第二の被害者と第三の被害者は双子の姉妹である。
彼女らはどうやら二人同時に殺されたらしい。
娼婦ではあるがこの姉妹は娼館にいたのではなく、夜な夜な花街へ繰り出しては二人で客を捕まえて金をもらっていたようだ。
双子の姉妹はアラウンドストリートを通るウェンダ川の岸辺に引っかかっているのを発見された。発見当時彼女らは衣服を纏ってはいなかったと警察は言っている。
第四の被害者は貴族達が住む地区の傍にあるユスリウストリート沿いにある高級娼館の娼婦で、彼女は背後から突如殴られたものの偶然人が通りかかり犯人に殺されることも連れ去られることもなく、頭部に打撲という軽傷で済んだ。
この高級娼婦が唯一助かった人物である。
それから二日と経たずに起こったのが第五の事件だ。
恐らくこの件が女王の耳に届いたのだと思うが、第五の被害者はまだ二十代にも満たない少女で下級貴族の娘が両親に反抗して娼館で働いていたと言う。
死体は警察の目の前の通りに放られていたそうだ。犯人は余程捕まらない自信でもあるのだろうか?
「警察の目の前に打ち捨てるとは、随分気の強い犯人だな。」
「そうでしょうか?」
あんなロクに役にも立たない駄犬には良い気味だと思いますよ。
そう言えば伯爵は片眉を上げてやや呆れた口調で「本人達の前では口にするなよ。後が面倒だ。」と注意してくる。
第六と第七の被害者は同日に発見された。
第六の女は自宅で死んでいるところを付き合っていた男が見つけたそうだ。
第七の女は元は孤児院育ちの者で娼館に住み込んでいたらしいが、身請けされることになり、その日はたまたま身請け先に出かけた帰りに襲われた。
最後の第八の被害者は昨夜発見された。
警察から連絡があり深夜に現場まで足を運んだけれど今回の被害者が最も手酷く犯人に嬲られていたらしく、顔は見る影もないほどに潰れていたため身元不明である。
「第四の被害者以外の殺された女性に共通するのは‘娼婦’であること、‘左の薬指と子宮が無くなっていること’くらいでしょうか。」
わたしが全て話し終えると伯爵は冷めてしまったティーカップを傾け、中身を飲み干してメイドを呼んだ。
彼女にハットと杖と、コートを持ってくるよう言う。
「現場を見て回られますか?」
「あぁ。」
「ではお供致します。」
お辞儀をして一旦食堂を離れると自室へ戻りコートと帽子を手にわたしは玄関へと急いだ。
歩きながらコートを羽織り、しっかり帽子を被る。
上の方がふくらんでいる独特な形をしたキャスケット帽は実は大のお気に入りだ。
玄関ホールへ続く階段を駆け下りるが、面倒だと途中から手摺に飛び乗ってスルスルと滑り台の要領で滑り降りた。
危なげなく着地してから既にホールにいた伯爵の背へ駆け寄る。
「お待たせしました。」
「行くぞ。……あぁ、そうだ、」
「?」
「手摺に乗るのは良いが怪我はするなよ。」
「…はい。」
見られていたらしい。小さな子どもに注意するような口調で言われ、流石に少々気恥ずかしかった。
けれど主人がそれに対して怒っている訳ではないと分かってはいたので「善処致します。」とだけ言っておくことにする。絶対にしないと明言しない辺りに何かを感じ取ったのか伯爵が喉の奥で少しだけ笑う。
執事達が正面玄関の扉を開けた。
馬車が一台停まっており御者が扉を開けて待っているそれに伯爵が乗り込み、続いてわたしが乗ると扉が閉まり、程無くして馬車が揺れを伴って走り出す。
現場に到着するまでは小一時間ほどかかるため、その間はどうしても暇を持て余してしまう。
窓から外を眺めても、もう見慣れてしまった街ではつまらない。
仕方なく斜め前に腰掛けている伯爵を観察してみた。
目を閉じ、腕を組んで座っているだけだが妙に威厳がある主人は全体的に色素が薄く、秀麗な顔立ちは冷たい印象を与える。
性格も冷静(クール)ではあるけれど基本的に懐に入れた者には甘いというのは親しい者以外は知らないだろう。
「――…何だ。私の顔に何か付いているのか。」
ジッと凝視していたせいか開いた瞼から覗くブルーグレーが見つめ返してくる。
「はい、目と鼻と口があります。」
「…それが無い人間はいないだろう。」
「そうですね。ちょっとした冗談ですよ。」
すると伯爵は微かに眉を顰めてお前は少々性質(たち)が悪いとぼやく。
そんなことは既に自覚しているので今更言われたところでどうしようもない。
伯爵もそれを心得ているのかそれ以上何かを言うことはなかった。
ガラガラと石畳の道を車輪が駆け抜ける音だけが響く。
そこでふと伯爵に伝えていない事柄を思い出した。
「そう言えば、七人目の被害者は身重だったそうですよ。」
「何か事件に関連するのか?」
「さぁ、判り兼ねます。ただお伝えしていなかったことを思い出しましたものですから。…胎児は母親の子宮ごと引きずり出されて臍(へそ)の緒で絞殺されていたようですよ。」
わたしの言葉に伯爵は苦虫を噛んだような顔をした。
それにおやっと思う。もしかして伯爵は意外と子ども好きなのだろうか。