彼の生活に溶け込むのは驚くほど簡単だと真月は思った。
帰宅時間に合わせてマンションの前に立ち、まるで捨て犬のような目でじっと見つめる。それだけでいい。

僕、帰るところがないんです。

プロデュエリストの片桐大介がそんな子供を放っておけない性格をしているのは調査済みだ。予定通り人の好い彼は少しの間だけならといとも簡単に真月を自宅に招き入れてしまった。子供の姿をしていたということが功を奏したのだろう。もし真月の見た目がありのままのそれであったなら、彼はきっと警戒して家には入れてくれなかっただろうから。

一旦家に入ってしまえば此方のものだ。真月零は瞬く間に片桐の生活の一部と化し、気付けば数ヵ月が経過していた。一緒にいるのが当たり前になってしまった彼らはまるで親子、兄弟、ともすれば恋人同士のような関係でもあった。

毎晩彼が帰宅するのを、真月はカードを眺めながら待っている。夜は二人だけの時間だ。

夕食を摂って、シャワーを浴びて、ソファーに座ってテレビを見る。時計が十二時を回ればなんとなく眠くなってきて二人仲良くベッドに入る。毎日がそれだけの繰り返し。けれど片桐はそんなことが楽しいと言って笑った。真月が来てから、自分の毎日が変わったのだと。

錯覚でなければどんなに幸福だったことだろう。今この瞬間も、目の前にいる真月零が嘘の塊であることを彼は知らない。片桐大介は真月の言葉の裏を探ろうとはしなかった。見えるままの姿を受け入れ、愛してくれる。それがこの上なく心地好い。

並んでソファーに座っているとき、真月はたまに気紛れを起こす。ん、と唇を差し出して、その先の片桐に言う。

この前やってくれたみたいに、僕にキスしてください。

言われた相手は少し困った顔をするが、甘えるように擦り寄ると仕方ないなと言ったふうに頬を包み唇を重ねた。触れ合う粘膜の感触。絡み合う舌。喉から漏れだす声。息も忘れてそれを味わう。

こうしている間に、この上ないほど感じるのだ。
『真月零』は、きっと彼に愛されている。

唇を離すと蕩けるような甘さがあった。満足かいと笑う片桐も、嬉しそうにしているのがわかる。
ほら、あなただってしたかったんでしょう。
彼の心も、全てを手にしているような気持ちになって、真月の胸が膨らむ。

ああ、好きです、好きです、僕もあなたのことが大好きです、大介さん。

疑いもせず何もかもを信じてしまうあなたの愚かさが好きです。
涙を少しちらつかせるだけで包み込んで許してしまうあなたのお人好しさが好きです。

もう少しこのままでいいですか。
僕をあなたの傍に置いてくれますか。
泡沫のように短い時間だけ、僕を愛してくれますか。

真月はぎゅうと片桐の身体を抱き締めた。いつも以上に甘えてくることに彼がどうしたんだいと訊いてきたので、「なんでもないです」とのんびりした声で答えた。

人の体温を感じて温かい。
心臓が動いていて、生きているのだと実感する。

ねぇ、大介さん。今の僕は、すごく幸せなんですよ。

仮初めの関係に本物の愛情など存在しない。けれど何気なく過ごすこの時間さえも真月の皮を被ったベクターはきっと愉しんでいて、気紛れに続けばいいとさえ感じていた。所詮は一瞬のお遊びだ。

自分が真月零であるうちに、いたいけな子どもとして人混みに紛れているうちに、好きなだけ恋して、愛して、楽しめばいい。
いつかはなかったことにされるであろう空っぽの時間を、ベクターは真月の振りをしながら満ち足りたように過ごしている。

人として過ごすのはいつまでだろう。九十九遊馬への復讐計画はまだ最終段階まで進んでいない。
それなら明日も、大介さんと一緒にいられますね。

心の裏側ではいつでも忘れられる準備をしながら、真月は今日も愛しそうに片桐に頬を擦り寄せるのだった。


>>atogaki



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