教会にはたくさんの人が詰め掛けていた。皆辛辣な顔をし、中には涙を流している者もいる。


「冬獅郎お兄ちゃん…っ、!」


泣きじゃくる女の子が日番谷の衣装の裾を掴む。この子は良く教会に遊びに来ていた、ルーチェという、無邪気な笑顔がとても魅力的な女の子だ。つい先月四年目の誕生日を迎えたばかりである。


「いっ、行かないでよ…っぐず…」


日番谷の膝辺りにしがみついて、声を上げて泣く。幼いながらも、日番谷がいなくなるということは理解しているようだ。
そんなルーチェの頭をくしゃっと掻き回す。


「心配すんな、ちょっと旅に出て来るだけだから。泣いてたら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」

「ぅっ、帰って…くるの?」

「ああ、約束する」

「うぇぇ…」

「ルーチェが笑って、みんなを幸せにしてやってくれ。頼んだぞ」


優しく微笑んでやると、ホッとしたように笑顔を見せて、また泣き出した。泣きながら母親の元に駆けて行ったルーチェを見ながら、とても可愛らしいなと思った。


「では、行ってきます。皆さん、笑って下さい、笑えば自然と幸せはやってきますから」


回りをぐるりと取り囲む人々に向けて、笑顔を向けた。日番谷は人々の辛そうな顔が見たくてこんなことをしているのではない、ただ、笑顔が見たいのだ。


教会の出口に向かって歩いて行く。その立ち姿は凛として、皆に愛されたいつもの日番谷神父の姿だった。








日番谷は森の中へと足を進める。町の外れの静かな場所に、この森はある。不気味な形の木々のせいか、もの静かで妖しい雰囲気漂う場所のせいか、誰も近付きたがらない。

この不気味な森の一番奥、大きな屋敷の中に吸血鬼は棲んでいる。
今まで被害に合ってきた女と同じく、自分も血を吸われ無残に殺されるのかと思うと、少しばかり怖かった。しかし自分の命一つで町中の人々が安全に暮らせるのなら安い者だと、覚悟を決めてやってきた。
パリ、と木の枝を踏むと、黒い鳥のようなものが一斉に飛び立った。




「いらっしゃい」


靴を泥だらけにしながらも屋敷に着くと、吸血鬼…市丸ギンが入口のすぐ前で待っていた。
何がいらっしゃいだ、いちいち鼻につく。


「ちゃんと来たぞ。約束…絶対守るんだろうな」

「当たり前や。ここ一週間、誰も襲ってへんやろ」

「そう…だな」


市丸に連れられ、屋敷の中へと入って行く。屋敷は全体が薄暗く、窓はすべて木の板で塞がれていた。
吸血鬼が日光に当たると駄目というのは本当なのだろうか。


「ほな味見させてもらいましょか」

「さ、さっそくか…」

「誰のせいやろなァ、誰かサンが一週間待ってくれ言うから、ボク腹ぺこで死にそうなんや」


市丸は腹を擦りながら肩をすくめた。
そう、日番谷は生け贄として市丸に捧げられるにあたって、一週間の猶予を要求していた。その間にやり残してきた仕事を片付け、弟子たちにこれからのことを事細かく指示してした紙を書いてきた。


「ほな、頂きます」

ずいっ、と市丸が近付いてきた。
日番谷はビクッと身体を硬直させて、ああ、いよいよ死ぬのかなんて冷静に考えていた。


「ええにおいや」


首筋に顔を近付けられて、そんな事を告げられた。後ろからつぷりと一本歯を食い込ませて、皮の張る首筋に小さな小さな穴をあけた。ぷっくりと出て来る血を満足気に眺める吸血鬼の男。陶酔しているかのようなうっとりしたまなざしだった。

「ええ血やね…」

「うるせえ、やるなら早く殺してくれ」

「殺さへんよ」

「……っん、」


そのぷっくりと盛り上がった血をちろりと舌を出して舐めた。思わずぴくりと反応する。
そして早くも固まりつつある傷口を緩やかな手つきで撫でられた。市丸は日番谷から離れていく。
てっきり殺されるものだと思い込んでいた日番谷は、ほんのひと舐めで解放されたことに拍子抜けした。


「殺せよ…何を企んでる」

「企んでへんよ。アンタみたいな黄金体は殺してしもたら勿体ない。 それに殺すまで飲んだら、こっちがどうなるか分からんしな」

「黄金たい…?つーか、俺は、殺されないのか?」

「言うてなかったっけ?」

「は〜〜…」


死ぬ覚悟は出来ていた。新たな被害者が出るくらいならと、生け贄になる決意をしてここに来た。
だが、いくら腹をくくっていたからと言って、少なからず緊張していた日番谷は、「殺さない」のこの一言に一気に力が抜けてしまった。目線が随分低くなる。自分がいつの間にか座り込んでしまっていたのを知った。


「大丈夫?」

そう言って差し出された手を思いっきりはたいてやった。なんか一人で盛り上がってたみたいで恥ずかしいじゃねえか。


市丸は先ほど日番谷のことを「黄金体」だと言った。もちろん、初めて聞いた言葉だった。

「黄金体とは何か、簡潔に述べよ」

「は?」

「だから黄金体って何だよ」

「あァ、ややこしい言い方すんなや。それはな…」


黄金体とは、およそ百万人に一人しかいないといわれる、完璧に均整の取れた身体の持ち主の事を言う。
例えば右手と左手で手相が違うだとか、若干右重心だったりだとか。そういういう事が一切なく、きっちりと左右対象である人の事だ。
そして日番谷がそれに当たるらしい。

黄金体であると、血に関して、他の一般人とは明らかな格の違いがある。黄金体の血はとろけるように甘く、濃く、くすみのない紅で、信じられない程に美味いらしい。においからして、その違いは一目瞭然である。

そんな黄金体の血は、血を食料として生きている吸血鬼にとっては目も眩む程魅力的である。黄金血を一口口にするだけで、みるみる力が湧いて来るのだと言う。
一度黄金血を口すれば他の血が水程度に思えてしまうのだから恐ろしい。



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