眼鏡を外せば見えてくる
「市丸…」
「なあに、日番谷さん」
「なあに、じゃねえ!早くそれを返しやがれ」
「えー。せやって素顔の方がかわええもん」
「そういう問題じゃない!」
放課後の誰もいなくなった教室。
ほんのりと夕方の暖かい光が差し込む快適な空間で、次の日の課題を終わらせようとカリカリと勉強に集中していたところ、今までどこにいたのか市丸がふらっと現れた。
しかし日番谷、集中していると周りが見えなくなる質である。
市丸が自分の前の椅子に後ろを向いて座ってもなお、その集中力は途切れなかった。
「おーい、日番谷さーん」
「おわっ!?」
声がしたと思って顔をあげてみると、ふいにかけていた眼鏡を奪い取られて、視界が一気にぼやけたものになった。
目を細めてみるけれど眼鏡を奪った犯人の輪郭はぼんやりと定まらない。
「その声…市丸か?」
「アタリ。ていうかこの距離やのに顔見えへんの?」
「ああ…ぼんやりとしか見えてねえ」
「ふぅん。…わ、確かに度おキツいな。目え回りそうやわ」
ひとの眼鏡を勝手にかけてみたらしい市丸は、『よおこんなんかけられるな』となんとも失礼な感想を述べていた。
「目がいいやつにはわかんねえだろうが、俺はそれがないと生活出来ねえんだ。だから早く返せ」
「へぇそうなん。日番谷さんは昔から目え悪いん?」
「…さらっと無視すんなよ。―――まあ、昔っちゃ昔だな。小学校上がるころには既に眼鏡だったし」
「流石やねえ。そないな頃からお勉強してたんや」
「勉強っつうか本を読むのが好きだったからな」
「へぇ…」
市丸はふんふんと感心したように相槌を打ちながら興味深げにずっと眼鏡を弄んでいる。
いい加減返してくれないだろうか。
「もういいだろ、市丸。それ返せよ」
「んーもうちょっと。ていうか日番谷さんて睫毛長いんやね」
「…は?話そらすなよ」
「いっつも眼鏡かけてはるから知らんかったわ。かわええ」
「はあ?」
冗談なのかなんなのか、表情を窺おうにも視力が悪すぎてわからない。
向こうははっきりこちらが見えているというのに、自分からはぼんやりとしか見えないという状況に何だかむずむずと居心地が悪くなってきた。
「なあなあ日番谷さん」
「…なんだ?」
「ボク、無駄に視力ええから。目が見えんっちゅう感覚がわからんのやけど…どこまで近づいたら見えるもん?」
「どこまでって…」
「この距離でもまだ見えへん?」
「え…っ」
どこまで近づいたら見える?なんて意図のわからない問いをしながら縮められた距離はいつの間にかすごく近くに。
裸眼でくっきりと市丸が認識できるほどだ。
そしてニッと引き上げられた唇がさらに近づいてきてうちゅ、と音をたてて離れていった。
「な、な…なにすんだッ!!おまえ馬っ鹿じゃねえの!」
「おっと…」
「……っ!」
勢いに任せて教室を飛び出そうとしたけれど、眼鏡を奪われて視力がぼんやりとしかない状態では足元がおぼつかなくて机の脚に引っ掛かって転びそうになった。
そこを伸ばされた市丸の腕に抱き止められる。
自分のとは違う逞しい腕に不覚にもどきっとしてしまったことは秘密だ。
「はなっ!離せ…!」
「うーん、離したいのは山々やねんけど…や、ほんまは離したくないんやで?でも日番谷さんが…」
「いいから離せって!!」
「や、せやから…離してくれへんのは日番谷さんの方なんやって…」
「は…――っ!?」
指摘されてみると、周りが見えない不安からだろうか日番谷の指はたしかに市丸のブレザーを皺になりそうなほどに握りしめていた。
それはまるですがり付いているかのように。
「……っ!!」
その手をものすごい勢いで離した日番谷は再び走り出そうとして、ガラガラガシャーンと盛大に机を倒して自分も床に倒れ込んだ。
「あらー。大丈夫、日番谷さん?」
「誰のせいだと…。つか早く眼鏡返せ」
「いやや、返したら帰ってまうやん」
「そりゃ…帰るだろ」
「せやから返さん。ボクの告白聞いてくれるまで帰さへん」
「よく意味が…」
市丸の真意が理解出来ずにその言葉を何度も咀嚼していると、床に座り込んだままだった身体を急に抱きしめられた。
「せやから!日番谷さんが好きやって言うてんの。何とも思ってへんのにキスなんするわけないやろ」
「え……、いちま」
「好きです、ボクと付き合うてください」
「……っ」
さっきのキスはからかわれただけだと思っていたけれど、今は眼鏡をかけていなくても市丸が真剣な表情だというのはよく分かる。
(ど、どうすりゃいいんだ…)
一番の問題は日番谷自身がその告白を戸惑いながらも嬉しいと感じてしまったことだった。
End
―――――――
受け眼鏡っこ大好きだ!
目が悪すぎてなにも見えないとか超萌えるんだけど!きゃー\(^o^)/
…っていうテンションで書いたのでこんな文になっちゃいました。
すみません(笑)