(独占欲)

いつも『仕事しろ』『吉良に迷惑掛けるな』って言ってるのは俺だけど。
こうも熱中されると、なんだか少し寂しいものがある。
『こっち向けよ』だとか、『無視すんな』だとか余計な言葉をかけてしまいそうになって嫌だ。


今も、市丸は、せっかく部屋に二人きりだというのにずっと書類とにらめっこをしている。話しかけても『あー』とか『うー』とかの反応しか示さなくなったのは、何冊目の本を手にした頃からだろうか。


市丸を覆う大量の書類は、元はといえばあいつが溜めたものだ。吉良に、終わらせるまで外出禁止令を食らったときは正直ざまあみろと思った。
これであいつのサボり癖が治れば言うことないが、まぁそれはないだろう。せめて痛い目見ればいいと思った。

けれど、四時間も経つと事情が変わってきた。


何だか無性に腹が立つ。
市丸がすらすらと筆を動かす度、考え込むように唸る度、俺の中の苛々は募っていった。

よくは分からないけれど。
これは、一種のやきもちに似ている感情かもしれない。

市丸の意識を全部持って行ってしまった書類が憎らしい。あいつの視線も、思考も、関心も、今はすべて書類だけのもの。
同じ部屋に居ながら、さも存在しないように扱われるのにはもう我慢の限界だった。


「……まだ終わんねえのかよ」

横に積み上がっている量を見れば明らかなのだけど、少しばかり刺のある声で問うてみると、やはり市丸は『んー』という唸りしか寄越さなかった。


「ふん…」

こちらに目も向けていない市丸を、俺は恨めしげに睨んでやった。
ぴらぴらの、ただの紙相手に妬くのなんて馬鹿らしい。そんなことはわかっているけれど、全部市丸が悪いのだ。

仕事と私どっちが大事なの、なんて女みたいなことを尋ねるつもりはないが、好きな人の視線や関心を独占したい、そう思うのはごく自然なことで。
それをわかってくれない市丸が悪いのだ。

俺は小さな声であいつを罵倒した。

「…仕事なんて放っとけよ、このばか丸」

「君、いっつも言うてることと矛盾しとるで」


自分の悪口だけは目敏く聞こえていた市丸が、顔を上げた。
確かに矛盾しているとは自分でも思う。だけど何もこんな言葉だけに反応を返さなくてもいいだろう。


「…いつもみたく、さぼればいいのに」

「…それを、君が言うのん?」

市丸は驚いたように言い、困ったような表情を浮かべた。
『さぼる』のさの字も経験したことがない自分が、そんなことを口走ったのに市丸同様俺も驚いた。一隊を担う隊長が、さぼりを勧めるなんてそんなことがあっていいはずないのに。

今日の自分は、なんだか自分じゃないみたいだ。


「もうちょっと待ってな。これ終わったら遊びに行こう」

「いい。どうせ終わんねえし」

「終わらせるんやて、超特急で!」

「どうだか」

フン、と大きく鼻を鳴らしてやった。
ああもう今日は、甘い雰囲気にはなれそうもない。
俺は市丸に帰ると告げて、膨れっ面をしたまま三番隊を後にしようとした。

そしたら慌てたように市丸がその腕を引き止めてきて。
今まで散々放っておいたくせに、と思った。


「ちゃうやろ、ボクは冬のために早よ終わらせようって頑張っててんやんか」

「聞きたくない」

「…怒らんとって。別にさぼっても良かってんけど、そしたら冬怒るやろ?やから、ボクなりに一生懸命頑張ってみたんやけど」

あかんかった?
そう言って市丸は俺をどこにも行かせないよう、腕の中に閉じ込めた。
その言葉に、今まで嫌な感情で満たされていた心は、ゆっくりゆっくり溶かされていく気がした。


「…放せよ」

「いーや。放したら帰ってまうやろ?」

「帰らねえよ。とりあえず、仕事終わらせるまではここに居てやる」

「ほんま?おおきに」

そう言いながらも市丸は俺を放そうとせず、ぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめていた。温かい。


「ほら、早く仕事しろよ」

「もう、君は。仕事しろって言うたりするなって言うたり、どっちなん?」

市丸はわざとらしく肩をすくめて、クスクス笑った。


その後、結局俺は市丸の隣りに椅子を持って来て座り、なかなか終わりそうにないそれを、少し手伝ってやることになった。
今度は話しかけても無視されるようなことはなかったから、まぁよしとしよう。



END
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瑪瑠奈さんへの相互記念です。リクエストは『ヤキモチやいたヒツを宥める市丸さん』です。
遅くなってすみませんでした!

そしてヒツが思いのほか市丸大好きっ子に…。
子供っぽすぎました!!(反省)


2009.11.15
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