「よく頑張ったね、W。これでしばらくはXの無駄遣いもなくなりそうだし」



「あぁ。奴の頭も少しは冷えんだろ。
…ありがとな、トロン。
今回のことは本当に、あんたのお陰だよ」



帰り道。Wは隣にいるトロンに歩幅を合わせながらゆっくりと歩いていた。
雲一つない青空に、穏やかな日差し。吹き抜ける風。
普段は耳障りな人々の話し声や車のエンジン音も、今日は機嫌を損ねる要因にはならない。
それくらいWは、気分がよかった。
勝利を噛み締めた後には、全てのものが素晴らしく映る。
唯一あまり良いとは言えないのは、さっきから昨晩のケーキの消化不良を主張し続ける腹の調子くらいだ。

顔にはいつもの営業スマイルに似た笑顔が自然と浮かんでいるが、これは演技などではなく素で笑っているのだ、と心から言える。



「ところでW。
家に帰る前に、ちょっと寄りたいところがあるんだけど」



「なんだ?何でも言ってくれ」



笑顔のまま「あぁ、ケーキ屋以外ならな」と付け足すと、それはもういいよとトロンが首を横に振る。
雑踏のなかで離れないようにとWの服の端を摘まみながら傍を歩く彼の姿は、本当に小さな子供のようだった。

普段外に出ていないのだから今日くらいは映画館でも遊園地でも連れていってやろうというWに対しトロンはそれもいいんだけど、と一拍間おいてから、



「電気屋さん寄ろうよ。僕の部屋のテレビ、十台くらい増設したいなと思ってたんだよね」



「………………

………………………はい?」



言われた瞬間、顔面を構成するあらゆる筋肉が凍った。
爽やかな笑顔を浮かべる顔から、サァッと血の気が引いていくのがわかる。


今、何て?



「だからぁ、テレビ買ってって。
僕のお陰でXに勝てたんでしょ?もしXにお金取られてたらってこと考えたらこれくらいの出費どうってことないよね。
まさかこのお礼が昨日のケーキだけで足りてると思ってるわけじゃないでしょ?」



「………………………………………」



言葉が、出てこなかった。
自分を勝利へと導く天使から絶望へと叩き落とす悪魔へと変貌した少年を前に、Wの頭は考えることを放棄していた。
思考が停止している間にもトロンの聞こえてるでしょ、ねぇ、という有無を言わせぬような声が絶えず響く。



「…………………………はい」



Wは別のものへの敗北を確信した。
ずっとこのフレーズでイビられ続けるという数年後先の未来も見える気がした。



(結局俺の生活って……変わらないんだ………)



馬車馬のように働かされ続けるこの生活の元凶は一人ではないことをすっかり忘れていた。
Xに打ち勝ったところでXの出費がトロンのそれに傾くだけで、結果としては何も変わらないのだ。



逃れることのできない宿命とも呼べるそれに、がっくりと肩を落とすWなのであった。


>>atogaki



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