(市丸専用)
藍染たちの反乱後、俺達先遣隊が現世に派遣されてから、早くも三日が過ぎた。
現世の『高校生活』とやらにも大分慣れてきたところだ。
この三日で現世の学問も、学校に通うのに困らない程度には理解できた。
そんなわけで、授業にも一応参加している。
実は今現在も授業中だったり…。
俺の席は窓際一番後ろの、特等席、らしい。
昼間特有の暖かい日が差して、俺の意識をぼんやりとしたものに変えていく。
『ここ重要だからメモしとけよー!』
黒板をばん、と叩きながら力説している数学教師。
そんな教師を遠目で眺めながら、自分の院生時代を懐かしんでいた…。
その時だ、
「…っ!」
俺は僅かに虚の霊圧を感じ取った。松本、阿散井などの他メンバーも気付いたらしく、はっとしてこちらを振り返る。
そしてそれとほぼ同時に…。
『ホロ゙ーウッ!ホロ゙ーウッ!ホロ゙ーウ!…』
「うおぉう!?」
突然大音量で鳴り始めた代行証。それに慌て驚いて声を上げる黒崎。
代行証の音は、もちろん死神にしか聞こえないわけで。
『黒崎、どうかしたか?』
「えっと…きゅ…、急に腹が…」
『そうか、じゃあさっさと便所行って来い!』
この一言で、黒崎は完全に下痢だ、ということに。
クラスの何人かから冷やかしの言葉がかかった。
大虚二体、か…。
黒崎が必死に言い訳し、誤魔化している間に霊圧を探ってみると…。
ここから5km以内の所に大虚が二体。大して強くは無いギリアンだが、早めに片付けないと面倒だ…。
「じゃ、じゃあトイレ行って来まーす…」
そろりと教室から抜け出そうとする黒崎を呼び止める。
「待て黒崎、俺も行く」
「冬獅郎!?」
「日番谷隊長!?」
椅子から静かに立ち上がった俺に、驚いたように目を向ける死神メンバー。
何だ、俺が行っちゃ悪いのかよ…?
「ほんとに隊長が行くんですか?珍しい…」
「ああ、早く倒したほうがいいだろ。何が珍しいんだ…?」
「だって今抜けたら、一護と同じく『下痢』って事にされちゃいますよ?
隊長絶対嫌がると思ったんですけど…」
「………………………、行ってくる。」
少し考えて…。
その場で義魂丸を飲んで死神化するという結論に至った。
取り出した義魂丸を勢い良く飲み込み、義骸から抜け出すと。
窓に足をかけ、少し頼りない、今は義魂丸が入っている自分の身体に声をかける。
「キング、あとは頼んだぞ!」
「はい、…なのだ!」
返事を聞くと、俺は後ろも向かずに窓から飛び降り、グランドを駆け出した。
「冬獅郎っ!待てって!」
いつの間にやら追い付いてきた黒崎に名を呼ばれる。
「日番谷隊長だと何度言えば分かるんだ!」
何度目の台詞だろう…。
いい加減訂正するのも面倒なんだがな…。
「堅いこと言うなよ冬獅郎。つーか虚は?何処だ?」
「こっちだ。…話には聞いていたが、まさかここまでとはな…」
「?何だよ」
「いや、独り言だ。気にするな」
ここまで探知能力の低い奴も珍しい。
良くこれまでやってこれたもんだ…。ある意味すげえよ黒崎…。
と、つまらぬ事に感心していた時。
「…!来たぜ」
綺麗に澄んだ空の割れ目から、不気味な身なりをした二つの黒い巨体が現れた。
メノスが二体も同じ場所に現れるなんて聞いた事もない…。これも崩玉の影響なのか…?
「黒崎、俺が氷輪丸で凍らせる間におまえは…っておい!黒崎っ!」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、行くぜ冬獅郎!」
「…ったく!」
効率よく手早く倒すための方法を説明していたにも関わらず…。
俺の言葉を聞かずに虚に向かっていった黒崎。
なんて無茶苦茶なやつなんだ…!
だがパートナーがどんなヤツだろうと、合わせてみせるのが隊長格。
なびく死覇装の後を追って、俺も大虚に斬りかかった。
「楽勝だったな冬獅郎!」
満面の笑みで肩に手を回し、ぽん、と叩いてくる黒崎。
「日番谷隊長だ。アイツらはギリアンだからな…。アレにてこずっている様では後々困る」
「はいはい。相変わらずかったいなぁ、冬獅郎は」
少し呆れ気味に、肩を竦めながら言う橙色。
「うるせぇよ。それよりお前、早く戻ったほうが良いんじゃねえか?……随分長い便所だと思われるぞ」
「……ああーーッ!!」
ニヤリと笑って放った俺の言葉に、思い出した様に叫ぶ黒崎。
イマイチ信用出来ないからと言って、義魂丸を使わなかったので。
今ごろは下痢と激しく闘っている事になっている。
己の面子とプライドに懸けても、いち早く戻ったほうが良いのは言うまでも無い。
「…あーやべえっ…冬獅郎!後は頼んだぜッ!」
それだけ言い残し、瞬歩で学校に戻っていく黒崎。
その後ろ姿を見送りながら、俺は報告書の作成を始めた。
『九月十一日、午前十時十六分。現世空座町北西部において、大虚が二体出現。戦闘能力、知能、いずれに置いても目立った進化はなし。しかし同位置に二体同時に現れたことが、少々気掛かりではある。……』
カチカチと音を響かせながら、現世の携帯電話に似た機械に文字を打ち込んでいく。
空は青く澄み、爽やかな風が吹いている。
そのとき俺は、伝令神機での報告書の作成に集中していたため、背後に近付く霊圧に気付く事が出来なかった。
「ッ!?ふ…んん…っ!」
後ろから長い指で、突然に目と口を覆われた。
自分のくぐもった声。
驚いた俺は、必死でもがいて、振りほどいて、その手から逃れた。
「な、にすんだっテメェ市丸!!」
「あらァ、バレてもうた?」
叫ぶようにして言いながら振り返ると、わざとらしく困った顔をしてみせる市丸がいた。
「こんな事するの、テメェくらいしか居ねえだろ!」
「なんや、つまらんなァ」
『つまらない』そう言うわりには、当てられて嬉しそうな表情だ。
だいたい霊圧とか、触れ方とかで、バレバレだっつーの。
最初こそ気付かなかったものの、市丸の霊圧くらい、ちょっと集中すればすぐに分かる。
たとえ消していたとしてもだ。
何年一緒にいると思ってんだ馬鹿…。
「つーかおまえ、いつまでこうしてるつもりだ…?」
さっき目と口を解放された代わり、俺は座った市丸の膝の上に座らされていた。
向かい合うでも、背中を向けるでも無く、横向きで。
「ええやないか、別に」
「良くねえよ」
意味のない否定の言葉を口にし、俺は横向きに座ったまま、顔だけ市丸に向ける。
その距離は、俺が思ったよりずっと近かった。
「冬、ちゅーしてええ?」
「いちいち訊くな」
不覚にもちょっとドキっとしてしまい、可愛げのない言葉で誤魔化す俺。
ゆっくり近付き触れ合う唇。重なったまま離れない。
…………。
その中で、僅かな違和感。
触れ合うだけのキスだが、何かが違う…。
上手く説明出来ないけど、微妙に違う。
「市丸……?」
俺は目を開けて、市丸を下からのぞき込む。
市丸のキスが、いつもよりちょっとだけ強引だったから。
「なん…?」
「何があった…?」
そう問い掛ける俺に。
「別に……『冬獅郎』は現世で楽しそうやなぁ、思て」
すねたような素っ気ない返事。
普段呼ばない俺の下の名。
そして俺の目を見ようとしない…。
もしかしなくてもコイツ…………。
「嫉妬か………?」
何に対しての嫉妬かは分からないが、市丸がこんな風になるときは、大抵が妬いてるときだ。
「何に妬いてるんだよ?」
気になって訊いてみる。
俺は今日は学校に行って、その後虚を倒しただけだ。
妬く要素なんかねえだろ…?
「黒崎クン…」
弱々しい声でそれだけ口にする市丸。
「あ?黒崎?」
「冬獅郎…冬獅郎て、名前呼んどったやないか〜!」
弱々しく小さな声から、だんだん叫ぶように。
そしてへにゃりとゆがむ顔。
実に情けない声を出している。
「いつの間にそういう関係になったんや!ボクがちょおっと裏切ったからって…」
市丸は拗ねたような怒ったような顔をする。
だがそれよりも、聞き捨てならない言葉が…。
「ちょっと待て!いつ俺が黒崎とそういう関係になった」
「仲よう名前呼び合うて…。ボクかて『冬獅郎』なんて呼ばへんのに…!」
俺の話を無視して愚痴を続ける市丸。
「呼び合ってねえし!どう見ても一方的だろ」
「冬の浮気者〜!阿呆、最低、愛しとる〜」
目の前の狐は、わざとらしく指を目の下に当て、泣きまねを始めやがった。
「あのなぁ…」
何考えてんだ、こいつは。
俺が浮気なんてするわけねえだろ…。
こんなに市丸しか見えてねえっつーのに。
信じろよ馬鹿…。
「冬んこと冬獅郎て…ブツブツ…」
「まだ言ってやがんのか」
少し落ち着いたと思えばこれだ。
こいつの嫉妬はたちが悪い。
「しゃあないやろ〜、黒崎クンばっかずるいやんかぁ」
「馬鹿か。妬くくらいならてめえも呼べば良いだろ」
「……冬獅郎、て?」
少しの間のあと。
眼を見つめながら言われると…。
直接呼ばれたわけじゃないが、ドキッとしてしまう。
少しだけ紅がさした顔を、誤魔化すようにそらして言う。
「俺は気にいってんだがな…」
「…何を?」
「その…アレだ…、ふ、冬ってヤツ…」
どぎまぎしつつ、必死で伝える俺。
頬がみるみるほてっていく。
「おまえだけの特別な呼び名って感じがして……好きだ……」
最後の言葉は、聞き取るのも困難なくらい小さな声で…。
独り言のように呟いた。
それでも市丸にはしっかり届いたようだ。
「ふ、冬〜〜っ!!」
未だ膝に座ってた俺を、市丸は力を込めて抱きしめる。
「離せ馬鹿っ!早く虚圏に戻りやがれ」
「そないなこと言わんとー。冬〜、大好きやで〜」
俺が市丸と出会ってから、『冬』と言う呼び名は何度口にされただろう…。
お前が嬉しそうに呼ぶその名も、静かにしっとり呟く名も、耳元で吐息混じりに囁く呼び名も…、
全部全部大好きだ…。
願わくば一生この呼び名が…、市丸だけのものでありますように…。
End
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冬藤はるか様より、『市丸離反後の日番谷先遣隊で、一護が冬獅郎って呼ぶのに嫉妬する市丸』なんて素敵なリクエスト頂きました♪
可愛いくしよう!
って思って書いてたんですが…。最初一向に市丸が出てこなくて焦りました!
市丸さん!何やってたんですかっ!(知るか
市丸出てきてからの展開は大体妄想できてたんですけど…。どうやって一護を絡ませようかめちゃめちゃ悩みました。
…そしてこの結果。
無駄に一護出しすぎましたι
ではではこんなお話ですが、3500踏んで下さった冬藤はるか様に捧げます!
ありがとうございました!
2009.2.2
新菜