生け贄として市丸の屋敷に来てから、一週間が経った。未だに、血は吸われていない。
いつも食事というと、少し舐めた程度で終わってしまう。どうやらそれだけで満足しているらしい。
こちらとしては嬉しいのだが、以前は人を殺してしまうほど血を飲んでいたのに、大丈夫なのかという疑問がある。

別に心配しているわけではないが、元神父という職業ゆえ、他人のことはどうしても気に掛かってしまうのだ。それに、自分のせいで死なれてはこちらも気分が悪い。


「お前、もっと吸わなくて大丈夫なのか?」

日番谷は背後にいる市丸に目を向ける。先ほどあけられた小さな傷口は、もう完璧に塞がっていた。
吸血鬼の唾液には治癒効果があるらしい。


「徐々に慣らしてかな、お腹がびっくりしてまうやろ?」

「そんなもんか?」

冗談なのか本気なのか、市丸はカラカラと笑いながらそう言った。
日番谷の血は少しばかり特別だ。自分ではわからないが、一口だけでも本当に十分足りているのかもしれない。


食事を済ませたばかりの市丸は、軽い足取りで寝室の方向へと向かった。日番谷はその後ろをただ何となくついて行ってみる。
こんな昼間から一人では暇なのだ。

随分広い屋敷だが、日番谷は一週間もここで暮らしているうちに、主な部屋の間取りは覚えてしまった。
だからこの先にあるのは寝室だけだというのもすぐにわかった。

「もう寝るのか」

もう、というか、まだ昼だ。
日光が苦手な吸血鬼は、昼間に眠り、夜活動する。
この一週間で市丸から学んだ事の一つだ。

「一緒に寝る?」

「ざけんな、俺は棺で寝るのなんかごめんだぞ」

「………ぷっ」


少しの間があって、何がおかしいのか、市丸は人を小馬鹿にしたように噴き出した。…まったく、礼儀がなってない。


「何、棺で寝てると思うてたん?」

「……本で読んだ」

「アンタ、どんな古い本読んどんねん」


確かに、記憶の片隅にあるその本は古かった。古かったけれど、馬鹿にされたくはない。
表紙は色あせ、中は変色していた随分と脆いものだったが、吸血鬼の存在を確信した今、書いてある情報の正確さは疑っていない。結構役に立つ本だったのだ。


「棺で寝てたのは、何百年も前の話。好みによるやろうけど、ボクは絶対嫌やなァ。あんなん絶対狭苦しいやろ、ほら、見てみ」


大きく開かれた扉の中には、広々とした空間があり、真ん中にポツンと一つベッドが置いてあった。それ以外は何もない。
シーツも何もかも真っ黒の一見おしゃれなそれは、どう見ても自分が教会にいた頃に使っていたよりも高価で上等なものだった。

「な、ちゃーんとベッドやろ?」

「…フン」

「痛っ、なんではたかれなあかんの」

日番谷はズンズン部屋の中に入って行って、勝手にそのベッドにうつぶせに横になってみた。(…って礼儀がなってないのは俺の方か)

寝転がったそれは、思った通りのふかふかした寝心地で悔しくなった。
ただの殺人鬼のくせに、何故かこんないい暮らしをしている市丸に腹が立った。


一言物申そうと、勢いよく起き上がって、日番谷は振り返った形のままその場に固まった。市丸が思ったよりすごく近くにいて、ドキリとしたのだ。
ため息をつく。


「…お前、そうやって音もなく近付くのやめろよな」

「しゃあない、吸血鬼の習性や」

「寿命縮める気か」


もう何だか気力を無くして、ベッドからゆっくり降りて立ち上がると、この部屋から出るために扉に向かった。
振り返りもう寝るであろうその男に声を掛けた。


「おやすみ、出来れば永遠に目覚めないでくれ」

「あ、ちょ待!……っ」

「は!?おいっ」


日番谷を追って来ようといきなり立ち上がった市丸は、目まいを起こしたらしく、フラリと地面に倒れこんでしまった。
先ほどまでは気付かなかったが、その顔には全く血の気がなかった。ただでさえ白い肌が恐ろしいくらいに色を失っていた。

しゃがみ込んで、市丸の顔をのぞき込む。

「大丈夫か?顔真っ青だが…やっぱり血が足りて、わっ」

「…あかん、やっぱりムリやわ」

「市丸…?」


目の前の吸血鬼の男は今まで見たことがない苦しそうな顔をしていた。
そして『無理』というと、何かを必死に我慢しているような顔で、日番谷の両肩をガシッと捕らえた。

間近で見る紅い瞳に心奪われたのは初めて見たときを数えて、二度目だ。




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