今日、俺は『日番谷』を捨てる。
今まで慣れ親しんできた名字を捨て、これから家族となるあいつと同じ姓を名乗る。


「市丸……」


そっと声を乗せてみたそれが、もうあいつだけのものではないと思うとどこか寂しいような気がして、けれども大好きな人と同じものを共有出来ると考えると、その何百倍も嬉しかった。




コンコン、




ノックする音に次いで、控え室であるこの部屋の戸が開かれた。


「日番谷はん、準備できた?」

「ああ、」


短く返事をして振り返ると扉の前に白いタキシードを着た市丸が立っていて、その端麗さに思わず目を奪われた。
スラリとした長身に白の生地を纏った市丸はハッとするくらいに格好良く、彼の目と同じの色の襟飾が良く映えていた。


(かっこいい……)


いつもと違う雰囲気の市丸に見入っていると、市丸の方も何故だか日番谷をみたままピシッと固まってしまい、二人の間にはしばしの沈黙が流れた。



「あかん…天使や思た」



先に沈黙を破ったのは市丸のほうで。その表情はぽーっと見惚れるような表情で、うっすらと頬が色付いているように見えた。


「天使ってお前、恥ずかしいやつ…」

「ほんま綺麗やから…、そら純白の天使さんと間違えもしますよって」

「何言ってんだ。ていうか俺…こんなの、…似合ってるか?」

顔を赤くして不機嫌そうにうつむきながらも、チラッと心配そうに自分に視線を送る日番谷に、市丸の心臓はドキーンと強く跳ねた。


「やっぱり、俺にはこんな…」

「何言うてんの、めっちゃ似合うとるで! ほんまに綺麗すぎてこのままお持ち帰りしたいくらいや。他のやつらに見せんのもったいない!」

「……ばーか」


照れ隠しに悪態をついているけれど、日番谷の表情はほっと安心したものに変わって、その様子もまた市丸をドキッとさせる要因になった。







見知った顔がずらっと並ぶ道をゆっくり、一歩一歩市丸に向かって歩いてゆく。
祝福の音楽に合わせて一歩歩みを進める度に、市丸に近付いてゆく度に、それに比例するかのように胸は高鳴ってドキドキと鼓動が速くなる。

ああ、俺たち結婚するんだ…などと今更なことを実感して嬉しくて、市丸の下までの赤い絨毯が長く果てしないものに思われた。
真っ白な、地面を擦るほどの裾のドレスをたくしあげて、今すぐ走って駆け寄りたいくらいだった。




「日番谷冬獅郎さん」

神父さんの優しい声が心地よく響き渡り、柔らかな笑みが向けられる。

「あなたはこれから先、市丸ギンさんと結婚し、いついかなるときでも夫を敬い、慰め、その健やかなるときも、病めるときも、死が二人を分かつときまで、あなたの夫を強く愛することを誓いますか?」

「……誓います」

神父によって発せられた言葉はお決まりの台詞だけれども、二人にとっては大きな意味をもっていて、本当に市丸と結婚してこれから先ずっと一緒に生きてゆくんだ…と今日何度目かわからない実感をした。
「誓います」のたった一言が重く、それでいて十分すぎるほど幸せに満ちていたものだったので、日番谷の声は喜びと少しの緊張のせいでかすかに震え、しかし決意に満ちた凛と力強いものだった。


「市丸ギンさん」

再び神父の澄んだ声が教会に響き渡る。

「あなたはこれから先、日番谷冬獅郎さんと結婚し、夫となり、いついかなるときでも妻を敬い、慰め、死が二人を分かつときまであなたの妻を強く愛することを誓いますか?」


「誓います」

力強く、一点の迷いもなく告げられたそれに、日番谷の胸は信じられないほどに高鳴って、心臓がきゅんと締め付けられるような心地がした。


神父の指示で、二人が向き合う。
ヴェール越しに目が合った市丸が幸せそうな笑顔を向けてくれて、少し気恥ずかしくなった。


「それでは、誓いのキスを」


その言葉を聞くと市丸の綺麗な指がゆっくり伸びてきて、そっと日番谷の顔を隠していたヴェールをめくった。
視界が一気にクリアになる。
市丸の顔がだんだんと近付いてくるのもよく見えて、緊張しすぎて死にそうだったけれど、おとなしく目を閉じて唇が降ってくるのを待った。


(あ、くる…)


ふわっと風が動いたと思うとすぐあとには柔らかな感触がふれて、目を閉じて誓いのキスを受けていた日番谷はぼんやりと幸せな気持ちで、祝福の鐘と拍手を聞いていた。




結婚…がこんなに嬉しいことだったなんて。



プロポーズされたときはとても嬉しくて浮き足立っていた。でもお互いに好きあって一緒に住んで、寝食を共にしているのだから、実際には結婚というのは名前だけで、今までとあまり変わりはないだろうと思っていた。

けれどこうやって式を挙げて、永遠の愛を互いに誓って、みんなに祝福してもらう。それがどんなに幸せで嬉しくて喜びに満ちたものなのか、今ならとてもよくわかる。
身体全体が歓喜にふるえて、わき上がる感情を抑えられなかった。



「…っ、いちまる!」

思わずきゅっと抱き着くと、すごく近くから、市丸の驚きと嬉しさの混じった心地よい声がした。

「どないしたん?…ていうか、もうキミも市丸やで?」


くすりと笑いながら市丸は日番谷を腕に抱き抱え、感きわまってじんわりと涙を滲ませるその頬を優しく撫でてくれた。







おめでとう、おめでとうと馴染みの顔たちが明るい声で祝いの言葉をかけてくれる。
彼らの表情もみな一様に幸せに満ちて光のあふれるものだった。


市丸の腕に抱き抱えられた日番谷は、まるで天使のような満面の笑顔でその手に可愛らしいブーケを握りしめて右手を高くかかげた。


「隊長〜!あたしに投げてくださいよう!」


なんて部下が言うもんだからニッと笑って目をつむった。

(悪いが、どこに飛ぶかはお楽しみ…ってことで)

握ったブーケを思い切り高く放り投げる。

手元を離れた真っ白なブーケは青空に

高く、高く、



空高くに上がり、ブーケが光り輝く太陽とちょうど重なって見えなくなったとき、ゴーンと祝福の鐘が鳴り響いた。

祝福された二人はどちらからともなく、引き寄せられるように再びくちびるを重ねて笑いあった。


(ああ、幸せ…)



結婚式に出席していた誰もが終始笑顔で、とても幸せな気分で満たされていた。



End
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2010.5.1 雪どけ*めると 新菜

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