※日番谷副隊長が素直すぎる副官パロ
「なぁなぁ冬ー」
「何ですか…仕事に関係ない事でしたら黙ってください」
「お散歩行かへん?たまには休憩も必要やでー」
「休憩なら十分前にしたばかりです。仕事して下さい」
「いけず〜」
三番隊の副隊長に任命されてから早一か月。
少しだけ市丸隊長の扱いにも慣れてきた。(学んだ事は、"真面目に相手をすると日が暮れる"という事)
日番谷の上司である市丸は、いつもだらけていて、真面目に仕事をしているところなんて見た事がない。
遅刻出勤なんか当たり前だし勤務時間中ふらふら出歩くし、隊長の署名がいる重要書類でなければ絶対に筆を持つこともない。正直言って、何故こいつが隊長になれたのか理解出来ない。
確かに、隊長からは消してはいるが強い霊圧を感じる。霊術院を一年で卒業したという噂も聞いているし、腕が立つのは確かなんだろう。
だけど、それ以外が足りなさすぎる。
人柄、勤勉さ、隊長としての自覚責任、リーダーシップ。どれをとっても隊長に相応しいとは思えなかった。
書類を裁く手は止めずジッと隊長を観察していると、机にだらーんと張り付いて、暇や暇や暇や暇やー!と叫び出した。
「暇なら、ちょっとは俺を手伝おうって気にはならないんですか」
「冬に色々経験させてあげよー思うて。別に面倒やから押しつけとるわけちゃうで!」
「嘘をつけ嘘を!」
ドンドン!そのとき、二人のいる部屋の扉が荒々しく叩かれた。
「何?入ってええよ」
「失礼致します!市丸隊長、日番谷副隊長!総隊長殿から、至急一番隊に来るようにとのご命令です」
「総隊長?何やろね」
「ご苦労だったな。下がっていいぞ」
「はっ、失礼しました!」
なぜ総隊長は地獄蝶を寄越さなかったのか、と疑問に思う前に日番谷は市丸に腕を引っ張られた。
「隊長?」
「遅れたらうっさいからなぁ、はよ行くで」
「はい!」
一番の文字が書いてある重々しい扉の前に立つと戸は二三秒待ってギィ、と音を立てながら開いた。
総隊長は部屋の奥の椅子にゆったりと腰掛け、その立派な髭に隠れる杖に顎をもたげていた。
座っているだけですごい威圧感だ。
近付いて、二人並んでその前で頭を下げると、鋭い声で「馬鹿もん!!」と怒鳴られた。
怒鳴れ慣れていない俺は一瞬びくっと跳ねたが、直ぐさま何事もなかったように顔をあげた。
「総隊長さん、いったい何事ですの?」
何故自分たちは怒鳴られているのだろうか。まったく心当たりがない。
隊長にわかる?と目配せされて、正直にふるふる首を振って返した。
「先日の書類、三番だけ出ておらんようでの。まさか紛失などしておらんじゃろうな」
「書類?何のです?」
「五枚束になった、表に重要書類の赤判が押してあるものなんじゃが…おや、心当たりがあるようじゃの」
やっと総隊長のご立腹の意味がわかってきて、だんだんと顔が青ざめて来るのを感じた。
確かにその書類は――――決して無くさないようにと、俺が二週間ほど前に受け取ったものだった。
「す、すみませんでした!!」
「謝って済む問題では無いのじゃよ」
「え何?冬どうゆうこと」
「えっとあの…」
あちゃー、とやってしまった感と絶望感とに苛まれながら、俺は隊長と総隊長に向かって事情を話し出した。
二週間前、日番谷は確かにその書類を受け取った。そして無くさないようにと厳重に注意を受けていたので、直ぐさま隊長にサインをもらいに行った。
がしかし、だらだらしていた市丸が湯呑みを割って、お茶をこぼしてしまった。その騒ぎに気を取られて書類を傍らに置いたまま、こぼれた茶を拭く作業と市丸を怒鳴ることにせいを出してしまったのだ。もちろん書類のことなどもう頭になく、二週間の間、まったく思い出す事もなかった。
「…自覚が足りんの」
重々しい空気の中、総隊長が口を開いた。長々しい説教が始まる合図だった。
「…はい、すみません」
「まだ就任して一月じゃから自覚が湧いとらんのも分かるがの。副隊長として隊長にきちんと書類が届くようにするのは当然の義務であって、あまつさえ忘れるようなこと…。それに日番谷副隊長、たった一人のミスで御廷隊全体がどれだけ迷惑を被っておるかちゃんと理解…」
「…ちょっとええですか」
俺は重要書類をなくしてしまったという事実と、総隊長直々に叱られているという現状に、小さくなって俯いていた。
そして永遠続く総隊長の小言に悔しくなって、苦しくなって、拳を握り締めて唇を噛んだ。情けなくも込み上げて来る感情の波を、必死に喉奥でかみ殺していた。
だけどそれももう限界、じわっと翡翠が潤んできたとき、今までずっと押し黙っていた隊長が口を開いた。
「そない怒ること無いやないですか。悪いのは書類の存在に気付けへんかった僕です。それに、部下の失敗は上司の責任ですやろ?」
「では…市丸隊長が責任をとると言うのかね?」
「もちろんです」
「ちょ…市丸隊長!」
「ええから。冬は黙っとき」
なんかすごく大袈裟な話になってきているような気がして口を挟むと、隊長に頭をぽん、と優しく叩かれて焦った心が少しだけ落ち着いた。
「冬には僕の方からきちんと言うときます。せやから今日のところは許したって下さい」
「ふむ…そこまで言うのならば」
「ほんなら失礼しますわ。冬、行こうか」
「あ、はい!総隊長殿、本当にすみませんでした。今日中には探し出して提出致します!失礼しました」
ぺこりと総隊長に頭を下げ、小走りで追い付く市丸隊長の背中を、今までで一番大きく感じた。
ちょっとだけ、見直したというか何と言うか、後ろを付いて行く距離が近くなったような気がした。
「隊長、本当にすみ…」
「謝罪やったらいらんで、元はと言えば僕の責任やしな。まぁ、お礼やったら大歓迎やけど」
振り向いてにこりと笑う隊長に、立ち止まって深々と頭を下げた。総隊長の長い説教から救いだしてくれたのと、俺のために責任を取ると言ってくれたこと。そして俺を、副隊長として側においてくれたこと。全てに感謝しての一礼だった。
「本当にありがとうございました!!俺、今日のことで市丸隊長のこと少しだけ隊長って認められました」
元気よく言って顔を上げると、困ったような顔の市丸隊長がいた。
「めっちゃ爽やかでいい笑顔やねんけど君……認めてへんかったんや?」
「え?あ…いや、…」
「ま、ええわ。この際やから本音で話し合お。何でも言うてええよ」
隊長が笑顔で促してきたので、その言葉に甘えて一つだけ要求してみる。一応遠慮はあるので、小さめの声で。
「…じゃあ、もう少し、書類整理を手伝って欲しいです…」
「んー?ああ、言うてへんかったっけ?僕実は字が書けへんねや」
「え、まじかよ…?」
「うんほんま。せやから悪いけど、これからも書類は頼んだで」
「……はい!」
一番隊からの帰り道を、今までよりずっと近くなった距離で話しながら笑って歩いた。
隊長の今まで働かなかった理由だとか、隠された真面目な一面だとかを知れて、すごく嬉しかった。
これからもっと良好な関係を築いていける予感がするのは、決して気のせいでは無いだろう。
End
(おまけ)
「隊長ー!!松本副隊長に聞いたんですけどあれ、嘘だったんですか!?」
「あれって…?」
「隊長が字が書けないって言ってたやつ…!」
「あー…バレてもうた?」
「くそ!完っ全に騙された…」
日番谷がその事実に気付いたのは、あの日からちょうど三か月後のことだった。
End
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思ったより長い文になってしまいました。
15000打を踏んで下さったゆかり様、大変お待たせいたしました!
リクエストは『ヒツ副官パロで、仕事はサボるけど、いざというときにはヒツを守ってくれるギン。ちょっぴりシリアスめ』だったんですけど…シリアス完全無視。すみませんでしたぁぁあ!!!
最初は戦闘中助けてくれるかっこいいギンな予定だったんですけど、何分私が戦闘描写が苦手なもので…(才能的な意味で)
こんな妙に生温い文になってしまいました。
こんなんで良かったらお納め下さいませ。
リクエスト本当にありがとうございました!