恋の自覚症状
「えー先生もう行ってまうん?」
「仕方ねぇだろ、他の患者さんもいるんだ。お前ばっか相手にしてるわけにはいかねぇよ」
「つまらんなぁ」
話し相手になってくれていた先生が出て行って再び暇になった市丸は、はぁ…とやりきれなさに溜め息をついた。
独特の消毒の匂いが充満する清潔な白い建物。ひと部屋にいくつものベッドが並んでいて白衣の医師や看護師がせわしなく動き回っている。
ここは病気で弱った人や、手術が必要な大きな怪我をした人なんかが来るところ。
こんな場所、自分には一生無縁だと思っていたのに。
6人1部屋の大部屋に押し込められて、娯楽と言えばベッドのそばに備え付けられたテレビと自分の携帯だけ。更に足を骨折していて自由に歩き回れないという状態で二週間なんて、遊びたくて仕方ない年頃の高校生には結構つらいものがある。
「はーあ。暇やなぁ」
ベッドに寝る体勢を変えて、ぐぐっと伸びをする。
時計を見てそろそろ学校は四限目やなぁと思い、少し寂しい気持ちになった。
学校をサボれるのはラッキーなのだが、遊ぶ相手もメールをする相手もいなければただただ暇な時間というのは苦でしかなかった。
それからしばらく、何度目か分らないほど開いた雑誌をぱらぱらと眺め、また飽きてぐだっとベッドに沈んだ。
「ひまやぁ…つまらんー」
「お前、まだひまひま言ってんのか」
「先生…!」
ひまやひまやとベッドの中でジタバタしていたら、病室のドアのところに先ほど忙しいと出て行った日番谷先生が立っていた。
もうたいぶ仕事は落ち着いたようで、今はちょうど昼休みの時間らしかった。
「仮にも怪我人だろうが。暴れてんじゃねぇ」
「せやけど暇なんやもん!先生やろ、なんとかしてや!ボク暇すぎて死んでまう」
そう訴えかけると先生は少しだけ肩をすくめて呆れたような表情をつくった。
「ったく、しょうがねぇな…。あんま暴れられても他の患者さんに迷惑だから、昼休みの間だけなら付き合ってやるよ」
「…え、それほんま!!?」
「あーほんまほんま」
日番谷はそう言ってだるそうにひらひら手を振って、ついて来いとスタスタ歩いて病室の外へ出て行ってしまった。
────出て行って、しまった?
「え、ちょっ、待ってやー!!」
「市丸さん、静かに!」
「……すんません」
日番谷に追いついて(松葉杖をつきながら必死に、だ)病院の広い庭に出た市丸は、木陰になっているベンチを見つけ先に腰掛けている日番谷の隣りに腰を下ろした。
なんで置いて行くん?だとか、怪我人に無茶させんといてだとか、いろいろ言いたいことはあったが、あいにくハァハァと息が切れていてそれどころではなかった。
こちらが文句を言いたそうにしているのを知ってか知らずか、先生はニヤリと笑って言った。
「いいリハビリになっただろ?」
「な、なんやのそれっ」
こっちはついて行くのめっちゃ大変やったのに!
ぶーぶー文句を言うと、宥めるようにクシャクシャっと頭を撫でられた。
「ま、それだけ歩けりゃもうすぐ退院だな。明後日には出られるようにしといてやるよ」
「え、……」
「暇な思いすんのももう終わりだ、良かったな」
にっこりと笑って告げられる日番谷のその言葉に、胸がざわついた。
──退、院…──?
退屈な病院なんて嫌いで、ずっと早く退院したいと思っていたけれど。
なんで、
なんでこんなに胸がざわつくんや…?
もう先生に会えなくなると思うと、どうしようもなく胸が苦しくて、退院なんかしたくなくなってしまった。
「先生…ボク、退院しとうない」
「あ?何言ってんだ」
「やって退院してもうたら…、先生に会えんくなるやん。そんなん嫌や」
ベンチに座っていることでいつもよりぐっと目線が近くなった距離で、日番谷の目を真っ直ぐに見つめた。
いくらかの沈黙が続いて、先生がため息混じりに口を開いた。
「お前は馬鹿か」
「退院したくても出来ない患者だってたくさんいるんだ。退院したくないなんて、簡単に口にするんじゃねぇよ」
「簡単やない…!ボクは本気で、!」
「それならなおさらだ。………本気で退院したくないなんて、間違っても言わないでくれよ…」
「……っ」
視線を落した先生の表情にはわずかに寂しそうな色が含まれていた。
いつも凛として強い眼をしている日番谷しか見たことがなかった市丸は、その表情に、自分がとんでもないことを口にしてしまったのだと悟った。
「……先生、ぼく、…ごめん」
「まぁ、分かればいいんだ。俺はお前にそんな顔させたいわけじゃねぇよ」
患者を元気にさせるのが医者だからな、なんて言いながら再びクシャクシャっと頭を掻き回される。
子供扱いされてるみたいで嫌だったけど、先生にされてると思うと嬉しかった。
「で、でも先生!」
「…ん?」
「先生に会えんのはホンマにいやや。退院しても、……遊びに来てええ?」
先生は一瞬ポカンとした顔をして、それから言葉の内容を理解したのかすぐに二カッと朗らかな笑みを浮かべた。
「仕方ねぇな、昼休みだったら相手してやるよ」
「ホンマに!?」
「ああ、ほんまだ」
ニコリと笑った先生の表情は、自分よりもずっと年上なはずなのになんだかとても可愛らしく感じられて、胸がきゅんと苦しくなった。
───これって、もしかして
恋?
病室に戻るまでの間、日番谷先生の笑顔を思い出して、(決して松葉杖で階段をのぼっているという理由ではなく)胸のドキドキが止まらなかった。
End
――――――ー
ガキ市丸×大人日番谷でお医者さんパロ
子供っぽい市丸さん楽しかった!というより私の市丸さんはいつもこんな感じですが(笑)
年下攻めって大好物です。
大人なのに年下に攻められて真っ赤になる日番谷先生が見たいであります!('∀')ゞ