確かに恋だったさまより拝借




夏の日の夜。
市丸は日番谷の部屋にいた。目的は、そう、お別れを告げるため。


旅立つのだ、反逆者として。


通いなれた最愛の人の部屋は、月明りのみで十分明るかった。明るく降り注ぐ月光は二人の髪を照らし、綺麗な銀色を映していた。



「そういうわけやから、明日には行かなあかんねや…」

「そうか、寂しくなるな」

「引き止めてはくれへんの?」

「止めたって行くんだろうがよ」

「それもそうやなぁ…」


二人は向かい合わせに座っていた。そしてお互いの姿を目に焼き付けるかのように、ひたすらに見つめあっていた。まつげがぱたぱた動くのも見えるような距離。必死だった。


「ぼくのこと、忘れんといてや…」

「忘れてたまるかよ。お前を忘れるってことは、今日まで生きてきた何百年分の記憶もなくすってことなんだからな」

「せやね…ぼくも、忘れへん。たぶん毎日君のこと考えてると思う」

「考えるのは自由だが、ぼーっとしすぎてヘマすんなよ間抜け」

「わかっとる。失敗したら意味が無いんやから…」


明日、尸魂界を去る。
たぶん、二度とは戻ってこれない。

行きたくない、離れたくない。
離したくない、捨てたくない。

何度も何度も考える。
世界とは、この平穏な温かい生活を捨ててまで守る価値があるものなのだろうか。
このまま二人で世界が滅んでゆくのを見るのもまた、選択肢の一つではないだろうか。

その度に何度も何度も言い聞かせた。いつまでも逃げようとする自分を律するために強く思った。
たとえ価値のないものだとしても、行かなければならないのだ。絶対に。
最愛の人を守るために…。



「お前はかっこいいよ、市丸」

「日番谷はん…?」

「他の誰も出来ないようなことを、たった一人でやり遂げようとしてるんだ。すごくかっこいいよ、ほれ直した」

「日番谷は…」

「やっぱり俺の愛した市丸は、世界を見捨てるような奴じゃなかった」

「……」

「だから、そんな泣きそうな面すんなよ。せっかくのヒーローが台無しだぜ?」

「…っ、」


静かに伸ばした日番谷の手は、市丸の頬に優しく触れた。銀色のまつげが濡れる。頬に添えたちいさな手に、ぽたぽたと涙が伝った。


「だから泣くなってば。俺まで泣きそうになるだろ?」

「日番谷は…ん」

「ん?」

「ぼく、君のこと好きやった…。愛しとる、好き、だいすきや…」

「知ってる。俺もだよ…」


近かった距離をさらに縮めて、日番谷は市丸を抱きしめた。肩口に市丸の涙が吸いこまれていく。自分よりもはるかに大きな身体なのに、ひどく脆く思えた。


「いろいろありがとうな…。死ぬんじゃねえぞ」

「うん、君こそ…」

「好きだよギン。これからもずっと、お前だけを愛してる…」

「ぼくも、や…っ」


涙を吸いとるように、目尻に唇をよせる。ちゅっちゅ、と音を立てながら頬や口にキスを落していく。


「まったく、いつもとまるで立場が逆だな」


そう言いながら綺麗に翡翠を細めて、日番谷はほほ笑む。心なしか凛としたその翡翠も、いつもよりも多く水分を含んでいる気がした。


「どないしよ、止め方が…っ、わか、らへん…」


そう言い、よりいっそう水滴をあふれさせる市丸。綺麗だな。この状況で日番谷は思った。

市丸の泣き顔なんて、はじめて見た。
たぶんこれを知っているのは、俺、一人だけ。嗚咽を押し殺すように唇をかむのも、苦しそうに眉根をよせるのも、とても愛しい。

久しく泣いてなどいなかったのだろう、溢れる涙を止める術を持ちあわせていない。そんな市丸をたまらなく愛しく感じた。



「泣く…なよ、」


もう一度強く抱きしめなおして、呟いた言葉は震えていた。いつの間にかこぼれ落ちた涙をぬぐうこともせず、月明りのしたで二人、ひたすらに泣いた。

来たるべき、決戦の日を思って。
離れていく、恋人を想って。






END


攻めが弱気なの萌え。
攻めの涙萌え。
やたら男前な日番谷さんと、弱気市丸萌え!!


ちなみに今回「ボク」から「ぼく」にしてみました。これからこれで行こうかな。


2009.7.24
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