卒業式



梅の花が麗らかに香る春のよき日に、ボクらは、卒業する。


三年間通ったこの学校とも今日でお別れだ。
校舎に特別な思い入れがあるわけではない。教室や、グラウンドにも。

ただ別れがたいものは、一つだけ。


一つ年下の恋人だけだった。





「いつもの場所に、二人で来い」

卒業式終わりであの子を捜していると、そんな紙が下駄箱に入っていた。
この筆跡には見覚えがあるし、自分にメモを残すような相手なんて一人しか覚えがない。

メモの指示通り乱菊を捕まえて、二人で旧校舎に向かった。

乱菊とあの子とよく三人でさぼり場所に使った旧校舎。
誰も近寄らないのをいいことに、家からクッションやらラジオやらを持ち込んで、すっかり居心地の良い場所にしてしまっていた。
一つ授業をさぼる度に、あの子は真面目だから とても苦しそうな顔をする。自分の中で良心と葛藤しているような。
それでも学年が違って中々会えない時間を埋めるためか、単に仲間外れが嫌なのか、結局は一緒になってさぼりに加わっていた。
そのせいで教師たちから目をつけられ、それでも成績のいいことを妬ましく思われていたのにも関わらず。

(なんて健気で、可愛えんやろう)

そんな様子を思い出して、堪えきれず笑みを作ると、隣りにいた乱菊に気持ち悪いのよと言って頭をはたかれた。


さすが旧校舎と言ったところか。いつも使っている教室以外はすっかり埃に塗れてしまっている。
それでも壊れた窓から吹き込む風はさわやかで、心地よいものだった。

「どこに居るんやろう?」

「知らないわよ、いつもの場所って書いてんだから、いつもの場所じゃない?」

本当のクラスよりも居心地のいい教室。
『3―8』と掠れた文字で書いてある。ガタガタと閉まりの悪い戸を開けて内に入ると、まずは黒板が目に入った。

「わ、すごいな」

「何あの子、こんなの用意してたわけ!?」

乱菊が興奮したような声を出して黒板に駆け寄って行った。
黒板には大きく卒業おめでとうという文字と、赤のチョークで桜のイラストが描かれていた。
随分昔から使い古された手だったが、まさか照れ屋なあの子がこんな演出をしてくれているなんて夢にも思わなかったから、嬉しさ倍増なのだ。

「日番谷はん、こそこそしとらんで出といで。ボク、キミの顔が見たい」

「あたしだって見たいわよう!アンタばっかり好感度上げるの止めなさいよね!」

ガタッと音がしたかと思うと後ろの扉のところに日番谷が俯き気味に立っていた。
前髪が一房かかっている顔は、心なしか少し赤いように思われる。


「…おめでと、二人とも」

辛うじて聞き取れる程の声量で、呟かれた。




この学校での思い出なんて、ほぼ日番谷とのものしかないと言っても過言ではない。
クラスでも結構うまくやっていたし、別分浮いていたというわけでもない。けれども特別、楽しいとも思わなかった。
それが同じ時間を日番谷と過ごすというだけで、こうも大切な思い出が増えるのだから不思議だ。

日番谷と過ごす時間なら、昼休み冗談を言い合いながら弁当をつつく時間や、放課後この旧校舎で過ごした濃くも甘い時間、更には集会などでたまたま顔を合わせる時間でさえ手放したくはなかった。

ぐるぐるとたくさんの記憶が脳内で渦巻いている。
それら全てが今日で終わる。今まで当たり前だったものが、当たり前でなくなる。
何かの拍子で枷が外れれば、柄にもなく泣き出してしまいそうだった。


「日番谷はん、ありがとうな。ボクらめっちゃ嬉しいで!」

「ねぇ冬獅郎くん、抱き締めてもいいかしら?」

二人ほぼ同時に日番谷に駆け寄り、両サイドから小さな身体を抱き締めた。
ぎゅうっと力を込めて腕の中に抱くと、恥ずかしいのか、居心地悪そうにしている姿がまた可愛かった。







「ほんまに今日で終わりなんやねぇ…」

「………お前がいないと、静かになってきっと清々するぜ」

しめっぽい市丸の隣りで日番谷がシャキッと背筋を伸ばして立っている。瞳は不安げに揺らいでいるようにも見えるが、いつもと変わらない凛とした立ち姿だった。
あたし泣いちゃいそうだから帰るわ!と最後の精一杯の笑顔を見せて去った乱菊と別れ、旧校舎には日番谷と市丸の二人きりとなった。
三月の爽やかな風が吹き込んで、さらっと銀髪を揺らした。




「日番谷はん、キミに、もらって欲しいもんがあるんやけど」




「何…だよ」


(卒業と言えば、これやろ)

そんな勝手なイメージで市丸は己の制服のボタンに手をかけた。上から数えて二番目のボタン。俗に言う『第二ボタン』だった。


「これ、キミに受け取ってほしいねん」

軽く力を込めて引っ張ると金色のころんとしたボタンはすんなりとれた。
手のひらにそれを乗せて日番谷の前に差し出す。

「え…」
日番谷は戸惑っているのか、いつも大きな目を更に大きく見開いてこちらを見ている。
口も何か言いたげに開いたまま閉じられる気配がない。

「いらんかった? キミに渡そう思うて、女の子たちからのお願い全部断ったんやけど」


にこやかに笑って告げると「ぃ、…いる…」と世にもかわいい小さな声が答えた。
日番谷自身は一瞬にして耳までかあっと赤くなり、目を伏せたままで市丸の手の中の小さなボタンを受け取り、ゆっくりゆっくりと自分の手の中へ納めた。


「それ、三年間ボクの心臓の一番近い場所におった、特別なボタンやねんで。 遠くから日番谷はん見つけたときの胸のときめきとか、一緒に手ぇ繋いで帰ったときのドキドキとか。全〜部吸収したボタンなんよ。たった一つの…特別や。大事にしてや?」

「……市丸」

「そん代わり…ってゆうたらアレやけども。キミのもくれへん? キミはあと一年、ボクのをつけて過ごしたらええよ」

ゆっくりと日番谷の胸の二番目のボタンに手を伸ばす。確認するように目配せすると、こくん、と真っ赤な頭が縦に振られた。


一つずつ金色のボタンを大事そうに握って、二人で微笑み合った。

日番谷が握った手を自分の胸に移動させ、ちょうど心臓あたりに合わせるようにしたのを見ると、市丸は堪らなくなった。

ふわりと身体を折り曲げて、未だに赤い顔をしている恋人の小さな可愛らしい唇に、風のように優しくそっと触れた。




End
――――――――

今回の王道ポイントは第二ボタン!
卒業といえば第二ボタンがベタだと思います。

個人的には二人はブレザーの方が似合うと思うんですが、第二ボタンネタなので一応学ランな設定。
特に内容に影響はありませんが。


乱ちゃんと三人で仲良しグループだったら可愛いなと思いますvv
先輩二人にいじられる日番谷くん可愛い。

三人が一緒にいるようになったきっかけは市丸さんの一目ぼれとかなんとか(笑)
最初声かけられたときはウゼーと思ってたけど、今では二人は日番谷くんにとって掛け替えのない存在です。



2010.3.10〜 王道企画三日目

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