すっかり暑さも落ち着いて、涼しく、過ごしやすい季節がやってきた。日が落ちるのも随分と早くなった。


俺は早めに仕事を切り上げて自室に戻ろうと席を立つと、執務室の入口に見慣れた男がいるのを見つけた。柱に寄り掛かって、優しい表情をして立っていた。
…いつからそんなところにいたんだ、全然気が付かなかった。


「お前も終わったのか?」

「うん、今日は真面目に働いたんやで。イヅルもなんや感激しとった」

「へえ、珍しいな。明日槍が降ったりして…」

「そら堪忍や」

多少の嫌みを込めつつ口端をゆがめて言うと、市丸は楽しそうにくつくつ笑った。相変わらず、気を抜いていたら思わず見とれてしまいそうな綺麗な笑顔だった。


今までいた部屋から出て、鍵を閉めながらながら何気なく提案してみる。ふと思い付いたのだ。

「なぁ、今からちょっと散歩に出ねえか?」

「ええよ、もちろん。…二人でデートなん、久しぶりやなぁ」

「デ…っ」


デート。こちらを嬉しそうに見つめながら発せられたその単語に、思わず頬を染めた。

俺はデートという単語を聞いただけで頬を染めるほど、純情で初々しいつもりは更々ない。
それこそデートなんて数えられないくらいしたし、キスもそれ以上の事だってもう何年も前から経験済みだ。
けれども。別にそんなつもりもなく、ちょっと二人で歩きたかったというだけの単なる思い付きをデートと称されれば、それがひどく特別なことのように思えてしまう。自分がキラキラした臭いセリフ吐いてしまった錯覚に陥って、ちょっとばかし恥ずかしくなってしまった。…不覚。


「赤うなって、可愛えなぁ」

「うるせえ。やっぱいい、さっきのナシ」

「あ、うせやん!ちょ待ってやー」


ぽっぽっと照る頬はそのままに、とにかくその場を離れようと目的地もなくズンズン歩いて行く。しかし俺よりはるかに歩幅の大きい市丸が追いつかないわけもなく、すぐに隣りにやってきた。


「なぁなぁ、せっかくのデートやし手ぇ繋ごうや」

「許可する前に繋いでんじゃねえかよ!」

「ええやんええやん。…冬のおててちっさ〜、紅葉みたいや」

そっとすくい取られた手は、市丸の大きな骨張った手に包まれた。そして指が絡む。
市丸の存在やら温もりやらが、その触れ合った手の平からダイレクトに伝わってきた。
……頬が熱いのは先ほどの名残だ、手を繋いだからではない。決してない。


その触れ合った手を変に意識してしまわぬように(もうすでに遅いけど)、俺は眉間にぎゅっとしわを寄せ、地面に視線を落とした。
あ、アリが何か運んでる。なんてどうでもいいことを考えてしまう。


「紅葉のおててええなぁ、可愛えなぁ」

市丸がむにむにと繋いだはずの手を揉んでくる。何が楽しいんだか理解不能だが、その声は弾んでいた。

「…つーか紅葉って、その赤ん坊に使うみたいな表現やめろ、腹立つ」

「ええー、可愛えって褒めてんのに」

「ちっとも嬉しくねえよ」


紅葉とか言いやがって、そこまで小さくねえよ、失礼な。なんならほっぺに紅葉の跡でもつけてやろうか。

…なんてのは勿論心の中の声で、実際は結構甘い雰囲気だった…んだと思う。

チラッと見上げて見た市丸の顔が、どうしようもなく緩んでて、俺までつられそうになったから。



風が心地よく吹いて、爽やか…むしろ肌寒いくらいのはずなのに、こんなに温かく感じるのは、触れ合った手が温もりを発しているからだろうか、それとも俺の顔に熱が集まっているせいだろうか。



「冬の手見てたら紅葉見たくなった」という市丸の言葉で、俺達は楓やイチョウが立ち並ぶ通りを歩いている。もちろんお互いの手はぎゅっと絡めたままで、幸せをかみ締めながらつかの間のデートを満喫している。

地面は赤や橙、黄色など、色とりどりの葉で覆われていて、足を一歩踏み出す度に、パリパリと小気味の良い音を立てていた。



***END***

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