「辛い思いをしてきたでしょうけれど、もう大丈夫ですよ。ここでは誰も貴方を傷付けはしませんから。」
柔らかな笑みを浮べてそう言った初老の院長に思わず変な顔をしてしまった。
それを別の意味に受け取られたらしく、少し皺のよった手が優しく頭を撫でていく。
伯爵に言われた翌日には街の少年の格好で放り出された挙げ句、エドウィンさんが孤児院にかけあってくれたらしい。
こう言ってはなんだが有り難迷惑だと思ってしまうわたしは性格が悪いのだろうか?
孤児の中ではそれなりに年齢が上だからか個室を使わせてもらえるだけまだマシだろう。
こんなところにいて本当に囮として役に立つのか疑ってしまうが、今出来ることはこれくらいしかないのも事実だ。
「あのさ、何か手伝える事…ある?」
わたしの設定はエドウィンさんと出会った時の設定をそのまま使わせてもらっている。
そのため一人称はオレ、ぶっきらぼうで少し人と接するのが苦手な少年というフリをしなければならない。
面白いには面白いけれど孤児院の院長や、孤児の世話をしに来ているシスターには少し罪悪感が湧いてしまう。
わたしが話しかけると調理場にいたシスターが振り返ってニコリと微笑む。
「あら、もしかして今日来た子かしら?」
「そう。オレ、セナ。で、何かないの。」
「そうねぇ…あ、じゃがいもの皮むきを手伝ってくれたら助かるわ。」
「ん。」
あまり危なくない小さな小刀を受け取り、野菜を切っているシスターの足元に座り込んでショリショリと芋の皮むきをする。
あまりやったことがないからか結構面白い。
シスターの生温かい視線を頭頂部に受けつつ皮むきに専念する。
それが終わるとやる事もなくなってしまい、孤児院の中でも見回ってきたら?というシスターの言葉に従って当てもなくウロついてみた。
その結果何故か小さな子供たちに囲まれて中庭で遊ぶという状態に発展してしまった。
子供っていうのはどうしてこんなに警戒心が薄いのだろうか。
自分の手を引く小さな女の子を見下ろしながら知らず小さな溜め息が漏れてしまう。
「あー、セナがためいきついたー!」
「ためいきつくと、しあわせにげちゃうー。」
「「にげちゃーう。」」
「うるさいな。そんなんで逃げるわけないだろ。」
キャッキャと楽しげに騒ぐ子供は嫌いじゃないけどその純粋なところがたまに疲れてしまう。
だけど無条件に信用されているのだと分かる真っ直ぐな瞳を裏切る気にもなれず、結局遊びに付き合ってしまう辺りまだまだわたしも甘いな。
どうせ孤児院にいる間は仕事なんて出来ないのだからと開き直って子供たちを見下ろす。
キラキラ輝いた瞳の子供に軽く息を吐いてから目線を合わせた。
「で?何すんだよ。」そう問えば嬉しそうに笑って「鬼ごっこ!」と全員が叫ぶように言う。
…これはまた健康的で体に良さそうな遊びだな。
一番年上だからということで鬼役を買って出ると子供たちは一斉に蜘蛛の子を散らすように中庭を駆けて行く。それらを見て、一言声をかけると掴まえるために足を踏み出した。
すぐに掴まえてしまってはつまらないだろうから、遅めの小走りで追いかけ、時折子供を捕まえて鬼を交換する。
逃げる時には速過ぎず、遅過ぎずに走ってたまに捕まってやる。
そうすると子供たちは大層喜んで追いかけてくるのだ。
だが意外と子供の方が体力があったりする。わたしが疲れて休んでいても子供たちは次の遊びに夢中になっているのだから、すごいものだと思う。
隠れんぼに興じている子供たちを眺めていると不意に声をかけられた。
「遊んでくれてありがとうね。」
振り返ると先ほど調理場で出会ったシスターが洗濯物を入れたカゴを持って立っていた。
子供と遊んでいるところを見ていたらしい。
優しく微笑むシスターには悪いがわたしは自分のキャラを保つために素っ気無く返す。
「…別に。」
案の定シスターは苦笑したけれど素っ気無い返事を咎める雰囲気はなかった。
温かな日差しが柔らかく降り注ぐ孤児院の庭は笑い声が響く穏やかな空間で、こんな場所に居て本当に役に立つのかと思わず溜め息が零れ落ちる。
既にシスターが去った後なので溜め息の理由は誰に問われることもない。
…伯爵、あなたは本当に面倒なことばかりさせますね。
ここには居ない自分の主君に悪態を吐きたい気持ちだったが、居ないものはしょうがない。
事件が解決した暁には思い切り苛めてやろうと心の片隅で決意しつつベンチから立ち上がった。
「セナ!セナもあそぶー?」
わたしの動きに気付いた小さな女の子がパタパタと駆けて来る。
その柔らかそうな髪を軽く撫でて、頷きながらこちらを見る子供たちの輪に混ざった。
繋いだ手の小ささを感じて知らず知らずの内に口元に笑みが浮かぶ。休日代わりに久しぶりにのんびりと過ごせると思えばそう悪い仕事でもないと言い聞かせて子供たちに話しかける。
「影鬼するか。」
「かげおに?」
「ん、鬼に影を踏まれたらダメなんだ。やり方は――…」
新しい遊びは子供たちの心をわし掴んだようで、先ほどまでの隠れんぼはどこへやら、さっそく遊ぼうと集まってくる。
そんな子供たちと遊ぶわたしを一対の瞳がジッと見つめていたことに、その時はまだ気が付かなかった。