さて、ではどこから伺おうか?
屋敷から離れた場所にある花街の入り口で手帳を開く。
第一の被害者はアラウンドストリート、第二第三の被害者は個人の娼婦で住所はアラウンドストリート方面、第四はユスリウストリート、第五もユスリウストリート、第六はウェンダ川の傍、第七はユスリウストリート端。
「…まずはユスリウからかな。」
近い場所から行こう。
昼間でもあるせいかやや寂れた感のある花街を歩いていれば、時折美しく着飾った女性に声をかけられる。
けれど残念なことにわたしは女だし、もし男であったとしても仕事中にそんなことはしない。
しつこく声をかけてくる女性たちに丁重に断りの言葉を述べつつ通り過ぎていく。
花街というのは少し歩くだけで女性が集まるから疲れる。
立ち並ぶ娼館の名前を見ながら歩いて行けば目的の場所の看板を見つけた。
第五の被害者が働いていた娼館で、基本娼婦たちはここに住み込み状態なので聞き込みもしやすいだろう。
扉を開けて中へ入ると数人の女性が長いソファーから立ち上がって笑顔で出迎える。
「いらっしゃい。随分お若いようだけど、こういうお店は始めてかしら?」
少し年のいった女性がキセルを手に持って艶やかに微笑む。
「いえ、何度か。ですが今回は楽しみに来た訳ではありませんので。」
「あら、そうなの。じゃあどういった御用件で?」
「先日亡くなった方のことで少々お話を伺いたく。」
「…貴方は警察なの?」
マジマジと見つめられて苦笑してしまった。
どこかの使用人のような格好をした警察なんて、一体どんな人なんだか。
警察ではないことを述べ、アルマン家の者だと説明すれば納得した顔で頷かれる。
アルマン家は警察と同じかそれ以上の権限を持っているから、一般人にも有名だ。
こういう時には便利で助かる。
「その方が亡くなる直前、何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事って言われても…。あんたたち、何か知ってるかい?」
女性が振り返って娼婦たちに聞くが、皆一様に首を振った。
どうやら第一の被害者は元々彼女たちと仲が良くなかったようで、ほとんど口も利いたことがないんだとか。
何でも彼女たちの客を被害者が横から奪い取ってしまうもんで度々喧嘩にもなっていたらしい。
女という生き物は本当に恐ろしい。わたしも女だが。
手帳に聞いた話を要約して書き詰めていると隅の方にいた娼婦が小さく「ぁ、」と何か思い出した様子で声を上げた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、その、関係ないかもしれないんですが、亡くなる数日前からあの人、すごく高そうな指輪をしていたんです。」
「そういえばそうだったわね。」
「何か見せ付けてたわよねぇ。感じ悪いったらありゃしない!」
娼婦たちの言葉にふと発見した双子の指にはまっていた高価な指輪を思い出した。
「すみません、指輪について詳しく教えていただけますか?」
「詳しくって言われても…。」
「何でも良いんです。どんな形や色をしていたとかで十分ですので。」
娼婦たちは一生懸命思い出そうとしているのか互いに小声で話したりしていたが、それぞれが明確に覚えていることを教えてくれた。
指輪は全体的にシルバーで、大きめなブルーサファイアと小さなダイヤモンドがあしらわれたシンプルながらもかなり値の張りそうな代物だったそうだ。
双子の指にあった指輪もそんなデザインだった気がする。
普通の娼婦では絶対に買えないような指輪だと誰もが口を揃えて言った。
だとするならば指輪は客か知人からの贈り物だろう。
しかし娼婦にそんな大金を積むことができるならば地位も財力もそれなりにある者では?
他に殺された娼婦たちの聞き込みでも指輪の件は尋ねてみるべきだな。
手帳から顔を上げると娼婦たちがジッとわたしを見つめていた。
「何かわたしの顔に付いていますか?」
「いえ、…今日はお仕事でいらしたのよね?」
「遊んでいかれないのでしょう?残念だわ。」
「せっかくこんな素敵な方と御会い出来たのに。」
心底残念そうな声を上げる娼婦たち。きっとわたしを男だと思っているからこその言葉だろう。
どうにも男装しているとわたしの顔は美少年に見られるらしく、女性ウケが良い。
同性にモテてもあまり嬉しくないのが本音なのだが仕事の都合上はとても便利なので訂正することもない。
傍にいた娼婦の手をそっと掴んで細い指の付け根にキスを落として誤魔化す。
「申し訳ない。わたしもあなた方のような美しい方々と楽しい時を過ごせない事が残念でなりません。…事件が解決した暁には是非立ち寄らせて頂きたい。」
ニッコリ微笑めば嬉しそうに、照れた様子で頬を染める娼婦たち。
男を手篭めにするはずの女性たちのそんな初々しい反応を眺めていれば、キセルから紫煙を吸う女性が呆れた顔をする。
「おやまぁ、余りウチの子達を誑かさないでおくれよ。」
「そんなつもりはありませんよ。わたしは思った事を述べただけですから。」
「全く、困った子だねぇ。」
呆れたまま笑う女性の手にもキスをしてから、礼を告げて娼館を出た。
ニコニコと笑ったまま次に向かう娼館へ続く脇道に入り表情を崩す。
あぁ、本当に疲れる。楽しくない訳ではないけれど、営業スマイル全開でい続けると精神的にご臨終してしまいそうだ。
軽く頬を叩いて気合を入れ直し、第五の被害者が働いていた娼館へ歩き出す。
表通りよりも裏通りの方が商売をする女性が多く、少々治安も悪いため偶にガラの悪そうな男たちがいたりもする。
以前一人でウロついていた時は良いカモとでも思ったらしい男たちに何度も声をかけられて、その後にゴロツキたちの親分の下へ丁重にご挨拶しに行ったので最近では全く声をかけられることもない。
あの時が恐らく人生の中で最もスリリングな状況だったと思う。
何せ懐に警察から失敬した拳銃を持って行って、伯爵から貰った金を積んでいわゆる‘取り引き’をしたのだが、まぁその話は今は置いておくとしよう。