二つの矢印が重なるとき
2010/10/11 18:18

*愛の意味が変わるときのつづき




どたんがたんばたん!


思わず逃げるようにリビングから駆け出して、自分の部屋に戻ると勢いよく扉を閉めた。そして孤立された空間に入ることで安心したのか、力が抜けてそのまま扉伝いにずるずると座り込んでしまった。

「なん、なんだよ…」

燃えるように熱い頬に手を当てる。頭が沸騰しそうなほど沸き立っている。熱い、熱い。

テレビを見ながらソファで心地のよい眠りについていただけなのに。息苦しさに目を開ければ、すごく至近距離にあいつがいて、キスされていると気付いたのは唇が離れていく瞬間、上唇をぺろりとなめられたときだ。

「…あい…つ…」

同性で家族で十歳も年上でずっと俺の保護者だった市丸にキスをされた。嫌悪感はまったくなかった。……当たり前だ。俺はずっと市丸のことが好きだったんだから。
ずっとずっと、人付き合いの苦手な俺の世界にはあいつしかいなかった。向こうは俺のことを保護者としてしか思ってなかったのはわかっていたけれど、優しく触れられたり慈しむように接されたらそれはもう好きになるしかなかった。俺は決して叶うことない恋心をずっと胸の奥の奥にしまって生きてきたのだ。

「あいつ、…好きって言ったよな…」

熱い頬に当てた手を無意識に唇にすべらせる。キスの感覚を思い出すようになぞって、人差し指と中指で軽く押してみた。先ほどの柔らかい唇の感触が忘れられなくて、頭の中がぽーっとする。恥ずかしくてたまらない。

「忘れろったって…、忘れられるわけねぇだろ…」

髪をくしゃっと握って体操座りしていた膝に赤い顔を埋めた。



そのままどのくらいそうしていただろうか。扉の向こうからご飯できたでーという声が聞こえてきた。
気まずいからあんまり顔を合わせたくないのだけど、せっかく好きな人が作ってくれた夕飯を無駄にしてしまうなんて出来ない。はぁ…と熱い息を吐いて部屋を出た。



「いちまる…」

恐る恐るリビングに姿を現すとなぜか市丸がほっとしたような表情を見せた。

ちなみに同じ家に住んでいるのに名字呼びなのはおかしいと思われるかもしれないが、小さい頃はちゃんとギン兄って呼んでた。でもあいつへの恋心に気付いてからはとてもじゃないが恥ずかしくて呼べなくなってしまった。それに名字で呼んだほうが家族なんかではなく対等な立場になれる気がして、少しでも恋愛対象に見てもらえる気がしたのだ。


「今日は冬獅郎の好きな玉子焼き作ったで。さ、食べよ」
「市丸…」
「ちゃんと大根おろしつきやで。な、食べよう?」
「市丸っ」

声が震えているような気がして顔をあげたら、市丸は不安げな泣きそうな顔をしていた。

「ど、どうしたんだよ…なんでお前がそんな顔するんだ」

どちらかと言うと被害者は俺だろ?(まぁ嬉しかったから被害ではないんだけど)

「…あかん」
「へ?」
「何ごともなかったように振る舞おうと思うたけど、あかん…」


今目の前でしょんぼりしている男は、先ほどキスをされた直後の、何でもないから忘れてと告げた市丸とは別人のようだった。こいつはこんなにウジウジ考えるような性格だっただろうか。長年一緒に過ごしてきたけど、こんなにしおらしい姿を見るのは初めてだ。

ていうか。…いくら反省しているからって今のセリフはいただけない。何ごともなかったように振る舞おうだなんて、どうしても聞き捨てならなかった。


「……なんで、無かったことにしようとするんだよ」
「……」
「突然キスされて、好きだって言われて、俺がきれいさっぱり忘れられるとでも思ってんのか!」
「…ごめんな、やっぱ気持ち悪かっ…」
「ふざけんな!っ…嬉しかったっつーの!」

俺はずっとお前のことが好きだったんだ!ガキの時からずーっと、本当にずっとだぞ!
半ば叫ぶような勢いで思いを告げれば、頬に忘れていた熱がよみがえってくる。ぽかぽかと熱くなって頭に血が上るのを感じる。

──言ってしまった。ついに。一生口にすることはないと思っていた思いを告げてしまった。

一度たがが外れると後は言葉がどんどん溢れ、ずっとキスしたいと思ってたとか抱き締めて欲しかったとか。心の内を全てさらけ出していた。


言い終わっての沈黙が怖くなって、恐る恐る市丸のほうに視線をやる。そしたら奴はぽかんと口を開けて固まっていた。

「…んだよ、何か言えよ」
「なぁ…冬獅郎って何でもない顔してずっと、ボクのことそないな目で見てたん?」
「な…っ」
「なぁんや、ボクら両思いやったんか。そないな目で見られてたやなんて全然気付けへんかったわぁ」
「…っ!」

俺の気持ちを聞いて安心したのか調子に乗ったのか、見違えるほどに饒舌になった市丸。そして信じられないことに、ずっと思っててくれたんやからボクからお返しせなあかんな、なんて言い出して。俺のあごを掴んで上を向かせる。

あ…キスされる、と思ったときにはもう遅くて、大人のようで自分よりもずっと子どもな市丸に捕らえられていた。



End






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