気づかされる






「ひ、つがや隊長!好きです!好きなんです」

「おい、ちょ…」

十番隊の書庫でたまたま一緒になった自隊の隊員。当たり障りのない世間話をして先日の討伐での実績を誉めてやると、「俺のこと覚えてくれていたんですか!?」とやけに興奮していたから、努力してるやつのことは覚えてるぞというようなことを言ったと思う。
それから急に黙り込んだので俺は本来の目的である資料探しに戻ったのだが、どうしてこんなことになったんだろう。

日番谷隊長、とぼそり呼ぶ声が聞こえたから振り向くと、突然に腕を掴まれ書架に押しつけられる。腕に抱えていた本がバサバサ音をたてて落ちた。


「な、なにすんだ」

強い力で押さえつけられている腕と背中が痛い。引き剥がそうにも体格の違いでびくとも動かない。

「日番谷隊長、好きです」

「何言って…」

「好きなんです…っ」

息も荒く目が据わっている。とても正気ではなさそうだ。
我を失っている人間は変に刺激しないほうがいい。そう考えて、うまい抵抗もできずにされるがまま押さえつけられていた。


「とりあえず落ち着け、頭に血がのぼってるだけだろ?」

「俺は本気です!ずっと隊長のこと…!!」

「っ…?!ん゙ん〜!」


突然顔が近づいてきて、抵抗する間もなく唇を奪われる。
呆けて緩んでいる唇のあいだから舌がにゅるりと入り込んできた。瞬間、悪寒が走る。もう相手が正気でないとか悠長なことを考えている場合ではなくなって、口内で好き勝手暴れようとする舌が気持ち悪くて、思いきり噛んでやった。

「い゙…ッ」

痛みで押さえつけられていた力がゆるんだ。その隙に拘束を抜け出して、右も左もわからないまま瞬歩も忘れて全速力で駆け出した。






「あれ…日番谷さん?どないしたん?」

「市、丸…」

気付けば無意識のうちに市丸の霊圧を追いかけていたようで、三番隊の隊舎裏にいた。

「別に、なんでもねぇ…」

「息乱れてはるしなんでもないわけな…。!?」

言いかけて何かを見つけたみたいに市丸の目がカッと見開かれる。


「ちょ、なんやその唇!?どないしたん!?」


嫌悪感から、唇に残った感触を忘れたくてゴシゴシと袖でぬぐった跡。何度も何度も。
市丸以外とのキスなんて一刻も早く忘れてしまいたくて、なかったことにしたくて何度も何度も擦るうちに唇は切れて赤くなってしまっていた。
たしかにひりひりと痛いと感じてはいたが、そんなことよりも、意図的ではないとはいえ他の男とキスをしてしまった事実をどうにかしてしまいたかった。


「日番谷さん。どないしたん、言うて」

「……」


自分以外の男とキスをしたなんて知ったら市丸は嫌に決まっている。平素から何かと独占欲が強いやつだし「こんなことするのはボクとだけやで?」といつも言っているから、もしこのことが知られてしまうと嫌われてしまうかもしれない。
嫌われるとまではいかなくとも、汚れてしまったと思われるかもしれない。

頭の隅の方では市丸はそんなこと思うようなやつじゃないってわかっているのに、どうしても怖くて言い出せない。


「冬獅郎お願いや、何があったか教えて」


言いたくない言いたくない。知られるのが怖い。市丸に知られたくない。


「…っ」


じわっと熱いものがこみ上げてくる。
なんで俺がこんな思い…


「冬獅郎…!」

きゅうっと抱き締められて市丸の腕に包まれる。溢れた涙が市丸の胸を濡らす。黒の布が色濃くなった。


「ごめん、言いたくないなら言わんでもええ。けど一人で抱え込まんといて?辛いならボクのこと頼って」

「…っ」

「ボクは絶対に冬獅郎のこと嫌いになったりせんし、いつでもキミの味方や」

「ちまる…」

安心させるようににこりと笑って、涙をぬぐってくれる。鼻孔を掠める市丸の匂いに少しだけ落ちついてくる。

涙が止まるまでしばらくそうして腕のなかにいて市丸を感じていた。
言葉にしたくはなかったけれど、市丸に秘密にしておくのはなんだか申し訳なくて、周りの音にかき消えてしまいそうな声でぽそりと呟いた。


「……キス、された」

「そんなんただの事故やから」

粗方想像はついていたようで、俺のちっぽけな呟きを即座に否定してくれる。


「でも俺、おまえ以外と…」

「日番谷さんの意思やないんやろう?」

「…ったりまえだ!」

「せやったら気にせんでええ。けどな、日番谷さんのこと狙っとるやつなんか他にもぎょうさんおんで。ちゃんとそれ頭に入れて、次から気を付けてな」

「……おう」

「わかったらはよ忘れ。それともボクに忘れさせてほしい?」

そう言って悪戯っぽく笑む顔を見てほっと安心する。
普段あれだけ独占欲の強い男だ。きっと腹の中は煮えくり返っているに違いない。
それでも俺のことを気づかってくれて、怖くないようにトラウマにならないようにと優しく扱ってくれる。



「…お前のことしか考えられなくしろ」

ああ、市丸を好きになってよかった。

こんな機会でないと改めて実感することなんてなかったけれど、こんなに俺のことを思ってくれてる。
それなら俺も同じだけの思いを返そうと、普段は気恥ずかしくて口に出さない言葉を伝えてみる。


「…好きだよ、市丸」






End

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一回はモブ×ヒツをやってみたかったんです!

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