音をたてて開かれた扉の向こうに、彼らはいた。
一つのベッドを中心に眠る、兄と弟。
昨晩と変わらず寝返り一つうたず静かに寝息をたてるVの傍らで、膝をついたXが看取るようにベッドに伏している。
二人とも同じ場所で深い眠りに落ちていて、軽く触れたり揺らしたりする程度では目を覚まさないだろうことは容易に想像できた。
それぞれの闘いが終わったそのときから、離れることなくずっと此処にいたのだろう。
毛布から出たままの弟の手は誰かに握られることもなく、柔らかなベッドの端にそっと置かれていた。
それはまるで、自分の帰りを待つように。
「……ただいま」
吐息と共にそう呟くと、Wは静かに二人が眠るベッドの傍に立った。
綺麗な寝顔だった。
全てのことから解放されほっとしたような、そんな顔だった。
それは優しくて、柔らかくて、安らかで、
けれどほんの少しだけ、哀しく見えた。
そっと片手を伸ばして、Vの頬に触れる。
冷えた空気にさらされていたせいか、その肌はひどく冷たい。
体温を分けてやろうにも、そこまでの暖かみはもう自分には残されていないことをWは知っていた。
「情けねぇよな……」
誰に語りかけるでもないその声は、広い部屋に響き渡ることもなく消えていく。
誰一人救うこともなくこうして触れてやることしか出来ない自らの無力さにWは薄く笑った。
何も、出来なかった。
父を此処に連れて帰ることも、
あのときの笑顔を思い出してもらうことさえも。
役割が終わったと使い捨てにされ、
兄弟と交わした約束さえも他人に押し付けた。
託す、といえば聞こえがいいかもしれない。
けれどそれはただ自分の手で果たすことを諦めただけ。
失ったものを取り戻すための闘いから退いてしまった自分は、今やただの敗北者だ。
愛されたい。
取り戻したい。
誰よりも強く、そう願った。
そのためならば奪うことも、汚すことも、自分を傷つけることさえも厭わなかった。
ろくに手当てもせず膿んでいく傷口から目を背けて、苦痛を訴える悲鳴から耳を塞いで、ただ前を向くことだけを考えていた。
痛みを圧し殺し、歪にゆがんでいく心を元に戻す方法さえも知らず、たった一人のために全てを捧げ、何もかもを犠牲にして。
そんな自分の姿が兄や弟に辛い思いをさせていることを知っていながら、立ち止まることが出来なかった。
守りたいなんて思いながら、現実ではただ父親の傀儡として形振り構わず手を汚してきただけ。
本当は、前になんて進んでいない。
どんなに強く求めても、復讐に染まった父の愛なんて手に入らない。
それでも、振り返ればいつもそこに彼らがいて。
Vはずっと変わらない笑顔でWを迎え入れてくれた。
Xは兄として非道な行いを窘(たしな)めながら、密かにその身を案じていてくれた。
許されざる罪を犯した夜も、捻じ曲げられた現実に立ち尽くした夕暮れも。
どんなときだって、Wが一人になることはなかった。
例え日の光が当たらなくとも、いつだって彼らがいる場所が、自分の帰る場所だった。
何があっても、彼らは兄弟のままでいてくれた。
頼りなく伸びていた指が、Vの頬から滑り落ちる。
ぼんやりとした思考が、優しい闇へと溶けていく。
視界が、滲んでいった。
眼から溢れたそれが、頬を伝い濡らしていくのがわかった。
涙なんて、とうに枯らしたと思っていたのに。
許されたのだろうか。
失うことがただ怖くて、失ったことがただ悲しかった、あの頃の自分に戻ることを。
―――ありがとう
おぼろ気になる意識と共に膝の力は抜け、
支えを失った身体はベッドの脇に崩れ落ちた。
切なさを帯びた表情を微笑みのそれに変え、ゆっくりとWは眠りについた。
目覚める頃には、きっと父さんが帰ってきてる。
そのときは三人で、
「おかえり」を言おう。
>>atogaki
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