声を掛けても相手とはろくに目を合わせようともしない。
死んだ目をした少年はやがて独り言のように静かに唇を震わせた。



「そういえば…俺…自分で全裸になった気がする…
服着たままなのが暑苦しいって気がして服脱いで…そのまま寝たんだ……
そうだ…絶対そうだ……」


「ちょっ…兄様何言ってるんですか!?
さっきあれほど自分で脱いだんじゃないって言ってたじゃないですか」


「いや…嘘だ…嘘なんだ…
自分で脱いだって言うのが嫌で他の奴を犯人に仕立て上げようとしたんだ…はは……大体父さんがこんなことするわけねぇだろ……」


「そんな……」



急に掌を返しだしたWに戸惑うVだったが、Wが自分の身を以て父親を庇おうとしているのは一目瞭然だ。
父が息子の服を脱がしたことにされるくらいなら自らの手で脱いだことになる方がいいという彼なりの覚悟なのだろう。
それほどにWの父親に対する愛は強く、深い。

だがそれが幾度となく彼自身を痛め付ける原因となっていることを今までの経緯からVもXも知っている。
同時にこれ以上そのことで彼に傷ついてほしくないという思いが二人にはあった。



「W…もう自分のことを犠牲にしようとするのはやめろ。トロンが我々の服を奪いここに寝かせたのはほぼ事実だ。
床は固いだろうとベッドまで用意してくれたのだろう。これが彼なりの気遣いだ」


「してねぇよ…自分を犠牲になんて…もういいだろ、服着てない本人が脱いだって言ってんだから自分から脱いだことでいいだろ!」


「よくない。君が自分で脱いだなら脱いだで兄として私が困る」


「…くっ………
でも…お前はいいのかよ!認めたくねぇだろこんなの!!」


「現実を見ろ。君一人がそれを否定をしたところで何も生まれない」


「X兄様の言う通りですよ…こんなことで悩んでも仕方ないんです。
それより、これからのことを考えましょう」


「………………」



二人の兄弟に諭されWは追い詰められたように唇を噛んだ。

確かにこんなやりとりを続けても仕方がないのかもしれない。
困ったような二人の顔が、話が進まないからいい加減認めろと言っているようにも見えた。
父が犯人だなんて有り得ないと兄弟を説得したいのは山々だがここは場の空気を読んだ方が適切なのだろう。

両手で頭を押さえ悩むような姿勢を取ったがやはりどう考えても結論は同じで、



「……あぁ。そうだな」



と渋々承諾する以外Wに道は残されていなかった。
それを聞きほっとしたように笑ったVが「大丈夫ですよ」と優しく肩を叩いてくれたが、一体何が大丈夫なのかはWは怖くて訊けなかった。



「―――それで、目が覚めたはいいですけど…これからどうします?X兄様」


「やはりトロンの元へ向かうことが最優先だ。WDCの決着がもう着いているのかはわからないが彼に会わないことには何も始まらない」


「そうですね…僕らが同時に目を覚ましたことにも意味があるんでしょうし…外出するならまず……

……服取りに行かないと」


「……………」



三人は再び閉口した。

話が進むと思えば結局辿り着くのはそこである。
帰着するのはやはり衣類の問題だ。

兄弟二人との言い合いによりすっかり眠りから覚めたWは一人、しばし考え込むとやがて一番効率的かつ合理的、そして残酷な答えを導きだした。



「V、お前が行け」


「え……えぇっ!?
なんで僕なんですか!?
服取りに行くってこの部屋から出て全裸で歩き回るってことですよ!?嫌ですよ僕そんなの!誰かとすれ違ったりしたらどうするんですか!」


「それはお前毎日家事やってるからだろ。洗濯もしてんなら俺達の服が何処にしまってあるかも知ってんだろ?俺やXが行ったら絶対手間取るからな。

大丈夫だ。お前なら全裸で歩いてても妖精か何かと勘違いしてもらえる。
何の心配もない」


「なんでそんな根拠のないこと自信満々に言えるんですか…絶対嫌ですよ…」


「そうだ。やめておけW。Vにそんなことを強要するんじゃない。
面倒事を弟に押し付け自分は何もせず悠々と過ごすなど兄として許されざる行為だ」


「Xお前よくそんなこと俺に向かって言えるなその口で…
悪いこと言わねぇからその言葉もう一度自分の頭ン中で反芻してみろこの無職。

そんなこと言うならお前が行けよ」


「残念ながら私は妖精と勘違いしてもらえないだろうから無理だ。
君の方が適任だな」


「俺だって妖精と勘違いしてもらえねぇよ!
もし俺が行って誰かに見つかりでもしたら明日には『極東チャンピオン 全裸で徘徊』って記事が紙面を飾ることになんだぞ?わかってんのか!?」


「問題ないな。世間からはWDCで中学生に負けたのが悔しくて精神を病んだと思われるだけだろう」


「…テメェ喧嘩売ってんのかァ………!?」



Vを挟み再び言葉の応酬が始まった。

売り言葉に買い言葉。
どんな状況であってもこの二人の兄の関係性は変わらない。
辺りには一触即発の空気が流れ、いつこれが殴り合いの喧嘩に発展してもおかしくなかった。

このままでは埒が明かないと判断したVは勇気を振り絞りその間に割って入り叫んだ。



「あー!もういいです!!僕が行きます!!」


「なッ…!?」



いつになく声を大にするVに兄達は驚いたように双方から視線を向ける。
心にもないことを宣言し内心最悪だと思いながらVは後悔したが、ここまで言ってしまえばもう引き返せない。



「…V、お前―――」


「いいんです!僕が行きます!
W兄様が言った通り僕が行くのが一番効率がいいんですから!
僕が行ってる間二人はそこで静かに待機しててください。すぐ戻ります」


そう言ってVは腰から下に掛かっていた毛布で全身を包むと勢いよくベッドから降り、ぺたぺたと裸足で部屋の出口へと向かった。


「もし僕が帰ってこなかったら…そのときは自分達で行ってくださいね」



固い決意と共に何やら不吉な言葉を残すと、Vはパタンと扉を閉め出ていってしまった。
Vがいなくなり兄弟の休息のためだけに用意されたこのだだっ広い部屋には、WとXがぽつりと置いていかれることとなった。





「結局…Vに行かせちまったな」



ただ待てと命じられすることもなくなり、ベッドの上に座ったままのWが呟く。



「…そうだな」



Xもまたそのまま姿勢でWの呟きに答えた。



「…Vが変な奴に連れてかれたりしたらどうしよう」


「このフロア全体は私たちの部屋だ。外出中と連絡していないならホテルの管理人が入ってくることもない…心配は無用だ」


「でも絶対誰も来ないとは限らないだろ…もしVが無事じゃなかったら……」


「元々Vに行くように勧めたのは君だろう。今更そんなことで悩むな。
彼に任せた以上我々は此処で待つだけだ」


「……………」



こんなことなら自分でいけばよかったのかもしれない。
心配したり罪悪感を感じたりするだけで結局は何もしない自分の不甲斐なさにWは溜め息を吐いた。

こうしている間にも時は流れ、Vは依然危険を犯しながら兄弟のために奮闘している。



「俺達……駄目な兄貴かもしれねぇな」


「……そうだな」



乾いた唇から漏れた言葉は、高い天井に吸い込まれるように消えていった。






そして、15分後。


古びた扉の立てる思い音と共に、いつものピンク色の衣装に身を包んだ―――服を取ってくるついでに自身は着替えたのだろう―――Vが黄色と青の衣服を両手に帰ってきた。



「お待たせしました!服取ってきましたよ!
はやくこれを着てトロンのところに行きましょう!」


無傷で無事で帰ってきた弟の姿に思わず笑みが溢れる。
正直なところ、Wはこの15分間何か起きるのではないかと気が気でなかった。



「V、お前無事だったんだな…誰かに会わなかったのか?」


「ええ、まぁ…行く途中に間違えて部屋に入ってきたホテルの人とすれ違っちゃったんですけど―――」


「!!

ンなッ………」



思わぬVの発言にWとXが同時に息を呑んだ。
他人とすれ違う、それは即ち死を意味するのではないのか。

しかし当の本人は何も気にしていない様子で、くりんと曲がった癖っ毛をいじりながら困ったように笑ってみせた。



「―――なんかホテルに棲んでる妖精か何かと勘違いしてくれたみたいです。
自分で納得した様子で見逃してくれました」





「……………」


「……………」




二人は口をぽかんと開けたまま弟の顔を見ていた。
にわかに信じられない話だがV本人が何もなかったかのようにけろりとしているし多分本当なのだろう。


何はともあれ自分達の手で危険にさらしてしまった弟が無事であったことに胸を撫で下ろし、せっせと身支度に入るWとXなのであった。


>>atogaki



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