随分前から町では不可解な殺人事件が起きている。被害は若い女性。
その手口は、体中の血を一滴残らず抜きとられ死に至らされるという、なんとも残忍なものだ。

その被害者たちに一様して言える特徴は、首元に四つの鋭い穴が開いているということ。そしてその傷は首筋の一番太い血管にまで到達しているということだった。


ある日、日番谷神父のもとに近隣の住民からその殺人事件についての相談が入った。その吸血鬼のような手口から、この事件の犯人は「吸血キラー」と呼ばれて、恐れられていた。

若いながらも日番谷神父の信頼は厚く、どんなことでも適確な指示を出してくれると評判だった。いつでも心配ごとがあると、住民たちは神父のもとを訪れる。


「神父さま、どうにかして頂けないでしょうか。私達は吸血キラーに怯えながら生活しています。安心して買い物にも行けないのです…」

「わかりました…まだ情報は少ないですが、俺にできる事はやりましょう」

「ああっ、ありがとうございます…」


日番谷にとって人々の安全や安心が一番に護るべきものである。幼い子供やお年寄りまで、皆が笑顔で暮らす事が何よりの幸せであった。



ひんやりとした夜の空気の中、日番谷は路地裏を見回っていた。じっとしているだけでは何も解決に繋らないと思い、調査に出ることにしたのだ。
三十分程度見回って、特に変わったこともなかったし、身体も冷えて来たので、住家である教会に戻ろうとした。



そのとき、



ズズズ…っと何かを吸うような、啜るような音が聞こえた。ちょうどこの角を曲がったところくらいからだ。

日番谷は怪しく思い、ゆっくりゆっくり、出来るだけ音を立てないようにその音がする方向へ足を進めた。

確実に何か生命体がいるその場へ、息を詰めて近付いていった。心臓が激しく鳴っている。握った手にもじんわりと汗がにじんだ。


「……っ!!」



思わずその眉間を険しく寄せて、翡翠の瞳を見開いた。角を曲がって、数十メートル先に見たものは、口元から血を滴らせた銀色の髪の男だった。

男の腕の中にはぐったりと力の抜けている若い女が抱かれている。その女は確か先日教会で式を挙げた、自分が誓いを取り持ってやった女ではなかっただろうか。


日番谷がしばらく言葉を失いその場を動けないでいると、銀の髪を持ったその男がジュルっと口を拭い、こちらを振り向いた。
外灯の灯だけでは暗すぎてよく見えなかったが、その顔は笑っていたように思う。



「……てめえ、何者だ。その女を離せ」

「………」

ようやく状況が掴めて来て、自分のすべきことが見えてきた。頭の中で冷静に結論が下る。……この男が吸血キラーだ。




「あァ、見られてもた」


男は全く悪びれる様子もなく、淡々と呟いた。


「どういうつもりだ…何故こんな事をする」

「何故って…只の食事や。アンタには関係あらへん」

「食事……?」


ジリジリと男との距離を詰めて行く。良かった、先ほどの女はぐったりとはしているがまだ息をしているらしい。

「………お前は、何が言いたい」

「せやから只の食事や言うてるやろ。アンタかて魚やら肉やら食うやん?それと一緒や」

「お前は……血を吸って生きているのか」

「そうや、まさか"吸血鬼"知らんなんてことないよな?」


吸血鬼…
前に確か本で読んだことがある。人の生き血を吸い、生き長らえる伝説上の生き物。嫌いなものは銀弾と十字架とニンニク。杭で心臓を打つか銀弾で脳を打ち抜くかすると、死ぬ。
あいにく、今日番谷はそのどれも持っていなかった。一体誰が普段の生活の中で吸血鬼に遭遇することを想定し、ニンニクを持ち歩いているのだろか。もしいるのならば是非一度お目にかかりたい。


「本物、なのか…?」

「そうや、ボクが純血最後の生き残り」

まさか。吸血鬼なんて、伝説の上でだけの、架空の生き物じゃないのか?実際に見るのなんて、もちろん初めてだ。


たとえもしこの男が本当に吸血鬼だとしても、人間を殺めていい理由にはならない。この男の手によって幸せな人生が最悪の形で幕を閉じた者が何人いるだろうか。それを考えると、チクリと胸が痛んだ。


「なァ、アンタのせいでまだ、食事が途中なんやけど」

気がつけば、吸血鬼はすぐ目の前にいた。いつの間にか間合いがほとんどなくなっていた。
顎に手を掛けられるこの位置に来るまで、まったく気付かない程に、滑らかで優美な動きだった。


顎を持ち上げられて、肩がびくりと反応した。改めて近くでその男を見た。
まったくと言っていいほど日に焼けていない真っ白な肌、二本の鋭い歯、そしてうっすらと開かれた瞼の間から覗く真紅の光。

この手を振り払って逃げなければいけないのに、頭の中で警報が鳴り響いているのに、何故か身体は言うことを聞いてくれなかった。一歩も動けなかった。



「手を…離せ、吸血鬼」

「市丸ギンや」


日番谷が掠れた声を絞り出して言う。
それに対して唐突に紡がれたその言葉は、男の名前…なのだろうか。意外にあっさりと離された手をヒラヒラと振って、男、…市丸ギンは振り向き、歩き始めた。

「ちょっと待て!何処に行く気だ!まだ話は終わってない」

「ボクはアンタとする話なんかあらへんよ」

市丸は地面に放置されたままの先ほどの女には目もくれず、どんどん遠ざかって行く。日番谷は弾かれたように駆け出した。市丸のヒラヒラなびくマントのような衣類を掴む。

「…っ待て!もう誰も襲わないと誓え!誓わないと…」

「誓わんと何?」

「………今すぐ殺す」

ギロリと睨んで告げると、二人の間に暫くの沈黙が走った。遠くで犬が吠えている声が耳に入った。


「…は!笑かすなぁ。アンタ杭も銀弾も持ってへんくせに、どうやって殺すつもりや?」

「そ、れは…!」

男は日番谷を背中越しに見下ろしてくつくつ笑う。ひどく人を見下した、冷たい笑いだった。


「ええよ」

「は?」

「もう襲わんどってあげても、ええよ。一般人には一切手ェ出さんって誓うたる」

「本当か!?」

こんなにも上手く行くなんて予想外だった。こんな男がいとも簡単に誓いなんて立てるはずがないと思っていた。それでも、何としてでも止めるつもりだったが。


「ただし、」


ニヤリと尖った歯が覗く。一本立てた市丸の長い人差し指が、日番谷を差す。


「ただし。生け贄として、アンタを頂戴。アンタ一人と町中全員の命が引き換えや。どや?安いもんやろ、…神父さん?」


銀色の髪と真紅の瞳を持った吸血鬼は、にんまりと口元を歪めながら、怪しく笑った。





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